短編小説

【短編】ある花吐き病患者の末路

2月20日

俺はどうやら花吐き病に罹ったらしい。医務室の医者に言われた時、俺は終わったと思った。

花をゲロゲロ吐くという見栄えの悪さもさることながら、意中の相手に思いを告げないと死にいたるという謎多き病。

告れば良い、それだけの話だが俺の様に事情ある人間にはそれは難しい。死刑宣告も同義だ。

2月24日

「あ、よお……!」
「……」

俺の想い人、アリスは今日も俺を冷たく無視して通り過ぎる。

今までは胸が痛むだけだったが、今日はうぷ、と吐き気がした。これは例のアレなのか。

ラボで毎日好きな人の働く姿を拝めるのは幸か不幸か……。

 

3月1日

最悪だ。今日はアリスの前で吐いちまった。
ホントに花混じっててビックリしたぜ。

アリスが寒い中、薄着なのに屋外で熱心に研究作業やってるから俺はつい心配になって、自分のジャンパーを掛けたんだ。

そしたら『触らないで!』ってすごい剣幕で言われて、その時俺は急に吐き気が込み上げて……。

あの時のアリスの俺を見つめる目。忘れられそうもない。

 

3月13日

吐き気は日に日に増す。毎日トイレで花吐くのが日常になってしまった。

俺は怖くて仕方がない。花吐き病は予後が悪いから。

3月25日

同僚のテッドが心配して部屋までしょっちゅう来てくれる。すまない……。

移る病気じゃないから安心してくれよと言ったら、そういうこと心配してるんじゃないと怒られた。

良い友を持った。

4月1日

アリスは例の巨大な試験管のところにしょっちゅう行っている。今日も見かけた。そっとガラス越しにキスしているのを見て、未だ相手への愛は潰えていないのだと実感する。

いつか起きると良いなあ、ソイツ。

……辛い……。

4月12日

アリスに告白してみようか、なんて血迷ってしまったのがいけなかったんだ。

アリスは俺を見るなり穢らわしい、と糾弾した。
足早に逃げ出したアリス。

そうだよな。アリス。お前はもともと花が大っ嫌いだもんな。

それに俺は元々受刑者あがりで今はここの治験体の身。お坊ちゃん育ちでラボのエリート研究員・アリスには不釣り合いも良いところだ。

俺なんかに告白でもされようもんなら、アリスは自害すらしかねない。

あいつはそういう繊細な男の子だった。

どうしようもない吐き気が苦しい。

5月1日

告白するだけしろ、って皆言うけど、俺はにはどうにもそれができない。

俺が告白してもアリスは嫌がるだけ。苦しむだけ。

俺はアリスを幸せにできないから、せめて嫌な思いをさせたくない。それが俺に出来る唯一のこと。

『さっさと告白してそのややこしい病気治しちまえよ!自分のせいで死なれたらアリスだって嫌だろ』とテッドは言う。

そういう正論は間違っていると教えてやった。

「そこは大丈夫なんだよテッド。俺が死んでもアリスは1ミリも気にしないぜ。だあいじょうぶだって!俺が死ぬだけ!」

そう言ったらテッドは悲しそうな顔をした。優しいやつだ。

けど本当なんだよ。アリスは俺が消えても気にしない。

 

5月14日

急速に体の調子が悪くなったと実感する。

体力がない。くたくたで、眠たい。

6月27日

ねむい。スープだけ飲んでも、すぐに吐く。花の量がやばくて、俺の体はいったいどうなってる?

7月17日

アリス、あいしてる。俺は、おれに出来ることをしたと、誇りに思う。

 

◾️

「……なんてまあ、エグい日記だこと……。それにしてもどうしてこいつ、こんなに幸せそうな顔をしているんでしょうね?」

若い捜査官はしゃがんでその遺体の顔を確かめた。幸福のど真ん中にいます、みたいな顔をしている。

死後随分な年数が経っているはずなのに、遺体は綺麗なままだ。なかなかに男らしいハンサムな顔をしている。そのくせ背中を食い破る様にしてえげつない植物が伸び、巨大な白い花を咲かせている。

それは実に神秘的な様相で、砂漠に浮かぶ美しい月の様にも見えた。

しかし一方でその根っこの様子は正に『苗床』そのもので、見るものに吐き気を催させる程であった。

もう1人の高齢の捜査官はガスマスクをしたまま答えた。

「そりゃ『幸せの白い花』の香り嗅ぎながら死んだからだろ。ほら、さっさと枯らしちゃって!」

もう1人の捜査官は強力除草剤をよこした。

「はあ……。現物見るなんて初めてっす。こんなバケモンみたいな植物が本当にあるなんて……」

捜査官は見上げる。

ゴーグル越しに見る巨大な白い花は、悪夢の様な大きさで、しかもそこかしこに子孫を増やして咲いている……。

テキストで読んだ内容を頭の中で復習した。

『かつて普遍的に蔓延していた花吐き病は、数年前に突然の変異を遂げました』

『花吐き病を治さずに羅漢したままでいると、ただ
宿主が死ぬだけだった病でしたが、変異後はとても危険な病気に変わりました』

『変異後の花吐き病では、羅漢したままでいると花が身体を巣食っていき、いずれ宿主の体を食い破って真っ白な大輪の花を咲かせました』

『その白い花の香りは嗅いだものに強い幻覚を見せます』

『強烈な多幸感を感じさせる夢を見させ、二度と起きれなくさせ、結果死に至らしめます。花の特殊な香りの影響を受け、遺体は痛みません。これをプリザーブドフラワー化現象と呼びます』

 

若い捜査官は考えた。

まあここのラボも植物学を色々研究しているとこだったみたいだしな。変なウイルスでも漏れて突然変異でも起こしたのかもなあ……と。

「それにしても、この男のすぐ近くにいる小柄な男。あー、名札は……。ア、リスか。こいつも幸せそうな顔して死んでますね」

「良い夢みて死んだんだろ。良いことじゃないか」

「はあ……。そんなもんすか」

「ほら、そんなことより良いから早く除草剤!作業まだ詰まってんだから!こんなバケモンみたいな花が群生したら俺たちが困るだろ!早く!幸せそうな顔して夢見て死にたいか?」

「いやー確かにそれは嫌っす!けど……」

若い捜査官は少し迷った。

除草剤で枯らしたら、この2人の若者の幸せな夢も枯らしてしまう気もした。一体ふたりがどんな夢を見ていたのかは分からないが。この綺麗な遺体からは、2人がまだどこか生きている気がしなくもなかった。

「まあ、とは言えもう死んでるんだよな……」

それにこの花を群生させる訳にもいかない。

除草剤の封を開けて専用の噴射機に入れて撒いた。

花はすぐに枯れた。

 

 

end

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