オメガバース

【stardust番外編5】歳上の恋人と初めての本当の亀裂【モネ×ひかり】

stardustシリーズ番外編5作目になります。

 

番外編1〜4は有料なのですが、この先まだまだ彼らの話を書きたいなと思ったので、ここから無料に切り替えることにしました。

 

ただいきなりここから読む人には意味不明すぎると思ったので、以下にここまでの経緯をまとめます。

ちなみに番外編は全てifストーリーなので、本編の最後に梓とくっつかなかったらこんな話もあったかも?というテイでお楽しみください。

 

⭐️有料番外編1〜4のざっくり概要

梓が雨宮先生とくっついてしまい、失意の中でひかりが新しい男性と知り合って、色々あって付き合い始めます。霧崎モネ、芸能事務所の社長でひかりより12歳年上です。

そのモネにちょっかい出す14歳の男の子が出てきてしまって2人に亀裂が入りかける……というところまでが番外編3までの内容です。

 

ちなみに番外編4はモネとひかりが同棲するに至った経緯の話ですが、これは本筋にそこまで関係ないオマケ話です。

 

そして今作、ひかりが14歳の恋のライバルとどうにか話をつけようとする、というのが今回の内容になります。

ーーーーーーーーーーー

僕はすでに後悔していた。

「喋ることないですけど」
「……!」

目の前にぷすんとむくれ顔をした男の子。孤独な14歳の歌の天才・聖夜。白い肌にそばかすがポツポツと浮いている。栗色の髪はややきつめに巻きがかかっている。地毛だろうか。

少し同じ事務所所属で、同じベータとして。話があるとファミレスに呼び出していた訳なんだけど。

「大体先輩、歌上手くないじゃないですか。俺の方がよっぽど上。先輩に相談することないので」

モネの前とは随分違う態度に僕のイライラゲージはぐんぐんと上がる。

聖夜とは僕の恋人・モネを取り合う仲。14歳のくせにあのモネにちょっかい出すがめついやつ!

そしてそんな14歳に僕は嫉妬して、モネと喧嘩した。それで仲直りしてその余韻でまあ、聖夜の面倒見てやっても良いよ〜、なんて言ってしまったのだが。

モネにそう言った手前、コイツを呼び出して複雑な家庭環境の話でも聞いてやろうと思ったのだが!ファミレスで開口1番なんて言ったと思う!?

『こういうのうざいです』

聖夜はとにかく生意気だった。

気怠気にジュースのストローを回して、僕をチラと見上げて聖夜は言った。

「ってかさ。まず俺と勝負しましょ。次のオーディションでどっちが勝つか。俺が万が一負けたらそうですね、なんでも喋ってあげますよ。

でも俺が勝ったら社長譲ってくださいね」

「……っそんな!」

もう既に自分が勝てるのを確信してる顔だった。

話は終わりだとばかりに聖夜は無言で席を立った。

「あ、待っ……」

呼び声虚しく、突如オレンジジュースが自分の顔面に冷たくかかった!

聖夜は飲みかけのジュースを僕の顔面にぶっかけたんだ。

そしてそのまま去っていく。

やだー何あれ、とクスクスする誰か別のお客さんの声が少し遠くから聞こえた。ジュースの雫が、ぽた、ぽた、と惨めに衣服にしみを作っていった。

 

 

『応援歌』

 

 

「遅かったなひかり。なんだお前、そんな絶望的な顔して」

「えっべつに?」

その日はちょっと遅くなって事務所に着いた。

あれから僕はやるせない気持ちを抱えながらもトイレに行って顔洗い、オレンジジュース滴る上着を脱いで鞄へ突っ込む。そしてちょっと肌寒い中、なかのシャツ一枚で店を出たのだ。

ベータなのでね。高校の時にも同級生にクズって罵られてるのでね。ジュースかけられたこととか実際あったし。だから別にどうでも良いんだけどね。気にしてないよほんと!

「ひかり?上着どうした?今日着てったろ」

こしょこしょ言ってきたモネに、ん〜暑いから脱いだとか適当に返す。

14歳に手を焼いているとは言いたくなかった。

「社長すいません。僕レッスンありまして、行きますね」

僕とモネは表向きは社長とただの歌手(見習い)だから。事務所だとこんな他人行儀な話し方になる。

僕はなんか言いたげなモネに背を向け、レッスン場へと向かった。

 

 

歌のレッスンは、まさに今度のオーディションのためのものだった。やばい。ちいさなお仕事ではあるんだけど、それでも僕みたいな駆け出しには大事なチャンス。僕、イケるかなと思ってたのに。

それはとある童謡に歌声を当てるというもので、これで合格すればなんと教育テレビでその童謡を起用してもらえるんだ。

聖夜が同じオーディション受けたいとかまじ無理なんだよ。あいつ本当に上手いんだよ。どうしよう。僕の仕事取られたら。そしてモネも持っていかれたら。僕の人生の数少ない輝きの部分なのに……。

 

 

だからその日はやり過ぎかなってくらいにひとりレッスン室に残って練習した。だけど……だけどやればやるほど下手になっていく気がして、練習は空回りするばかり。

なんでこのキー出ないの!?自分の録音テープを聞いてもイライラするだけだった。何年歌やってんだよ!自分へのイライラと不安と情けなさだけが募っていく。

オレンジジュースぶっかけ事件を思い出してイライラは更に募る。なのに練習はうまくいかない、もう!

 

奮闘したけど、あっという間にここを出なきゃいけない時間がやってきた。施錠の時間だった。

「はあ、帰るかあ……」

なんも手応えないよ。こんなんで聖夜に勝てるのか?いや、今んとこ無理……。

どうしようどうしようと不安が込み上げる中、消沈しつつレッスン室のドアを開けた時。

「ひかり」
「キャッ!!!!?」

突然誰かに話しかけられて一瞬意識が飛んだ。腕を組んで壁に寄りかかって待っていたモネだった。

「も、もっモネかあ……」
「幽霊に遭遇した人間の顔してたぞお前。それに何落ち込んでんだよ。飯、食ってくぞ」

強引だけど察しの良い恋人に引き摺られ、僕は事務所を出た。

 

 

外を出て、ほてほてと歩く。この辺は繁華街だから夜でも人も車の通りも結構ある。

暗闇のなか、そっと指先を絡めてきたモネ。

「社長、見られますよお」
「今更だろうが。あ、あと上着羽織っとけ」

モネは自分のダークスーツの上着を脱いで、僕に引っ掛けてくれた。いつもさりげなく優しい。この人を聖夜と取り合っているのか。いや忘れろひかり。今だけは全部。

「で、何食ってくんだ」
「えー、んーラーメン……?」
「はあ、まあ近くに食えるとこあるな。でももっと良いもんじゃなくて良いのか」
「良いんだ。今日はあったかいラーメン食べたい気持ちだから」

あっそ、とモネは少し笑った。

 

正直言えば気持ちがくさくさしていた。お高いフレンチも勿論ありがたいんだけれども、そういうところでお洒落に食べれる気分ではなかった。

もっと庶民的で、ありきたりで平凡な僕を受け入れてくれる場所に行きたかった。

「ね、モネ。あそこにしよ!」

指差したのはちょうど近くにあった屋台のラーメン屋さん。

モネは少し目を丸くした。多分僕をお高い中華料理店に連れていく予定だったんだろう。

 

◾️

「……狭い、すまんが……」

モネの小声のボヤキにふふ、となった。

ラーメンを二人並んですすっているのだけど、ちんまりとした屋台の席に、高身長のモネの身体はちょっとしまい切れていない。長いながい脚を片方、店の外側に出してどうにか収まっている。こういうところはむしろ来慣れていないよねモネは。

人の良さそうな店長がなんか刻んでる音が耳に心地良かった。熱々のラーメンが胃も心も温めていく。僕ら以外にはサラリーマンのおじさんが1人。

「今日は随分熱心だったじゃないか」
「まあね」

半熟卵うまっ染み渡るなあ。

「お前は努力家ではあるからな」
「へへ、不屈の精神がないとベータは生きていけないのでね」
「まあその調子で頑張れよ、俺は見てるからな」

「……うん」

胸がじんわり温かくなる。モネにこうして見守っててもらえるのが嬉しかった。僕より随分年上で保護者的な恋人のモネに、僕は甘えたくなるし彼は甘えさせてくれる。

やっと掴んだ理想の恋人。これからもずっと一緒にいれるよね?そうだよね。

「……で、どうだった聖夜は」
「ウグッ。ん〜……難しいね」
「だろ」
「……」
「……別に無理しなくて良いぞ」

でもさ。そういう訳にもさ。色々、さ……。
うまく言えないけれど。

無言で俯いた僕を見て、モネは言った。

「飯食い終わったらどっかドライブでも行くか。久しぶりに。なあ」

 

ブウンと夜の街並みの中を走る車。モネの持つお高い車はスピード出しても全然揺れない。これに10代から乗り慣れてしまっている僕は、もう普通の車には乗れない身体になっちゃってると思う。

ドライブの最中に流れていく綺麗な夜の街並み。それらを背景に車を運転するモネ。相変わらず少しゾッとするほど綺麗な横顔だ。メタルフレームのメガネが冷たい印象を増す。

「……まあ、ひかりはスレてないからなあ。聖夜の気持ちは分からんだろうなあ」

「なによぉ。俺なら分かるぞって?」

ふんと鼻で少し笑って、モネは続けた。

「まあ俺はスレてるね。なんせ番に他に好きな人が出来たとか言われて死なれた男だからな」

ウグっと心臓を押さえつけられたような気になる話はやめて欲しい。そうだ、彼には非常に重い過去がある。

「まあ、こんな重苦しい話はタイマンで聞きたくないだろう。適当にラジオ流すから聞き流しておけ」

ボリュームを絞った素敵な曲がどこかの局から流れてくる。これはR&Bかな。どうかな。

「番って強固な結びつきじゃないのか?本命は俺のはずだろう?その俺が振られるって一体何なんだ?まあそりゃ、俺は愛想の良い人間ではないし、俺みたいな堅物と一緒にいてもつまらなかったのかもしれないが。

当時、俺なりに番に愛を向けていたつもりだった。でも相手にしたら違ったのだろう。

世界で1番大切なものを失って、俺は自分の全てが否定されたような気持ちになってだな」

言われてドキッとした。『世界で1番大切なもの』、か。僕じゃない人をそう思っていた時がモネにもあるのだ。

そう思うと胸が痛んだ。もう過去のことなのに。
嫉妬している。彼のかつての番に。

「もう何も信じたくないし、目にする全てにイラついて落ち込んで、俺も随分荒れたなあ当時。まあ、俺も良い大人だから無理矢理ケリはつけたが。

だけど一度擦りむけた心は治らない。スレるってそういうことだろ。だから俺はスレてる」

チラッとこっちをみて、モネは苦笑した。

「ひかりはスレていないがね。えらく困難な道を歩んできたはずなのに、お前には恨みというものがないからな。

だけど聖夜はやっぱりちょっとスレてるな。俺と同じ匂いがどこかする。敗北者の匂いだ」

「え……」

「まあ、頑張ってくれよひかりくん。アイツをどうにか出来たらご褒美やるからさ」

車はブウンと速度を上げた。

 

 

 

モネと同じ家に帰ってきた。

玄関を開けるや否や、すぐにキスしてきたモネ。その首元に僕も腕を回してキスに応えた。

「……寂しがりなんだね?待てないんだ」
「まあね。これでも今日は随分待った」
「そう?」
「お前が聖夜とデートしてる間。レッスン室に篭り切りで出てこない間。俺は待ちくたびれたね。待ちぼうけだよ。待たされ料もらうからな」

そう言って僕を抱き上げ、ベッドに運んでいくモネにされるがままにしていた。今日はなんか疲れていたけど、モネと過ごす甘い時間はささくれた心を癒してくれた。直接恋人と触れ合う肌の温もりは特に。僕は広い背中に腕を回して抱きついた。

付き合って随分経つけど、モネは僕に好きだと肌で伝えてくれる。首筋に顔を埋めてその匂いを思いきり嗅いだ。昔から変わらない大好きな匂い。不安も心配も溶かしてくれる。

きっと色々うまく行くよね?そうだよね……。

◾️

翌日。モネと一緒に事務所へ車で向かうべく、車に乗り込んだ時。

僕はドキドキしながらモネに聞いてみた。

「ね、ねえ。そういえばさ。次のオーディション。あの子供向けの童謡歌うやつ。聖夜も受けるみたいなんだけど……!

でさ、僕、勝てる、かなあ……?」

指先をもじもじと弄る。
お前なら勝てるよと言ってくれると信じていた。

エンジンを入れながらモネは言った。

「あー、なるほどねえ……。それは正直分からんな」

「え!ええー!?」

慌てて振り返る。
こういうところドライな恋人だった。

「今度のテーマは童謡。童謡は声が若い方が有利だからな。それにアイツは歌はやっぱり上手い」

「……」

エンジンを入れたまま、走り出さない車。
しょんぼり肩を落とした僕……。

ぶはと笑ったモネ。

「そんな泣きそうな顔するなよ。

これは真剣勝負だ、ひかり。あいつを歌で負かしてみろ。それであいつの身の上話を引き摺りだせ。それで懐かせろ。『参りました』と言わせるんだ」

「ううう……っ!」

「俺も興味あるな。お前がどうやって勝つのか。

ひかりの人間的な成長が間近で見れるのも、社長の特権だから。期待してるぞ、ひかり」

そう言って車の中でキスをしてきた。まだ駐車場だからって。誤魔化された気がしなくもないけど、僕も流されてしまってさ……。

 

 

さて、事務所について僕はレッスン室にて歌詞をおさらいした。今回の童謡は子守歌。小さな赤ちゃんが眠っているのを優しく見守るという歌詞なんだけど……。

正直子供のいない22歳・男子にはなかなか理解しづらい心情だった。

だって、さすがに赤ちゃんの気持ちがうっすらとでもわかる少年て歳ではないし、女性じゃないしオメガでもないし……。

雰囲気で優しげに歌うことはできても、それだけだ。モネの鬼のレッスンで鍛えられてきたので、テクニックはあるけれど。だけど相手は聖夜。一体どうなる……?

はた、と思いついて、僕は聖夜のレッスンを盗み聞きしてみることにした。しかし盗み聞きって響きが最低だね。漏れ聞こえちゃったのを偶然聞いたことにしよう。そうしよう。

聖夜が僕のちょっとあとに別のレッスン場へ入っていくのを見て、僕は自販機へ行くテイでそっと耳を傾けた。

「……!」

漏れ聞こえてくるのを聞いた瞬間、鳥肌が立つのを感じた。ふわふわの大きな優しさで包まれるような歌声に、ほろ、とつい安堵感を覚えたんだ。

本当に正に子守歌。このままでは負けると直感した。

アイツの武器の、唸るような強めの歌声しか出せないと思ってた。けどあいつ、こんな包むような優しい声も出せるのか!

「さ、さいあくう〜……!」

絶望的な気持ちで逃げ帰った……。

 

 

事務所の廊下に並んでいる長椅子に適当に座る。

ペラペラと音楽理論の本をめくったり、歌詞カードじっくり読んでみたり、一見それっぽい
ことをしながらもその実、頭の中には全く何も入ってこないでいた。

イヤやばいやばいやばいやばいイヤ本当にどうしよう。どっどっどうしよう。歌はテクニックが1番の問題じゃないんだ。そのうたに魂がこもっているかどうかだ。聴いた人の感情を動かせる様な。そんな色がついていることが一番大事なポイントなんだ。

そして聖夜の歌には確かにそれらがあった。

あいつなんなの!?子守経験でもあんの!?

僕、ぼく……子守なんかやったことないよオ。今から赤ちゃん探そうにもツテなんかないし。

あああああどうしよう〜…!!!!オーディションは日が迫っている!

何か、何かないのかヒントは!

ちっぽけな脳みそをフル稼働して、人生経験を洗い出す。なんか、なんかないのか子供関連のことは……!!!

「!……あ、ある……」

ふいに残像の様に思い出した。

昔の恩師、雨宮先生のこと。

 

梓との間に子供が出来て、学園を去って行ったかつての恋のライバルのこと……。

子供関連の感情を引き摺りだすならこれだ。これしかない。

 

 

◾️

僕はモネに一声かけて、喫茶店に移動した。喫茶店の机でノートを広げた。

僕の得意技、紙に思いを書き起こす。コレをやってみようと思ったのだ。

まず雨宮先生。確か先生は超美青年の先生で、ヒートが来ないオメガだったことを後ろめたく思っている節があって。でもめでたく人生で初めてヒートが来たと思ったら、その情欲をむける相手は僕の同級生・梓で……。

梓だってアルファ。オメガの誘引には耐えられなくて、先生との間には無事に子供ができた……。

そして僕は捨てられた。

ここまで書いてて心臓がズキッと痛んだ。古傷が痛むとも言う。でもそんな悲しい出来事も、モネが塗り替えてくれた。だからこうして僕は生きていられる。

いやいや、気持ちを切り替えよう。

えっとそれで、僕が知ってるのはここまで。先生にどんな子供が生まれたとか、その後どうしてるとか、全然知らない。

梓と先生の子供ならさぞ美形なのだろうな。アルファ?オメガ?ベータ?

ん?ここまでノートに書いてて少し思った。

……雨宮先生なら、きっと産まれた子供に歌をうたってあげているだろう。優しいし。音楽なら超得意分野だし。

あの先生なら、今回の課題曲・あの子守歌をどう歌うだろうか?ふとそんな疑問がうまれた。

……きっと胸中にはいろんな思いが渦巻いているだろうな。ここまで来るのに随分長かったとか、やっと会えた、とか。嬉しい気持ちもあるし、あとは先生自身が色々苦労した部分もあったから、自分の子には同じ苦しみを味わって欲しくない、とかもありそうかな。

僕のこと、ふいに思い出したりしただろうか……?

目を閉じて考えてみる。……うん、きっと先生ならありそうだ。というか僕が先生なら、思い出さずにいられないというか、かつての恋のライバルの顔はどうしても浮かんでしまうところがあると思う。

……だからこそ、自分の子には僕の様に苦しまず、そしてかつての自分の様に誰かの間を引き裂くことなく、ただ運命の人と巡り合ってただどうか幸せになって欲しい、そんな気持ちになってしまうんじゃないだろうか?

先生の人生になぞらえてこの歌詞を訳してみるならば。

キミは深い悲しみも絶望も知らなくていい、ただただキミの人生が幸せに満ちたものになりますように、僕はキミの人生に祝福と安らぎの歌を捧げます。

そしてアルファ、ベータ、オメガと、何かと運命に翻弄されがちな僕らの社会で、同じ様に思っている人は多いんじゃないかな。

改めて歌詞をなぞってみる。間違いない。

この歌は単なる優しい寝かしつけの歌に留まらず、その子の人生への応援歌になる曲だ。

 

 

それから僕は自分の解釈で猛練習した。

モネに相談はしなかった。レッスン室で、ガラス窓から時折ちらりと外から僕を覗くモネには気づいていた。

本音を言えばこれで合っているのか不安だったけど、自分で見つけた答えで戦いたかった。

ちゃんとした大人になりたかった。

 

◾️

そして緊張のさなか迎えたオーディション当日。受けるのは僕と聖夜だけ。

審査員の先生がいて、モネも同席してて、聖夜と僕で交代で歌って競うというスタイル。

まず初めに指名されたのは聖夜。

ドキドキしながら聞く……。

歌い出しは、暗い深夜を思わせる様な静けさで始まった。赤ちゃんと2人っきりという世界観をどことなく彷彿とさせた。でもそこからゆるやかに音量を上げ、赤ちゃんを毛布で包むような優しい音色をどこまでも響かせていた。

安堵感をメインにたっぷりと歌い上げていて、自分が赤ちゃんならこれで寝ているところだ。

……だけど一方で、ほんのりとだけれど、しめやかでどこかうら寂しい感じに聴こえたのが僕は気になった。それにしてもなんでこの歌、こんな寂しさが混じっているんだろう?

やがてメインパートを終え、曲は終了に向けてクローズしていく。眠ってしまった赤ちゃんを起こさないように、静かに静かに情感も音量も絞っていく……。

そして聖夜の歌の発表は終わった。生で通しで聞く聖夜の子守歌はやっぱり凄くて、同じ歌手を目指す身として拍手しそうになってしまった。

完璧の域のテクニック。同じ解釈でやっていたら完全に負けていた。

「次、星屑くん」
「は、はい!」

歌い出す直前にモネと目が合って『頼む一票入れてくれ』と念じた。モネは同席するだけだから、一票とかないけどね……!

曲が始まって歌い出す。僕が目指すのは、優しく歌いつつも、その子の今後の人生が幸福なものに満ちたものでありますようにという願い。

歌い出しは、優しさと安心感だけを強調するものに。そして曲の中盤以降、途中人生のほろ苦さや切なさを滲ませつつ、それを打ち負かす様な力強さや明るさで被せていく。一番盛り上がるところの声のボリュームは、子守歌としてうるさくならないギリギリを攻めた。曲の終わりも、静かになりすぎない様、赤ちゃんの今後の人生を照らす気持ちで明るさを保った。

この子守歌を歌われる赤ちゃんも、歌う方にも、両方にとって救いや応援になる曲。そんなイメージで僕は歌い上げた。

僕はこの解釈でやったことに後悔はなかった。

これで負けるなら、それが僕の今の実力ってことなのだ。

 

◾️

そしてドキドキの結果発表。

結果はその場で出すとあらかじめ聞かされていたから、とは言えめちゃくちゃ緊張してその発表を待った。

モネと審査の先生がヒソヒソと何か喋っている。

モネはこっちを見ない。メガネの奥の怜悧な瞳は経営者の顔そのもの。恋人だから僕を推すとかはしない人だ。

ひざ上で手をギュッと握る。

ドクンドクン、と心臓がなる。祈る気持ちでその時が来るのを待った。

チラッと盗み見た聖夜は心なし笑顔で、モネを見つめている。自信満々なのか聖夜は……?

変な汗が出てくる。なんか……なんか……僕なりにイケると思ったけど違った?やっぱしめやかに歌っとかないとだめだった?

テクニック全般では負けてるし。なら解釈間違いは絶望的ってことで……!

モネを取られたくない!
14歳に負けたくない!!!

ドクン、ドクン、ドクン!と心臓の音がうるさくってもう我慢できなくなった時、ようやくそれは告げられた。

「星屑くんを起用します」

その瞬間ぶわ、と体中の血液が沸くのを感じた。

か、勝った……年下の天才に……。

 

 

審査役のレッスンの先生の講評としては『単なる寝かしつけの歌にとどまらず、子供の未来への深い愛が感じられる歌声』と評してもらえた。同席していたモネもその講評には頷いていた。

え、えへ……伝わった……。

僕がその喜びを噛み締める一方で、納得していない人がひとり。

「な、何でですか!?僕の方が上手いじゃないですか!!」

聖夜はキレた。そう、聖夜の方が表面上は抜群に上手かったから。

「こんなの間違ってる!絶対認めない!!」
「あっ聖夜!待っ……!」

そう言って部屋を出て、どこかへ足早に行ってしまった。

 

◾️

「……う、ヒック……」

その後、僕は非常階段のところで悔し涙している聖夜を発見した。

そっと声を掛けた。

「コーラいる……?いらない……??」
「……」

静かに並んで階段に座った。しかしうるせえあっち行けというオーラがすごい。でも負けられない。まあっていうか既に勝ってるけどね。僕もどんなに生意気な感じでこられても今回は余裕を持って接せられた。

「俺とあんた、何が違う……?う、くそ……」
「人生経験の差?」
「俺だって壮絶だし。あんたのなんか、どうせ大したことないだろ。社長があんたに甘いのがいけないんだ」
「社長は審査には参加しなかったじゃん。見てただろ」
「審査の先生に事前に根回しとか」
「そんなダサいことしないよ社長は」

苦笑した。聖夜め。モネのこと好きなくせにあんまり理解してないな。

「社長は見た目通り厳しいんだよ。ビジネスにならなければ絶対に起用しない。本当だよ。だから僕は、社長の恋人なのに長いことレッスン漬けでくすぶってたんだよ」

言わせるなよ恥ずかしいだろ。

「まあ、でもさ。聖夜もうまかったよ。でも僕はさ、22歳だからさ。過ごしてきた絶望もひとしおのモノがある訳。

ベータだから高校の時までクズって呼ばれてメッチャいじめられてたしさあ。

まあそんなイジメから助けてくれた先生いたんだけどね、その先生にはさ、色々あって好きな人を奪われることになってしまって……結果的に2人は番になったんだよね。

ショックで何週間もず〜っと声が出なくなったこととかあったよ。実際なかなか惨めな人生だよハハハ……。

本当に運良く社長に拾われたから生きてるけど、あの時知り合ってなければ最悪身投げしてるかも?な〜んてね」

割とまじな話だった。モネがいなかったら僕はどうなっていただろう?

チラ、と聖夜はようやく僕の方を見てくれた。目の淵が赤い。こうして泣いてるところ、やっぱり幸が薄そうな感じがあるな。モネが喜びそうだわ……。先にモネが聖夜と知り合っていたらと思うとゾッとする。まあそんな本音はさておき。

「まあまあ、僕も惨めな人生を晒したじゃん?聖夜のことも教えてよ。まあ惨めさで僕を上回るってなかなか難しいと思うけどさっ」

「……ウチは親がどっちも良い加減で、なかなか帰ってこなくて……」
「うんうん……」

「……うんと歳の離れた弟の面倒を、ずっと俺がほとんど1人で面倒見てた。あの子守歌は、俺自身がホントに歌ってたことがある」

「……そっかあ……」

だからあんなに妙に上手かった訳か……。

「……そんで、親は俺たちを残してどっかに消えた。

そんでその面倒見てた弟は、今は病院で入院してる。治療は上手くいくか、わからない。どっちに転ぶかが分からないんだ。俺には弟しかマトモな家族がいないのに……。

……辛い……」

僕は聖夜の肩をそっと抱いた。

きっと孤独の夜の中、励ますようにあの唄を歌っていたのだろう、聖夜。その歌声には『一緒に生きていこうね』という気持ちが乗っていたのか。

それもひとつの歌い方なのだろう。歌い方に間違いは存在しない。

「まあまあ、聖夜。またがんばろ?同じベータじゃん。仲良くしようよ。社長は譲れないけどさあ」

聖夜は頭を少し預けてくれた。

 

僕も大人になったなあ。人生経験を歌にうまいこと昇華出来る様になったよ。まあ、こんな結果になったのは雨宮先生のおかげ?なんて。

 

それから聖夜はちょっとマシになった。

彼が荒れ狂っている時は、弟のことで不安が高まっている時。だからそういう時は病院へちょこっとお見舞いに行って良いというルールにしたんだ。

どうせ荒れてる時は使い物にならない聖夜。だったら席を外させた方が良い。

そうして戻ってきたころにちょっと抱きしめてやった。そうすると聖夜は大抵落ち着きを取り戻す。

落ち着けばレッスンも出来る。歌のちょこっとした仕事をこなせるようにもなった。

聖夜のそんな変化を見て、モネは目を丸くしていた。

◾️

「ひかり、お前なかなかやるな」
「えへへえもっと褒めて良いよ」

忙しくてバタバタしていたけど、やっと『ひかりオーディションおめでとう会』を開いてもらえて、僕らは今お洒落なバーにいる。

「オーディションも勝ったし、聖夜も手懐けたし。どうやったんだよ?」

僕は経緯をつらつらと話した。自分で考えたこと。やったこと。

「ふうん……」
「まあ僕は、聖夜のモネへのちょっかいが減ったからそこに一番安堵してるけどね!」

そう、一番の懸念事項がなんとなかったのだ。

聖夜はあんなにモネを欲しがっていたのに、それがなりを潜めた。

「多分だけどねー、聖夜はそもそもモネに父性を求めていたんじゃないかなと思うんだよね……親がいないって話だったし。

自分を理解して安心感をくれそうな年上の人だから、モネを気に入ってたんじゃないかなって」

「ひかりが聖夜に理解を示せて多少なりの安心を授けられる様になったからアイツは大人しくなったという訳か。

お前も大分、人間理解が出来る様になったじゃないか。人の心動かす歌を歌える様になるにはそれが必須だからな」

ワインを飲む手をピタ、と止めたモネ。

「……これなら本当にイケるかもしれない」

メガネの奥の伶俐な瞳が何かを見据えていた。

 

◾️

「ひかり。お前デビューするの決まったから」
「え!?」

後日。そんな青天の霹靂のニュースを聞いた。

2人で住むマンション。お風呂上がりにソファでぼんやり髪乾かしてる時に普通に言われて超びっくりした。

「マッマジで言ってる!?」
「当たり前だろ」

メガネの奥の瞳が微笑んでいる。

「う、うそ……嘘……」

じわじわと喜びが広がっていく。

まじで?本当に?

「今までよく頑張ったな」

モネが強く抱きしめてくれた。あのクールなモネが感慨深げに、ほんの少しだけ震えている。こんなに喜んでくれるなんて……本当なんだと実感した。

「これからもずっと俺が側で応援するから」

そっとキスしてまた優しく抱きしめてくれた。
その背中に腕を回す。モネがいてくれたからここまで来れたんだよね……。

「僕に一番のエールをくれるのは、いつでもモネだったよね」

「嬉しいこと言ってくれる……」

モネはそのまま僕を抱き上げて寝室に連れて行った。僕をこうして甘やかすのも、デロデロに愛してくれるのも、昔から変わらないまま……。

 

 

それから僕はしばらくして、本当に、本当にデビューした。

最初にやったのはハンバーガーショップのテーマソングのCM。若者向けのポップな曲調。

平凡顔なのに人前で歌わせてもらうのは随分恥ずかしい。こんな僕がCDショップのイベントに出させてもらったり……!

昔の自分だったら考えられなかった道が開けてきていた。

とはいえ自分の歌がCMで流れてくるのは普通に恥ずかしい。僕は大好きなハンバーガーショップからちょっと足が遠のいたけど……!

 

例の童謡もテレビ放送で起用されたし。
色々実績がついて、ちょっと得意な気分だった。
順風満帆だと思っていた。

 

だけど……。

 

それからしばらく経った頃。

ある日事務所でのレッスン終わりに、突然モネが機嫌悪げに話しかけてきた。あまりの機嫌の悪さにちょっとびっくりした程だ。

「ひかり。お前にお客さん来てるから。事務所の来客用の部屋で待ってる」
「え、誰?」

無言でモネはふいと背を向けた。

「むっ無視しないでよお……!」

それでも僕を無視して社長室に戻って行ったモネ。

な、なんなの?あんなモネ、少し珍しいなと思って指定の場所へ行った。

僕にお客さんて一体……?あっ一応プロデビューしたからその取材とか?でもモネがあんな風に機嫌悪くするなんてなあ……?

僕はドアをキ、と押した。

「……!!!」

その顔を見て本当にギクッとした。

「……あ、あ……」

忘れられる訳がない相手。

高校以来の幼馴染。色素の薄い髪色、随分整った美しい顔立ち。ああ、知らない内に彼も随分大人になったなあ。

相手はバツが悪そうにしている。

「や、ひかり。久しぶり」
「あ、梓……」

モネが機嫌が悪かったのはこのせいかと腑に落ちた。

僕の心の古傷だった梓。
今更どうして?

◾️

「え!?雨宮先生、いなくなっちゃったの?!」

僕は緊張を紛らわすために飲んでいたペットボトルのアイスティーを吹きこぼす程に、度肝を抜かれた。

気まずそうに頷いた梓。

梓が言うには、少し前に雨宮先生が家を出て行ってしまい、連絡が取れないということらしい。

一応共通の知り合いの携帯から電話かけると本人が出たりするので、事件性は無さそうということ。要は家出。

僕は超驚いていた。雨宮先生と梓ってめちゃくちゃ上手くいってるもんだと思っていたから。

「あ、あの雨宮先生が家出かあ……」

耽美な美青年だった雨宮先生を思い出す。

「そ。ひかりのとこにもしかして来てたりしないかなって思って……それで来たんだ今回」

「え、来てないよ。そもそも何で僕なの??」

頭がハテナでいっぱいだ。梓は気まずそうに苦笑した。

「……俺が隠れてひかりのファンをやってたことで喧嘩したことあるから」
「え、ハア!?」

「ひかりデビューしたんだろ。歌も随分上手くなってさ」
「うっうん……」

心臓がドキドキする。え、僕のこと応援しててくれたなんて知らなかった。見られていたなんて。

「それに優馬もひかりのことずっと気にしてたんだよ。……事あるごとにひかりの話しててさ。

それでさ、ひかりってテレビの童謡歌ったりしてるだろ?ちょっと前に家で2人でいる時にたまたま聞いてさ。その時以来なんか優馬の様子が変だなって思ってたら家出したんだ。

触発されたっていうか刺激されたっていうか、なんか上手く言えないんだけど。

でさ、家出した勢いでひかりに会いに来てるんじゃないかなって思って確認しにきたんだ。親戚とかも当たってるんだけど、誰も知らないって言うし。唯一のアテがひかりだったんだ。

ひかりのとこにも来てないなら捜索困難だよ。困ったねマジで……」

僕は頭の中が上手く整理できない。僕はちっぽけなベータに過ぎなくて、美男子同士の梓と雨宮先生は完璧な番のはずで……僕は物好き社長に拾われただけで……。

とっくに乗り越えたと思っていたけど、当の本人を前にすると過去の古傷が容易に口を開くのを感じた。どうしよう、頭の中がぐちゃぐちゃだ……。

そんな中で、脳みそが一つだけ疑問を弾き出した。

「……っていうか子供は?ほっといて大丈夫なの?」

「ウチはいないんだよ。こどもはね」

「え!!!?だ、だってデキ……」

「流れちゃったんだよ、俺たちの子供は産まれる前に。だから俺たちに子供はいない。これからデキる予定もない。養子縁組するつもりだったんだけど、それも難航しちゃってね」

少し寂しげな梓の瞳が心に焼きついた。

 

そ、そんな……。

子供が出来たと思って諦めたのに……。

◾️

話を終えて、僕は事務所の前で梓を見送った。

「それじゃあひかり。今日は久しぶりに会えて良かった」
「あ、うん、元気でね」

バイバイと手を振って別れた。

感傷的な気持ちで梓の背中を見送った。

手の中の携帯を見つめる。

万が一雨宮先生が現れたら連絡をくれと、梓が連絡先を入れていった携帯。

灰原梓。

かつて好きだった人の名前……。

ふうとため息を吐き、携帯をポケットにしまおうとした時、誰かの大きな手が背後から僕の携帯を取り上げた。

「モ、モネ!返し……」

モネの顔を見てドキッとした。悪い意味の方。

「ひかり。何のマネなんだ。どうして連絡先交換をする?番を乗り換えようっていうのか」

モネの過去の古傷が大きく口を開けている。

僕はこんなに傷ついた顔をしたモネを初めて見たんだ。

「ひかり、こっち来い」

有無を言わさない手が僕の手首を掴んで引き摺っていく。

いつでも僕を応援してくれていた、優しいモネの表情はいまは微塵も感じられない。

 

 

続く

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