「……加賀美さんとのことか……」
指先をいじいじといじる。高速脇の街灯が矢のような速さで流れていく。
無言で僕を見守る詩音くん。続きを辛抱強くじっとりと待っててくれている。
(じっとりってヤな言い方だったかな?でも蛇が息を殺して獲物が通るのを待ってるみたいな雰囲気だったからつい……。)
ほんのり苦笑して、もう何でも良いやと教えることにした。
「僕さあ一回入院したことあるんだよね」
僕は過去の話を詩音くんに話し始めた。
「あれは僕が加賀美さんと付き合って数ヶ月ほど経った頃……。
僕、仕事遅いからさ。周囲にイライラされすぎて、ある日胃に穴が空いちゃったんだよね。上司に詰められている時に会社で突然倒れたんだよ。
そこから先の記憶がかなり曖昧んだけど、病院のベッドで寝てる時に誰かがずっと手を握っててくれた感覚がうっすらあって……。
目が覚めた時、1人の部屋でしばらくぼうっとしてたらガラッて慎重〜にドアが開いて、誰かなと思ったら加賀美さんだったんだ。
『うわっ起きたんかお前!』
持ってたなんかお菓子の袋かなんかをバサバサ〜って落として僕のところ駆け寄ってきてさ。
『い、息しとるか!?死んでないよな!?』
って。僕の両頬ワシッ!て抑えて目の前え僕の生死を確かめてきてさ。あのクールな加賀美さんが見たことない憔悴ぶりだったんだよ。服なんかよれよれで、無精髭ぼさぼさでさ。あのカッコつけの加賀美さんがだよ?あんなだらしない格好になっちゃってるところなんか見たことなかった。
『ほんまにほんまに心配しとったで!』
って、え、泣いてる!?って超びっくりしちゃって……。
後から聞いたら病院の個室は加賀美さんがお金払って入れといてくれたみたい。なんだかんだ羽振り良いタイプでさ、その節は感謝だよね……。
それで入院してた時はもうすっごい優しかった!
ず〜っと会社のPC持ち込んで病室にいてくれて、カチャカチャカチャカチャやりながら『メロンいる!?あっだめか……ほなお茶は?』って。
普段一緒にいる時は『ナツミ!茶あ持ってこい!』
って感じのえらそ〜な人だから、まじで誰!?ってかんじ。
それで僕の仕事は全部加賀美さんが吸い取ってやってくれたらしくてさ……。僕が業務やれなくても申し訳ないって言ったら『無理したらいかん』『ゆっくりしとこ』『焦るな、俺に任しとき』ってにこ、って宥めてくれてさ。
ギュッて手を握ってくれてすごくあったかくて安心しちゃってさ……。
……あの時の優しい顔が忘れられないんだ。あ、この人って本当はすっごく優しいんじゃないかって思っちゃったんだよね。あの時の顔は作り物ではなかったと思う。
僕さあ、優しい加賀美さんは大好きだったんだよ。
2人っきりで夕陽の沈む病室の中で一緒に過ごして、胃が良くなってからはりんご食べさせてもらったりして、きっとこれがこの人の本性なんだ、胃に穴が空いて却って良かったかも、きっとこれからは仲良くやれるって嬉しかったんだけ。
本当にあの時は超甲斐甲斐しくてさ。ちょっとベッド降りようとしたら『スリッパ履きや!足元冷えたらいかんで!』ってすかさず両足にスリッパ履かせてくるし。
くしゃみでもしようものなら『身体悪なるで!これ着とき!』って加賀美さんの超ヨレヨレになっちゃった上着無理やり羽織らせてきてさ。そこまでしなくてもって思ったけど、嬉しかったなあ。
ず〜っと心配そうな顔して僕のこと見つめてくれて、こんなの初めてだなあって。
だけどさ……。
なんかさ…………。
なんか、なんか、もうそろそろ本当に回復してきたな〜退院間近だな〜って時に……。。
『ナツミ、そろそろしっかりしなあかんで』って微妙に言葉尻が荒くなってきて、その次は『大体胃に穴てなんやねん。お前がのろいのがあかんのやろ』とか『業務覚えられへんてなんでなん?俺仕事で迷ったことないで?まあお前の頭絞りカスみたいなもんやしな』とか……!
しまいには退院する時『んもうナツミ!シャキッとせえやボケ!』っ看護師さんとかの前でどつかれて皆に笑われたし。
そして会社に復帰したらしたで普通に今まで通り冷たいし。なのに絶妙に仕事のアシストはしてくれるから、お礼言うと黙れあっち行けって追い払われて……。
……詩音くん?」
ふふふと苦笑した詩音くん。
「素直じゃないなあ〜……病気だよもう。いや不治の病?多分素直になると死ぬんだろうね」
そして詩音くんはまた我慢できずに爆笑した。
そう。多分本当は加賀美さんは優しいところがあるんだ。僕の心の一部が加賀美さんから離れたがらないのは、ああして絆されしまったからなのだ。
けどさ。それを上回る僕への暴言・軽い暴力が再三あって、どうしても疲弊しちゃったから別れたわけでさ……。
ほんとは優しいから、でヨリ戻せるほどの暴言レベルではなかったし。
だけどモラハラだからで大っ嫌いになれるほど冷たいな人ではなかった。
あーあ……。あーあ……厄介だよ本当……。
事実、僕は今でも時折会いたくてどうしようもなくなる時がある。心の中がずっとぐちゃぐちゃのままだ。
ひとしきり笑い終えた詩音くんは言った。
「個室わざわざ取ったのも、甘やかしてるとこ誰にも見られたくなかったんだろうねえ〜ださいなあ……俺なら堂々と甘やかすけどなあ。俺たちめっちゃ仲良しの恋人です〜って自慢して良い訳じゃん?俺ならそうするなあ。そこで確固たる関係性を作ってプロポーズ!なんてね。
……俺が加賀美さんの立場だったらなあ。ナツミちゃんと同じ会社でサラリーマンやってれば良かったなあ。……俺が最初の王子様になりたかったな。寂しいもんだね」
「詩音くん……」
車は高速をそのまま走っていく。
しばし無言の車内……。
確かに詩音くんは恋人をうんと甘やかすタイプなんだろう。『恋人にとっての敵』だけをやっつけて、恋人そのものをやっつけたりけちょんけちょんにしたりしない……。
詩音くんと加賀美さんは確かにちょっと似ているところはある。2人とも底は喧嘩好きだし。
だけど、モラハラではないという点で、詩音くんの方が良いのかもしれないけど……。
それからしばらくして僕はついウトウトとしてしまい、気づけば車は高速をちょうど降りたところだった。詩音くんは右見て左見て、信号待ちの最中に僕の隙をついてキスをしてきた。
「ずっと我慢してたの偉いでしょ」
へへと顔をくしゃくしゃにして笑う。きっとこれは彼の本心なんだろう。あけすけに好意を示してくれる詩音くん。彼みたいな人と一緒にいればきっと、『嫌われてるんだろうか、好かれてるんだろうか』なんて気を揉む必要ないんだろうな。
「ここから適当に車走らせるんだけどさあ、車中泊とホテルどっちが良い?」
「え……」
出た、出たでた。どうしよう。
「ねえ、答えてよ」
にじり寄られて焦る。どっちも身の危険しか感じない。ど、どうしたら!?
続く
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