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【のろまの矜持#25】詩音との夜 

「し、詩音くん!?降ろしてよおっ!」

「も〜ナツミん、誘拐された人みたいな顔しないよ。ただ俺とゆっくりドライブしよ?たまには邪魔な兄貴抜きでっていうだけの話なのに。

……それとも俺といるのはそんなに嫌?前に強引にちょっかいだしちゃったから嫌われちゃったのかな?……傷つくなあ」

車を走らせる横顔は結構寂しそうで、僕を畳み掛けるための演技ではなさそうに見えた。だから余計に僕は返事に詰まってしまって……。

「いや、そんな嫌いとかでは……」

「そう?嫌われてない?良かった!」

詩音くんは運転の最中にこっちを一瞬向いてほんとに嬉しそうに笑った。そして続けた。

「……一晩ふたりっきりなんて初めてだね。兄貴がいないからキスもし放題。こりゃ良いや」

ブウンと車は加速する。僕を降ろす気などないと明らかだ。僕にすごく優しくて甘いけど、加賀美さんと張り合えるほど腕っぷしは強いこの彼。この詩音くんと一晩一緒って、僕は大丈夫なんだろうか……?

「でさあ、このドライブ、どこ行こっかなって思ったんだけどさ。加賀美さんとことかどう?行っちゃう!?」

僕は早速ひっくり返った。

「えっ……えっ!?何言ってんの!??行っちゃうってそんなノリで訪ねて良い相手じゃないんだけど!?」

「へへ……そりゃそう。いやまあ加賀美さんが今どう過ごしてんのかな〜って俺は興味あってさあ。ちゃんと諦めて他の恋人をちゃっかり作っててくれたら良いな〜って。そしたらナツミんはさあ、ショック受けて加賀美さんとの忘れられない思い出をアレコレゲロってくれそうじゃん?

どうせ加賀美さんのこと教えてよって言ったって、上っ面のことしか教えてくれなさそうだ。……そうでしょ?」

痛いところを疲れてううっとなった。

こういうところ莉音くんよりも詩音くんの方が俄然厄介だと感じる……!

「でさ、君の思い出のど真ん中にいる加賀美さんには退いてもらわないと困る訳。目の前にいないくせにいつまで〜もナツミんを独り占めしててがめつい奴だよね本当……俺としてはさあ、こっそり様子を見に行きたいんだけど、覗いてるのバレたらまたストリートファイトするのも良いよね。

強いやつとの本気の殴り合いは嫌いじゃないからね」

背「筋がゾ〜ッてした。このふたりを引き合わせるのは危険すぎる。血の気の盛んな彼らだ。次はどっちかが死にかねない。

「えっいっいやっ本当そういうの大丈夫だからさ!?ねっ詩音くんっいや適当に市内ドライブで全然良くない!?海とかで星見るのも良いね!?」

「え?海でしっぽりかあ……それはかなりエモくて良いね。ロマンチックな波音を聞いて良い雰囲気の中で、ナツミんはこの俺に恋しちゃうかもしれないしね」

「で、でしょ!?」

よし、このまま路線変更を……!

美しい顔をにこにこさせて詩音くんは言った。

「う〜んでもやっぱ却下!嫌だって言われるとやりたくなっちゃうんだよ俺。大丈夫だよ加賀美さんの現在の居場所は昨今のSNSのアレコレにより抑えてあるから、ってことで今から行っちゃお!」

僕があげかけた抗議は、詩音くんが交差点で車をギャギャギャギャ!とターンさせたせいでかき消された。

車は一直線に夜の町を爆進していくのであった……。

 

◾️

そんなこんなで、詩音くんに連れられ今サービスエリアにいる。高速に乗る前にちょっと小腹を満たそうねとか何とか。。

駐車場に停めた車内にて。なんかウキウキしている詩音くんを前に僕がただ胃が痛んだ。

「……詩音くうん、辞めようよ。お願ぁい」

ずず、とコーヒーを啜ってパンを齧り詩音くんは言った。

「え〜どうして?なんで会うのやなの?言うて別に良いじゃん?ハッキリ振ってうちの兄と付き合ってるんでしょ。万が一殴り掛かられたら用心棒はここにいる。恐れることなど何もない」

「だって……この尻軽!とか恩知らず!とか。言われそうだし……」

チラッと詩音くんは僕を見つめた。

「あんなに色々構ってやったやんけ!とか言われそうだし……」

「あんなにって?別にそんな仲良しカップルだった感じしないけど」

「いや……その。加賀美さんはああ見えて意外と優しいところもあって、僕が残業してると必ず僕が好きなドーナツ買ってきて僕がたまたま席外してる時にそっとデスクに置いてくれたりとか……」

「まさかそれだけ?それってただの餌付け……ナツミん……!」

心底かわいそうな生き物を見る目だったので慌てて補足した。

「いやいや!流石にそれだけじゃないよ。一応その……ぜっっったい誰の目にも触れない場所でなら、僕の誕生日とか祝ってくれたり……」

「自宅とか?」

「うんそう……加賀美さんて結構お洒落な人でさ。高そう〜な有名店のローストビーフとか、煌びやかなお洒落なお店でホールのケーキ買っといてくれたりとか……僕の誕生日だけは本当に優しかったなあ……懐かしいや……」

「そっかあ……優しいってどんな風に?あの風貌で愛してるとか言っちゃうの?」

「…………それ言ってくれたの一回だけだけどね……」

「ええっ当たってるの?うわ嫌だなあそういう甘い加賀美さん。キモッうわ震えが」

ブルッて詩音くんは本当に身を震わせた。心底おぞましそうだ。まあ君らは折り合い悪いからね……。

「……いや、詩音くんからしたら気持ち悪いかもだけどさ……僕は……僕は嬉しかったよ?

だけどさ、そういう面を見せてくれるのは絶対……ぜ〜ったい!他人が周りにいない時だけなんだ。これどうしてだと思う?」

「……恥ずかしいから」

「そ。……僕のことがね、恥ずかしいわけ。こんなださい奴と深い仲とか、死んでも知られたくないわけ。

でさ、僕は加賀美さんに釣り合う男になろうと必死で……勉強もしたし仕事もしたけど、やっぱり僕はのろまだから……」

「ついに周りに公表される様な自慢の恋人にはなれなかったと……」

頷いた。グスッとやってしまった。

「……で、その稀に優しかった加賀美さんが忘れられないって訳か、ナツミんは」

「……そ……。

僕は加賀美さんからずっと、『お前はドジでのろまでほんまどうしようもないアホや』ってずっとなじられてたんだ。僕のことを見下す時の加賀美さんはほんとヤな感じなんだけど、でも、あの稀な優しい面が忘れられなくて……僕さえしっかりすれば、あの優しい面だけ見せてくれるのにって……それで更に僕は自分が嫌いになってしまって……」

「そっか……おいでナツミ」

両手を広げて詩音くんは僕をギュッと抱きしめてきた。そういえば、こんな風に加賀美さんとのことを詳しく話すのって莉音くん相手にはなかったと気づいた。

大きな体の詩音くんに抱きしめられると、おっきなワンコに懐かれている様な安心感があった。

僕の後ろ頭を撫でながら詩音くんは言った。

「ナツミちゃんはダメな子なんかじゃない!加賀美さんがモラハラ野郎なだけ!それでさ。もっと色々話してよ。色々吐き出してスッキリしよ?」

 

◾️

詩音くんがひたすら車を運転する間、僕はぺちゃくちゃと加賀美さんとの話をした。それは今まで溜め続けたボヤキだった。割と聞き上手(聞き出し上手?)な詩音くん相手に、タガが外れてしまったというか……。

彼の思惑も何も、もうどうでもいいとすら思えたのだ。

「っていうかさ、付き合ってるって公表したくもない僕と付き合うってなに!?体目当てですか!?」

「う〜んそう思われて致し方なしだよねえ」

「そう思うでしょ!?でもさ……こんな貧相な身体を目当てにって……いやいくらなんでも、なら風俗行けば?って話だし……こんな貧相な僕でも、内面を好きになってくれたのかな?とか、思ってしまって……僕のことベッドでだけは褒めてくれたりしたから……」

「……」

「詩音くん?」

「ん?ん〜絶妙に頭の中でフィルターかけながら聞いてるから……」

「フィルター」

「だって加賀美さんとナツミちゃんが同じベッドにいるところって想像するとつらいから……加賀美さんを俺に置き換えて聞いてる。ここ高速だからね。キスできないのつれ〜な〜」

詩音くんはハハと笑った。

「でも今目の前にいるのは俺だから。俺は勝ってみせるよ。加賀美さんにも、莉音にも」

そんな真剣な声音で……。どき、とした。

「それにナツミちゃんは何だかんだで加賀美さんとの思い出話を教えてくれてるし。

あ〜そこが君の心のツボな訳ね、って色々知れて俺は嬉しい。ありがとね、ナツミちゃん。
君のこともっと知りたい、教えてよ」

 

 

続く

【のろまの矜持#26】本当は優しいひと「……加賀美さんとのことか……」 指先をいじいじといじる。高速脇の街灯が矢のような速さで流れていく。 無言で僕を見守る詩音く...
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