短編小説

捨て猫クロノスタシス

こんにちは!月夜です!

以前募ったイラストコラボ企画の件で、実際に作品を書いたので掲載します🙌

イラスト🔽

絵師さん くるもちさま

https://www.pixiv.net/users/83944527

イラストの所感;右側の猫ちゃんの吸い込まれそうな奥深さを感じさせるキラキラな瞳がとても印象的ですね!この子のキラキラお目目を見ていると、ふと時間が止まる気がします。そして猫ちゃんの挑戦的な感じが特徴ですね◎これを主軸にストーリーを展開したい!そんな気持ちで話を書き始めました。

色々あってファンタジーになりました。

最初はブロマンスな感じです。前編と後編に分かれてます。

ーーーーーーーーーーーー

僕がついさっき拾った捨て猫は、結構えらそうなタイプだった。家の前になんか落ちてたんだけど。

ご飯をあげるといえば牛フィレを出せとのたまい、断るとキレてくる。

お金がないので魚で我慢してくれと言うと、バターたっぷりのムニエルじゃなきゃ食べてやらないと床でじたばたとゴネる。

「おいっはやく作れよなっ。腹がへったぞ」
「あの、でも……」

あ、猫といっても半獣で、幼稚園児に耳が生えたみたいな見た目でひとの言葉を普通に喋る。

「すみません、魚は家に今ないので市場で買ってきますね」
「はぁん?なら俺も行くっ!俺をひとりにする気か💢」

ドッスと肩に飛び乗ってこられてまあまあ重い。えらそうで寂しがり屋。

「最高級の魚を買うぞっ」

フンスと荒くした鼻息が、頬にあたってくすぐったい。

「お金ないですう……」
「ああん!?💢」
「ううっ……」

あと結構気が強い。

「ちっ人間め……俺がなんとかしてやっても良いけど」
「え、どうやって?」
「俺の瞳を見ろっ」
「……」

間近でキラキラなお目々がぱちくりと瞬いている。確かに小宇宙の様な吸い込まれ感はあるけれど……。

「……え、な、何か……?」
「ふふん、まあオマエには見抜けないだろうけどな。俺の瞳には『とくべつな力』があるんだよ!まっあとで見せてやるさ」
「はあ……」

目が合うと相手を石にするとかそういう系?あ、でもそしたらさっきもう石になってるかぁ。

なんか分かんないけど自信満々な猫を抱えて、とりあず僕は家を出た。

だけど実はこの猫、厄介な力を持っていたと後で知ることになるんである。

 

 

『捨て猫クロノスタシス・前編』

 

 

夕方の市場は人でごった返していた。

魔導士も剣士もいる。あれは勇者パーティかな。
僕が白魔道士だった頃が懐かしいな。もう関係ないけど。なんとなく肩の猫のほっぺを撫でた。

「おいっ人間。あっちから魚の匂いがするぞ」
「は、はあい……」

猫に操縦され魚売り場の方へ。猫はぴょこ、と僕の肩から降りて並んだ魚を物色している。

ううっ結構高いよお……。ぎゅっと財布を握りしめる。まあでも捨て猫にぐらい、なんか美味しいもの食べさせてあげたいし。僕の晩御飯代カットでいけるな。

算段を弾いて買おうとした時。

「これください」
「まいど!」
「おい店主。この魚、偽物だろ。あんまり客を舐めてるとその息の根を止めてやるぞ」
「!?」

猫はじっと店主の瞳を睨みつけたかと思うと、そのブルーの瞳がキラリと一瞬光った。すると店主はピタと動きを止めた。

その隙に猫は魚をひったくり、そして猫そのものの瞬足で遠くの方へ走って行った。僕の手を引いて……!!

 

 

◾️

そしてひと気のない海辺に来た。

ぜえっはあっととんでもなく息が上がっている。

マンガみたいなスピード感によくついていったと思う。

「オエッ……」
「この魚、ただの羽虫だぞ。騙されるな」
「え?」

猫が魚をバッシャと海水につけると変化魔法は解け、それは本物の姿を現した。

「タダ同然の羽虫をあの値段で売るとは良い度胸じゃないか。気づかず買おうとするオマエも大概だけど」

「ううっ……返す言葉がございません……」

「まあ羽虫は釣りのエサになるからな。今からここで釣りするぞ。オマエ、あっちからそれっぽい木の棒もってこい。あと糸まき草も」

 

◾️

即席でこしらえた釣り具で、猫は次々と釣っていった。

まず羽虫でハゴロモ魚を釣り上げ、今度はハゴロモ魚をエサにサンゴフィッシュを釣り上げた。

そしてそれをエサに今狙っているのはキングドラゴンフィッシュ。

わらしべ長者かな?

「キングドラゴンは牛フィレと味が近いからな……待っていろ俺のばんごはん」

じゅるりと舌なめずりしている。

この猫、幼稚園児みたいな見た目に反してなかなかのワイルドさだった。

「せい!」

ちゃぷんと波紋の広がる海面を一緒に見守る。

「まあしかしキングドラゴンフィッシュはなかなか用心深い。時間がかかるだろうな」

「はあ……なんか色々すいませんね……」

「そうだな。こんなプリティな俺が人間に付き合ってやってるんだ。ありがたく思え」

「は、は〜い……」

ふと遠くを見つめると、大きな漁船が通っていくところだった。懐かしいな、あれ皆と乗ったことあるな。皆元気かな。あは……。

猫は僕をチラと見て言った。

「……昔、勇者パーティーにいたんだろ?」
「え?」
「そんで白魔道士だったんだろ。んでパーティー内で発生した勇者殺しの濡れ衣を着せられて追い出され、今ニートなんだろ」
「な、え?」

「何で分かるかって?まだ気づかないのか。俺は目が合った相手の記憶をさらえるんだよ。オマエの過去なんかとっくに全部洗ったっつの」

「ええええ……っ!!!」

色々いたたまれない辛い記憶を、ずっと周りに伏せてきたアレコレを、この猫に全部知られてる……!!!!?

ふふんと猫は鼻を鳴らした。

「オマエは随分うかつだ。大体な、俺がプリティなのは分かるが、あっさり家に入れるなよ。殺されたらどうするんだ?」

「ううううっ……!!!」

「人体ってまあまあ高く売れるんだぞ。知らないのか」

「うぐ……っ!!!!」

ハアと猫はため息を吐いた。

「まあ〜オマエがその辺ぜんぜん考えてないのはバッテンだけど、見ず知らずの俺のお腹を心配したのは高評価してやるぞ……お、かかったか?」

くいくいと糸が動いている。

「人間っ俺を手伝え!」
「は、はい!」

ぬぬぬぬと猫と一緒に釣竿を引く。

「……けどなあ、貧乏人のくせに自分の晩御飯代ケチって知らん猫に魚奢るってなかなかばかじゃないか!?オマエの残金500円だろ!?元々市場で買おうとしてた魚は450円!」

「うぐううう……!」

集中できない!釣りか罵倒かどっちかにして!
行き場のない気持ちを釣竿握る手に込めた。

「でもなあっ……そういうお人好しバカなところが、気に入った、ぞ!せい!!!!!」

ドバッシャア!!!!っと巨大な魚を釣り上げた!!!デッカい魚が口をあけてこっちに降りかかってくる!!!

「いやあああ!!!!」

猫を庇ってしゃがませた。魔法の詠唱は間に合わない、死ぬなら僕ひとりで!!!

ええい!!!一か八かだ!!!

思い切って拳を振り上げた。ひょろひょろの腕だけど、どうにか……!!!!

ドッス!!!という音が鳴り響くと共に、断末魔の声。ビチビチと蠢いていた巨大魚はやがて動かなくなり……。

恐る恐る目を開けると、倒せたらしかった。

まじ……?

「オマエ、中々やるじゃないか。腐っても白魔道士か。そのパンチ繰り出した手に嵌ってる指輪はホーリーリング。光の力でキングドラゴンフィッシュ倒すとはな。たしかにそいつは闇属性だしな。これでしばらく飯の心配はないな」

「え、えへ……」

全然忘れてたけど。母さんの形見の指輪をつけてただけだけど。とりあえず猫ちゃんが助かって良かった……。

「俺を身をもって守るとは褒めてやるぞ。

……俺もかつての飼い主に捨てられた身。俺の元飼い主は随分がめついやつで、金が足りなくなったからって子猫の頃から一緒にいた俺をあっさり捨てたな。

まああまりもん同士、仲良くやろうぜ」

 

 

それから家までの道のりを並んで一緒に帰った。

オマエが持ての一点張りで巨大魚を背負わされて歩いたけど、仲間がいる道中は久しぶりで、悪い気はしなかった。

夕日が沈みかけているなか、猫の白い毛髪がオレンジに染まっている。

「猫ちゃん、毛並み?綺麗ですね」

「まあな。っていうか俺はノエル。覚えておけ」

初対面から何回聞いても教えてくれなかった名前をいま教えてくれたというのは、心開いてくれた証ってことなのかな。

「あ、はい。ノエル……よろしく」

「ところでオマエ、名前なんて言うんだっけ」

「え、リリイですって何回も言いましたけど」

「お前は今日からショコラだ」

「ええっ……」

「その名前、昔いた勇者パーティーの高飛車な黒魔道士の女と被っててイヤだったんだろ。記憶覗いたから知ってる。まあどうせ勇者殺しの犯人もソイツだろ。ちじょうのもつれか何かで。知らんけど。

追放されて以来、どうにもリリイって言葉の響きがイヤなんだろ?

だから今日からオマエはショコラを名乗れ。俺がチョコ好きだから。異論はゆるさん」

なんとも横暴な捨て猫を拾ってしまい、しまいに名付けられてしまった。あべこべだけど、まあいっか。

こうして僕の新しい日常が幕を開けた。

ショコラとノエル。うん、悪くない。

 

ちなみに……。

その後家で一緒に食べたキングフィッシュのバターたっぷりムニエルは、僕の分の最後のおっきいひと切れをノエルに取られた。

確かに目の前にあったはずなのに、パッと一瞬意識が飛んで、気づいたらノエルがぱくついていたんだ。

「俺には『とくべつな力』があるって言ったろ」

目を三日月みたいにしてニヤニヤのたまうノエル。

要はヤツの能力は二つあり、一つは記憶をさらうもの。2つめは『目が合った相手の時間を一瞬止める』というものだったんだ。

これで僕を硬直させてる間にキングフィッシュを攫ったってワケ!

「がめつくない!?」
「育ち盛りだからなあ俺は」
「良くないっ僕もお腹空いてたっ」
「別に良いだろお。俺のおかげでこれにありつけたんだからっ」

キーキーワーワーと僕らの愉快(?)な夜は過ぎていく。

ちなみにノエルはこの手を使い、元々市場で高級魚をパクる気だったらしい。だけど僕が買おうとしてた魚が偽物なことに気づいて作戦変更。店主に挑戦状を叩きつけてから硬直させ、ただ同然の羽虫をさらって逃げたのだとか。

「何で逃げたの?」
「ばかやろう怖いおじさんに怒鳴られたらこわいだろ」

良いやつなのか悪いやつなのか、肝は大きいのか小さいのかちょっと良くわからない。まあ前の飼い主ががめつかったせいもあるのかもしれない。

 

まあこれからよろしく頼むよ、ノエル。

 

 

続く

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

それからワチャワチャと過ごすこと約1年。ノエルは成獣になった。人間で言う18歳。

これは間違いではなく事実なんである。

「ショコラあ」

相変わらず肩に飛び乗ってこようとするのを光の速さでよけた。

地面にズダン!と着地したノエルは不満気に僕を見上げた。

「チッ……💢」

「いやチッじゃないよ。何キロあると思ってんだよ。君もう小ちゃい猫ちゃんじゃないんだよ」

「猫ちゃんなことに変わりないだろ」

フンスとのたまい立ち上がると、偉そうに僕を見下ろした。

そう、猫の成長スピードを舐めていた。ヤツは今や僕よりデカいのである。やたら美形になってしまってそこもイラつく。

睨み合う。けど、キラとその目が一瞬光るのを感じ取って慌てて僕はあっち向いた。

「だからその変な催眠術みたいな技をやめろよ。僕を硬直させてる間に肩に飛び乗ろうってことだろ。脱臼どころじゃないよ💢」

「チッショコラのくせに……」

なに〜?💢

生意気な青年猫・ノエルの両頬を片手で掴んではさんだ。ぶちゃいくにしてやった。

「ふん、これで男前も台無しだね」

へへんとノエルを見つめて嘲笑ってやった。

だけど……。

「!?うっ重い……!」

一瞬意識が飛んで、次の瞬間僕はノエルの下敷きになっていた。

「ばーかばーか」

ノエルは白い猫耳をひょこひょこさせて喜んでいる。にやにや笑う猫を下から見上げて僕は唸った。くっそ〜!!今日も負けた……!

ノエルめ〜!!

「ハハハ、まあほら立てよ。今日も冒険の旅に行くんだろ」

偉そうに差し出されたノエルの手を、しぶしぶ掴んで立ち上がった。

 

 

『捨て猫クロノスタシス・後編』

 

 

僕とノエルはパーティを組み、2人で時々クエストに出かけている。これで日銭を稼いでいるのでね……!

クエスト紹介所にて、今日も適当にクエストを見繕っているんだけど……。

「このクエストの報酬は?ああ、まあまあですね。じゃあ決まりで」

なんかノエルが店の人と勝手にクエストを決めるし、クエスト登録するときも『勇者ノエル/白魔道士ショコラ』となっていて、色々解せない。

なんか僕が従者扱いになっている。

「行くぞ」

ふぁさ、と長くなった白髪をかっこよくたなびかせてクエスト紹介所を出ていくノエルの後を、慌てて追った。

 

 

「の、ノエルさ〜ん。今日はどこへ行くんですか……」

「時の塔という場所へ行く。そこで永い眠りについている猫を見つけて、絶対に起こさないように連れて帰ってこいとのこと。背景は知らん。

クエスト選んだ理由はなんかシンパシーを感じたから。それだけだ」

「は、はあ……」

「不安か?まあどんな敵が出てこようと俺が薙ぎ払ってやるから安心してろ」

ノエルは偉そうに僕の頭を撫でた。

色々むかつくけど、まあ仕方なかった。

実際にノエルは強くなったからだ。元々剣士タイプだったけど、そこに猫の俊敏さと動体視力の良さが加わって、どんな敵でもあっいう間に制圧した。相手の過去を読み、動きを止めるというチート付きだしね。剣士の装束が似合うったらないよ。

僕がホーリー唱えるのはたま〜に。うん、これだと確かに僕の方が従者だね……。

ぶっちゃけ前にいた勇者パーティーの時はしょっちゅう大きな怪我をして、ホーリー詠唱が事欠かなかったので、ノエルとの楽ちん旅はありがたくもあった。

 

歩き出すことしばらくして、2人っきりの小道に来た。もう少し行った先で、大鷲の空船が出ているからそれで行くんだけど。

「でさあ……今回のクエスト終わったら、酒場で美味いもん食べようぜ」

そっとノエルが僕の頬を指先で柔らかく撫でてくるのを、僕はほんのりと避けた。

ノエルは時々距離感近すぎて、まさか……?と思う時がある。まあまさかだよね。変にドキッとすることに、気づかないフリをしている。

 

空船に乗ったものの。ビュウウウと強風が吹き荒ぶ空の旅を必死に目を閉じててやり過ごし、我慢すること7時間。めちゃくちゃ酔いつつようやく目あての場所へ辿り着いた。

「ここが時の塔か……ってショコラ、大丈夫か」
「オエッ……」

途中乱気流に巻き込まれめちゃくちゃ揺れてまじでゲロりそう。ごめんねノエル。なんか物語の冒頭っぽくノエルがかっこつけて喋ってる時に……。

さすさす背中を撫でられて、なんかその撫で方に違和感をほんのり感じて、僕はとりあえず立ち上がった。

「おいっ無理するなよ」
「大丈夫、後から飲む酔い止め薬あるから……」
「魔法じゃないんだ」

そんなこんなで、厳かに崖の上に立つ時の塔の重い扉をギイ……と開けた。

 

中はダークな様式の小洒落た内装だった。悪魔崇拝っぽい像が色々立っている。中にいるややこしいモンスターをノエルが一掃していく。

しかし探してみるも、眠り猫はどこにもいない。

「まあこういうのは、お決まりで塔のてっぺんにいるんだろう。行くぞショコラ」

螺旋階段を登っていく。カンカン……と僕らの靴音がなり響く。中は当たり前なんだけど照明なんかないから、僕の手のひらに光の球を出してそれで照らしながら歩いてたんだけど。

ある辺りで突然フッとそれが消えた。

「!」
「くっ魔法封鎖エリアか……このまま行くしかないな」
「う、うん……」

そのまま階段を上がり続ける。

だけど暗くて何も見えない。遠くでモンスターの喚き声だけが微かに聞こえる……。
ギュ、と魔法の杖を握る。

「暗くて怖いか?まあ、俺は夜目が利くからな。怖いなら……俺にくっついてても良いんだぞ」

「え、別に……」

その時、なんかにゅるにゅるした何かが自分達の足元をワサワサワサ!と沢山通り過ぎていくのを確かに感じた。絶対ヘビじゃない。あれは巨大ナメk……!(無理すぎて言語化不能)

しかも毒性あったりして!

その瞬間言葉にできないおぞましさで震えて、思わずノエルにひっついた。飛びついたというべきか。

「ノエル!足元!」

任せろと言わんばかりにノエルは足元にいたやつらをブーツで踏みつけ剣で切り裂き、一掃した。

「どう?すごいだろ」

片手で軽々僕を抱き上げたまま、得意気に言うノエル。さすが獣人の腕力。一年前は僕の肩の上に乗っていた猫ちゃんだったのに。逆転しちゃったなあ。僕の足先が宙にゆらゆら揺れる。

「あ、あの。ありがとう。おろして」
「このまま抱かれとけば良い」

「ど、どうして……?」
「何でだと思う?」

暗闇の中でノエルの瞳が僕をじっと見つめている。相変わらず小さな宇宙みたいな綺麗な瞳だ。キラキラしていて吸い込まれそうになる。見つめ合ってる内になんか変にドキドキしてきて、これはかなり良くない気がする。ノエルといると、時折こうなることがある。

「……ショコラ」

ノエルの尖った爪先が頬に触れたその時、上階からキャアア!と女性の悲鳴が聞こえた。

「大変だ、誰かいる!行かなきゃ!」

ノエルから飛び降りて、僕は階段を駆け上がった。

「あ、おいショコラ!」

 

 

バン!と最上階の扉を開ける。

そこに倒れていたのは……。

「……っ勇者さま……!?」

かつて僕が所属していた勇者パーティーの皆。黒魔道士のリリイ、それに……それに……死んだはずの勇者さま……!

「えっどっどうして!?」

とりあえずホーリーを!と駆け寄ろうとしてやっぱ立ち止まった!アンデッドになっている!しかもかなり進行している……!

「な……っ!」

まあまあ男前だった風貌は見る影もない。

「ど、どうしてこんなことに……!?」

黒魔道士のリリイはバツが悪そうに話し出した。

「……ごめんなさい。前に勇者様を殺したのはわたし。でも…わざとじゃなかったの!…私のこと振り向いてくれないことに苛立って……とにかくわざとじゃなかったのよ!

だけど死んでしまった彼を、どうにか蘇らせたくて……。禁忌とされる黒魔術で蘇らせようとしたけど失敗してしまって……。

だからここに来たの。時の塔にいる眠り猫は、時間を巻き戻してくれると言われているの……勇者さまが死ぬ前の時間に戻してもらおうと思ってきたのだけど、猫を起こす時に怒らせてしまって……時間を加速されたのよ。もう、もう見る影もないわ……!こうなったらおしまいよ!」

ワッと泣き出した黒魔道士リリイ。

と、とりあえず慰めなきゃと思っていた時。勇者さまは突然起き上がった!そして僕に襲いかかってきた!く、もう何の見分けもつかないのか!

「キャアアー!!!」

僕はもう死ぬんだ。噛みつかれてバラバラに引きちぎられて死ぬんださようならノエル元気で暮らせよ楽しかったよありがとう。

一瞬で頭を駆け巡った走馬灯と別れの言葉。
ギュッと目を瞑った。

「らああああああ!!!俺の大事なもんに近づくなア!!!!」

聞いたことない咆哮が聞こえ、ドウッ!っと勇者さまの頭が勢いよく吹っ飛んだ。

首から下の体が僕の方向に向かって倒れてきて、僕は悲鳴をあげて腰を抜かした。

「アンデッドは剣で頭を飛ばすのが唯一の殺し方……。この方法しかなかった。それにな、一度死んだ時点で命はそもそも終わりだ。自分の都合で蘇らせようなんて浅はかすぎるぞ、女」

ノエルは黒魔道士リリイを睨みつけ、剣を鞘にしまった。

「大丈夫かショコラ!痛いとこは!?」

そして僕をギュッと抱きしめたノエル。心臓がバクバクして踊ってるみたいだ。

っていうかさっきの咆哮、ノエル……???ノエルしかいないよね……??あんな野生的な声出るんだ、さすが猫……。

大事なもんって言った?え、僕のことを?

心臓がばくばく、ドキドキ。やだな、か〜ってほっぺがおかしい。おかしい。おかしい。なんかおかしい!

「はあ、それにしても……」

立ち上がってノエルは周囲を見渡す……そして隠れて逆毛をたててこちらを睨みつけている小さな猫を見つけた。

「こいつが眠り猫か。全く……。そもそも猫を突然起こすなんてなあ、万死に値するんだよ。さて……」

ノエルは警戒する眠り猫をじっと見つめた。

キラ、と一瞬瞳が輝き、眠り猫が動作を止める。

ノエルはその隙に抱き上げ、懐にいれた。そのままゆらゆらと揺れる。数秒で意識を取り戻した猫は、少し慌てたもののノエルの揺れに身を任せてそのまままた眠った。

ノエルは僕を振り返って得意気に言った。

「俺のこの技はなあ、クロノスタシスっていうんだ。本来はこんな風に怯えた仲間を抱くために使う。カッコいいだろ。覚えとけよな」

 

 

 

それから元勇者パーティーとは別れ、僕らは眠り猫を抱えて帰路についた。

ノエルが眠り猫を腕に抱えている。薄い銀色の毛並みで、すごく美しい猫だ。

「無事終わったね」
「ああ」
「この子、クエスト依頼主さんに大事にしてもらえると良いねえ」
「そうだな。まあイヤなら自力で逃げるだろうから猫なら……」

ふうん、なら安心?

「……それにしても綺麗な子だよねえ。メスかな?」
「まあこの匂いはそうっぽいな」

匂いで分かるのか。さすが同種。

「ノエル、お嫁さんにどう?」
「……猫の嫁はいらん」
「え、嫌なの?怒っちゃった?やだなあ冗談なのに」

ノエルはふん……とそっぽを向いた。

「……嫁くらい自分で決めてる」
「ふ〜ん?」

え、なんかアテがあるのか。僕が知らないうちに生意気だな。それがチクッと胸を刺す。

だってそれじゃあ近いうちにノエルはいなくなるってことで……。

いや、ダメだ。この話はやめよう。やな感じにしんみりするし胸がザワザワする。

「っていうかさあ、猫って色んな子がいるんだね。ノエルみたいなのとか、この子みたいのとか……
時間を巻き戻せるとかチートすぎるよね〜ほんと」

ノエルは僕をチラッとみて言った。

「……俺を子猫時代に戻してみたいって思ったりする?」

「え?ええ〜?何突然?まあ、それもアリっちゃありだよね。ぷにぷにで可愛かったし」

そうすればまだ家にいてくれる?

ハアとノエルはため息を吐いた。

「そうか……。きっとこいつに頼めばやってくれるぞ。まあ、ショコラは大人になった俺を気に入ってないもんな」

「えっ!?いやそんなことないけど」
「ウソだ」

ノエルはキッと僕を睨みつけた。綺麗すぎる瞳に射抜かれてドキッとした。

「昔に比べて俺を撫でなくなり、俺が近寄っても避ける様になった。かわいい小さい猫だから俺を可愛がってただけだったんだ。

大人になったらノーサンキューとは随分じゃないか。こんなに懐かせておいて。ショコラは思わせぶりなやつだ。嫌いだオマエなんか!」

「……ノエル……」

ノエルは眠り猫の顎下をさすさすと撫でる。

「ほら、俺ならこいつを起こしてちゃんと交渉してやれるぞ。チャンスだぞショコラ。

……ああ、世界中の猫を探せば、死ぬまで見た目年齢を固定化させる力、みたいなの持ってるやつもいるかもな。

そういう猫探して俺のこと子猫に固定化して、猫っ可愛がりしとけば良いさ。ショコラのゴミめ」

「ご、ゴミ……!!いくら何でも酷くない!?」

憤慨した僕に、ノエルは被せた。頬が赤い。

「オマエなんかゴミだゴミ!燃えないゴミ!!!ばーか!」
「くっ……!!!」

タガが外れたのか、ノエルは更に畳み掛けてきた。

「そもそもなあっ!何で俺の気持ちが分かんないんだよばかやろうっ!良いかげん気づポンコツクソ野郎!だから追放されるんだオマエは!!」

「……!!!」

古傷を容赦なくえぐられ言葉が出ない。頭もついていかない。俺の気持ち?

「かつて捨てられて絶望していた俺に希望を与えたのはオマエだろ!?俺のこと絆しておいて何なんだよ!その気がないなら、俺に優しくするな!

こんなに好きにさせるなばかやろう!!!」

「す……っえ!?」

「俺だって精一杯ちょっかい出してるのに、スルーすんじゃねえ!ちょっとはドキッとかしろ!!

いや違うな、ショコラはうっすら気づいてて俺を無視してた。この薄らトンカチ!!」

悪口のオンパレードに僕はついにカチキレた。

「……っだ、黙れえーーー!!!」
「!?」

僕が突然はりあげたクソデカボイスにノエルはひるんだ。

「こっちは非モテなの!モテたことないわけ!そんなアピール分かるかあーッ!!もしかして?って期待して違ったらそれこそ大ばかやろうだろうがーッ!!」

「期待……期待!?」

「そりゃっ……ちょっとはもしかしてって思ってたよ。でもさあ……分かんないよぉ、そんなのお……魔導書に載ってないよお。うううう……」

僕は感極まってべそをかいた。情緒がぐちゃぐちゃだ。

「ノエルがいなくなったらやだし……変にドキドキしてるよお。こんなんなった責任とれよな」

「え、も、もちろん」

でも付き合うってどうやるの?うっ何もかも分からない。……あ、そうだ。

「ね、クロノスタシス。やってみてよ。仲間を抱きしめるためにあるんだろ?僕を安心させてよね……」

「む……」

どーぞとせっかく目を合わせてあげたのに、ノエルはクロノスタシスを使わなかった。普通にそのまま抱きしめてきて普通にキスしてきた。そこは恥ずかしがらないのかよ。も〜ばか猫め!

……なんてね。うそ。好き。

 

 

 

end

※ 本来のクロノスタシス現象とは

アナログ時計をふと見ると、秒針が数秒止まって見える気がする時ありませんか?

あれはクロノスタシス現象という名前がつけられています。脳の誤認識による錯覚現象らしいのですが、そのクロノスタシス現象を今回ネタに使いました。

詳しい解説はこちら🔽wiki

アナログ時計に目を向けると、秒針の動きが示す最初の1秒間がその次の1秒間より長く見えるというものである。 眼球がサッカード運動をするとき、時間の認識は僅かに後に伸びる。 そして観察者の脳は、実際よりもわずかに長い間時計を見ていたと認識し、秒針が1秒間以上固まっていたという錯覚を生む。

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