どうやったら加賀美さんがいなくなってくれるのかなんて、自分が一番知りたかった。モラハラ男のはずなのに、いつまでも自分の心の奥底にいついて離れない。
あの『ナツミ!』って荒々しい声がどこかから聞こえないかって、いまでもまだ期待している。
自分で振ったのに。
……だって、それが僕らのためだと思ったから。僕らは一緒にいたってどうせ傷つくだけ。あの時、加賀美さんを振ったことを正解だと思いたくてずっと今までやってきたけど。
やっぱり違ったのかな?
感極まってしまってぽた、と一粒こぼれ落ちた。
「あああ、泣かないよ。ほら」
またポス、と抱きしめられてよしよしされた。詩音くんは胸板厚くて、それがまたふと加賀美さんを彷彿とさせてまたぽろぽろこぼれ落ちた。
詩音くんは僕のみっともない泣き顔を晒さない様に気を遣ってくれているんだ。
もう駐輪場で何してんだろう。ほんとドジでばかであほ。亀以下……。
「加賀美さん、罪〜。ほんと……。次会ったら殺しておこうかな?なんて流石に嘘ウソ。だけどどうしてかわいいなつみんをこんなに悩ませるかねえ……。
あーむかつく」
僕の後ろ頭を優しく何度も撫でて、詩音くんは少し体を離して僕に言った。
「決めた。俺が加賀美さんを忘れさせる。きみのココに俺が住む。ずっと出て行かないから。覚悟してよ」
詩音くんは僕の胸をトン、と押した。
「……ど、どうやって?」
「期待して待っててよ。俺はやると決めたらやる男だからね。這いつくばってでも、火の輪を潜り抜けても」
最後のおどけたセリフにはついふふっと笑ってしまった。そんな僕をみて、詩音くんも満足そうに笑った。
それから詩音君は、僕を連れて診察へと向かった。
待合のソファで座って待っている時に、ごくさりげなくソファの陰で指先を絡めて来られて困った。そっと逃げようとすると却ってグッと力を入れられてしまい、逃れようもなかった。あんまりゴソゴソしてるのもなあっていうのがあって……。
そっと見上げた詩音くんは、莉音くんと同じ横顔だった。だけど莉音君よりも自信に満ち溢れている気がする。ほんのりとした違いだけれど。
泣いたあとだし熱もあったから、なんだかぼや〜っとして僕はソファに座っていた。
詩音くんてやたら男気ある人なんだなあ、と軽く受け止めていたんだけど、それが間違いだったんだ。
詩音くんは僕が思っているよりも、もっとずっと男気があって信じられない行動力のある人だったんだ。自分の愛のためならなんでもするという、超・愛に生きる男だとその後すぐに身を持って知ることになる……。
◾️
病院から皆で住む家に帰ってきた。
詩音くんが用意してくれた軽食を食べ、薬を飲み、僕は準備してもらったふかふかのベッドに入った。(なんでもしてもらってすみません……)
やがて薬が効いてきて眠くなり、僕はウトウトと眠りについた。
それからずっと眠っていた。
夜、仕事を終えた莉音くんが同じベッドに入ってくるまでずっと。
冷えた体の莉音くんに抱きしめられる。その冷たさに、仕事から帰ってきて即2階に上がってきたのだと知った。
無言で僕にキスをして、乗り上げて、熱でほてった僕の身体を貪った。いつもよりも性急だった。今日一日詩音くんと一緒にいたことを咎めるかの様に、今日一日分の空白を埋めるかの様に……。
肌感覚で莉音くんの機嫌が悪いと分かる。こんな時に逆らってはダメだ。本当は眠たかったけど我慢した。
ギュッと握られた手のひらの力の強さは、詩音くんと一緒。激しい執着の伝わるその握り方……。
僕が息も絶え絶えになった頃。
深夜、月の薄明かりが差し込む中。莉音くんはベッドで僕を間近に見つめて言った。
「……俺の方が好き?誰よりも?」
どうしてそんなに不安気なんだろう。
返事の代わりにキスをした。僕は嘘をつくのが下手だったから。
翌日から、莉音くんは今までよりも分かりやすく詩音くんに牽制し始めた。
まず莉音くんがいる前で僕にキスをする。
分かりやすく服に手を差し込んだりイチャイチャ感を出す。
詩音くんが帰ってくるタイミングを見計らうかの様に、リビングで行為に及ぼうとする。
(その日は、『詩音は用事で今日はめちゃくちゃ遅くなる』と言われていたから油断していた!普通に致しかけているところに帰って来られて死ぬほど恥ずかしかった。あとで莉音君を問い詰めたら『付け入る隙はないと思い知らせてやりたかった』だって!)
だけどどんな場面に遭遇しても、詩音くんはひょいと片眉をあげて『ヒュウ〜』みたいな反応をするだけだった。
余裕しゃくしゃくで莉音くんの挑発をまるで相手にしていない、そんなそぶりが莉音くんを更に苛立たせていた。
僕がどうにも居た堪れなくなり、ひとり洗面台に逃げ込むと、あとからそ〜っと音もなく詩音くんがやってきた。にっこり笑って、僕に拒否する隙を与えず僕にキスしていった。あの時みたいな濃密なやつ……。
『取り返した♪』
そして僕に怒られる前にサッと逃げて行った。
そんなこんなな数日間。それは僕の風邪が完全に治るまで続いた。
ようやく熱も引き、咳も止まり、明日から店に出れるぞ〜という日の前夜。
「なっちゃん。明日の食材買いに行くから手伝いについてきてくんない?」
「俺も行く」
詩音君の声かけに、当然莉音くんが反応した。
「ええ〜?まあ良いけど……」
そう言って渋々といったテイで詩音くんは僕らを連れて駐車場へと向かった。
そしてまあまあ険悪な雰囲気のままスーパーへ着き、買い物を済ませた。
買い物袋を下げてトランクに積み入れる。トランクにあった見慣れない箱を脇におして、荷物を入れた。
発進という時。
「あ!やべ!ルッコラ忘れた!しかも砂糖も在庫多分ない。兄貴、買ってきてくんない?お願い!」
「ハア〜〜〜???」
「いやもうすぐじゃん、お願い!ね!なっちゃんは病み上がりだしさ!俺ももう運転席座って準備しちゃったし、ね!」
「マジかよ」
イヤイヤ莉音くんはスーパーへと戻って行った。
チラチラと僕を振り返り、不安そうにしている。
そういえば……。
「あれっ?でもさ、ねえ砂糖って家になかったっけ?」
「あるよ」
「え」
「ルッコラも2束あるし」
僕が何か言うよりも早く、詩音くんはエンジンを入れて車を発進させた!
ブウンと遠ざかるスーパー。置いてけぼりの莉音君。
「え、え!?ちょっと!?」
「兄貴バイバ〜〜イ!!」
「ねえ!?何してるの!?」
詩音君はへへと笑って言った。
「ナツミん貸切の旅〜!加賀美さんとの思い出話全部ゲロってくれるまで帰れません!
加賀美さんを上書きするには、まずは敵のことをちゃんと知らないとね」
続く
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