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【のろまの矜持#23】誰よりも優しい男

それからすこし経って、詩音くんは髪色を変えた。栗色の髪になり少し長めにして、ただのイケメン優男になった。

詩音くんのズルいところは、ちゃんと莉音くんはいないタイミングで美容院からそうやって帰ってくるところ。(莉音くんはしぶしぶ用事で銀行に行っていた)

「な〜つみん♪」

前のちょっと怖そうな感じから大分イメージが変わってちょっぴりドキッとしてしまったのは内緒の話だ。

機嫌良く美容院から帰ってくるや否や、僕を楽しそうに壁際に追い詰めて言った。

「どう?いかにも優しい王子様みたいでしょ」

壁ドンが絵になるう……。僕なんかよりも随分背が高いから、壁に追い詰められると僕はその陰にすっぽりと収まってしまう。

「う、うん……」

「莉音とは違うよって思わせていかないとね」

顎に手をかけてくる。

「え、いや、その。大丈夫です……」

じっと見つめてこないでほしい。必死に目を逸らして自分の足先を床に擦り付ける。よく分からないソワソワに気づかないふりをした。

「詩音!」

その時、ちょうど帰ってきた莉音くんが大股で僕らのところに突撃してきた。

「お前!ホント油断ならないな!」
「それはお互い様でしょ」

莉音くんが詩音くんの胸ぐらを掴む。ふたりの間に火花が散る。同じ顔で同じ声だけど、全然内面は違う2人。そんな2人の睨み合いはなんだか不思議な感じでもあった。

「なつみんが俺のこと王子様みたいで好きになっちゃったって言うから」
「!?」
「言ってない!言ってないから!!!」

詩音くんが余計な一言を放り込んでくるので本当に困った。

アハハと楽しそうに笑うその顔は、その顔立ちだけは美しいんだけどね。

……詩音くんは本当のところどういう人なのか、僕には分かりかねた。用心棒で暴力男、だけど僕にはひたすらに甘くて優しい王子様の顔を見せようとする。

あま〜く抱きしめてきて愛を囁く。『世界で一番大事なおひめさま』って言われた時はひっくり返るかと思った。いやこんな凡人な男を!?

「だって本当のことじゃん」

って言われてしまって、僕は困った。

そんな王子様そのものみたいな人にそんなこと言われると……正直な話、悪い気はしないから。

だってずっとゴミで雑魚でのろまな亀扱いの人生だったから、そんな風に扱ってくれるひとなんていなかったのだ。

莉音くんが最初そんな感じだったけど、加賀美さんのことで機嫌を損ねると僕を軽くぺしんするしなあ……。

詩音くんは今の所、僕のことをぶったりしない。

 

 

双子同士の膠着状態が続いたある日。

風邪を引いた。僕が。

詩音くんが僕のことを自転車のうしろに乗せて病院に連れて行ってくれた。

どうしてもその日店を開けないといけない莉音くんは店の方に行った。(莉音くんの懇意のお客さんも来る日で、どうしても詩音くんとは変われないとめちゃくちゃ残念がっていた)

割とすぐ近くにあるけど歩くにはちょっと遠いらしい。

熱で頭がぼんやりする。鼻もずびずびするし、最悪。

「なつみ〜ん、家帰ったら特性うどん作ってあげるからね〜。明日の朝は手作りスムージーでしょ、昼は何にすっかなあ。あーんしてあげるから」

「はあ……色々ごめんね、ありがとうね」

「いいえ〜♪」

詩音くんは事実、寛容で優しくしてくれた。

「……あの、その、でもあーんとか、莉音くんがそういうのダメだって……」

「はえ〜兄貴の恋人ヅラもうざいもんだなあハハハ。まあ良いよ。料理だけ置いておきましょう。莉音にあーんしてもらえば」

「う、うん……」

こういうところが意外にあっさりしている。

押してくるのに、スッとどく。
僕をチラッと振り返って詩音くんは言った。

「何で引くのって思った?俺はねー、結構待てるタイプなんだよ。好きな子の信用を得ること、デロデロに甘やかされることに実は憧れのあるなつみんを絡めとること、そこが優先。

まあ、余裕のない莉音と俺を比べてみてよ。勝てってみせるからさ」

すごい自信!

「な、なるほど……?」

「ふふん、強くて優しい詩音くんの方が良くなる日が必ず来るさ」

病院前の駐輪場に着いた。キッと自転車を止めた。

「さてさて、病院着いたよ。自転車降りて」

言われるがままに自転車降りたところできつく抱きしめられた。動けなかったたし、そのままキスされた。濃密で甘いキスには一瞬頭が真っ白になってしまい……。

「まあまあ、ひとりでかわいそ〜な詩音くんにもなんか恵んであげてよ。莉音に内緒ね」

ドキンドキン、と鼓動を打っている。

「あの、えっと、その」

どうしたら良いんだろう。

「そんな困った顔しないでよ。莉音にバレたら全部俺のせいって言えば良い。事実だしね……はあ、良い匂い」

最後にギュッと抱きしめてきて、彼は離れた。

「ねえねえ、ところで一つ教えてよ」
「な、何?」

「今さあ、なつみんの心の中には誰が一番住んでる訳?」

「え……えと、えっと」

「遅いね〜莉音と即答しない。言いかねている時点で本当は加賀美さんってことだね。

そっか……加賀美さん強いねえ、さすが長く一緒にいただけある。一番のライバルを消すにはどうしたら良いのかな」

 

 

 

続く

【のろまの矜持#24】上書きしたいからどうやったら加賀美さんがいなくなってくれるのかなんて、自分が一番知りたかった。モラハラ男のはずなのに、いつまでも自分の心の奥底にいついて...
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