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【のろまの矜持#22】詩音のターン

詩音くんは余裕そのもののそぶりでドアを開けた。そして殺すつもりで飛びかかってきた莉音くんの手首を瞬時に掴んで捻り上げ、脚を払って床に転倒させた。あの体の大きな莉音くんを軽々だ。

それはあり得ないスピード感で、本当に詩音くんの喧嘩の強さを実感してゾッとした。

僕は毛布に身を隠しつつ2人の行方を見守るのみだ。

詩音くんは容赦なく莉音くんの右手の二の腕を踏むと、そのまましゃがんだ。莉音くんの端正な顔が苦痛に歪んだ。

「いってえ、どけよ!」
「痛いよね、二の腕踏まれてると立てないしね」
「どけって!!」
「これでおあいこだよね。兄貴が悪いんだよ。最初から3人交際にしてくれたら俺だって文句言わなかったのにひとりだけ抜け駆けするから。俺がどんなに寂しい夜をひとり過ごしたと思ってんの?

聞き分け良くしてよ。
殺さないだけありがたいと思えよな」

親が子に言い聞かせるような言い含めるような言い方だけど、でも心底ゾッとする声だった。

この詩音くんには実は誰も敵わないじゃないだろうか……。ゴク、と喉を鳴らした。

彼は誰も飼い慣らせない猛獣だ。

「さて」

ふいに立ち上がって僕を振り返った。ドキッとして死ぬかと思ったけど、意味深に詩音くんは笑って言った。

「さ、どうせだし皆で一緒に寝よ。俺はここからどく気ないし、莉音を1人で寝かしたら嫉妬と怒りで気が狂っちゃうからね」

 

 

◾️

ホテルでの眠れない夜……。

詩音くんにより強制消灯となった、その真っ暗な部屋で。ベッドでは僕を挟んで両脇に双子がいる。明らかに重量がおかしい。ベッドが悲鳴をあげている。

そんなことはどうでも良いくらい、ガッチリ双子にホールドされていて本当に僕は今困っている。

「ねえ詩音に何されたの?ねえ」

莉音くんの嫉妬感がすごくて、まるで肌にまとわりついてくるみたいだ。うっと返答に詰まった僕を差し置いて詩音くんが割り込んだ。

「そんなことより莉音、お前はさああっちの部屋でどんな風に楽しんだの?」

「うるさいよ。お金は払って帰ってもらったけど!お前の給料から引くからな」

「はあ、間違ってキスしてワイシャツ脱がしかけたところまではやってるな。想像つくな双子だから」

図星だったのか莉音くんはばと起き上がり詩音くんにパンチしようとしたのだけど、その手はなんなく跳ね除けられた。

「俺たち双子だろ。仲良くやろうぜ」
「それお前に言う権利ないだろ!」

同じ声で両脇から喧嘩されると、なんというか世界が崩壊しそうになる。

チッと舌打ちして、バフと莉音くんはまた僕にくっついてきた。

「ねえナツミ、もうコイツ置いて家を出ようよ。詩音に触れられた記憶は全部飛ばそうな」

「結構良いところまでいったから無理〜♪」

「もう黙れよお前!ナツミい」

双子の果てしない喧嘩は続く。ああ、あああ。やれやれ。もう僕このまま寝て良い?良いよね……そうオフモードにしようとした時。

「ナツミは俺の方を好きになる。兄貴よりも。俺は確信したよ。だからせめて今だけでもイチャイチャしといたら。おやすみい」

「……!!!」

とんでもなく面倒な爆弾を放り投げ、詩音くんは僕らに背を向け先に寝る姿勢に入った。

殴るなり蹴るなりどうぞご自由に?まあ俺が勝者だけど。そう言わんばかりの雰囲気に、莉音くんも思うところがあったようで。

嫉妬と怒りでワナワナしてしまい、僕は最悪の双子殺人事件が起きないように莉音くんを必死に止めた。

「ね!莉音くん!我慢!!!」
「うううううう〜!!」

莉音くんが僕を抱きしめる力が強くて、その日は眠れなかった。不安感からなのか、詩音くんがすぐそこにいる状態で僕を抱こうとしてくるのをなんとか断るのにすごく苦労した。

じきに詩音くんは寝息を立て始めてたんだけどね。

だけど莉音くんはすごく不安がって僕を離してくれず、『ベッドだめならこっち来てよ』と僕をバスルームに誘い、そこでそのまま……。

 

そんな。僕みたいな凡人があっちこっち乗り換えとかまじありえないから本当。ね、加賀美さん……。

◾️

こうして3人の地獄みたいな旅行は終わった。

家の中にとんでもない刺客がいたなと思い知るハメになったこの旅行。

家着いて荷物を解いて、3人でなんとなくソファでだらっとしていたあたりから詩音くんは動き出した。

「なっつみちゃん♪コーヒーいる?」
「あ、うんありがとう」
「詩音おれも」
「無理」

なんでだよとキレる莉音くんを無視して、詩音くんは本当に僕にだけコーヒーを淹れた。ホイップが乗ってて、さらにその上にクマくんのクッキーがちょこんと乗ってる感じの嬉しいやつ。

「ささ♪どうぞ〜」
「わ、わあ〜ありが」
「はいあ〜ん」

んん?

「さっどうぞ♪可愛い子には甘いものはぴったりだよね。俺がなんでもやってあげるよ」

手の甲にキスしてきて、甘やかされてる感にか〜っと頬があつくなってしまった。

「詩音!」

莉音くんが急に立ち上がって大股で僕らのところに来て、僕らの間に割り込もうとした。

「え?何?俺が甘やかすのが気に入らないの?じゃあ兄貴もベタベタに甘やかしてみれば?

すぐに不安になって不機嫌になる兄貴じゃあ、ナツミを甘々に愛すのは無理だと思うけどね。

俺と勝負してみる?

今まではさあ、気に入った子を2人で共有したりしたこともあったけど、今回はそういうのやっぱやだな。

加賀美さん脱落、これで莉音を落とせば勝者は俺だ」

 

 

続く

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