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【都市伝説探索レポート#5】死の臨時放送 後編

※瓦落くん視点

由真はNN放送の前で突然苦しみ出してうめき声を上げたかと思うとそのまま倒れた。

「畜生、どうなってるんだよ!由真!おい、由真!」

呼び声に反応せず、苦しそうに浅い息を繰り返している。冷や汗がうっすらと額に滲んでいた。

更に異変は続く。由真の体にどんどん薄い切り傷の様なものが増えていくんだ!

最初は首に一文字、その次は肩から腹に向けて。
それはどんどん増えていく。服も何かに切られているかの様に同時に破れていく。

血がじわじわと沁みていく。

「由真!!おい大丈夫か!由真!!」

由真は苦しそうに顔を歪め、青ざめさせている。

恐ろしい『何か』が起きている。背筋に冷や汗が流れた。

携帯、圏外。救急車は呼べない。

走って駅前まで戻ろうとしても、見えない圧に押し戻されて何故か前に進めない!

「どうなってんだよ!」

後ろを振り返る。NN放送のビルが重苦しくそびえ立っている。

やっぱりアレのせいなのか?何かに祟られ呪われている?俺が突っ込んでいって、どうにかなるのか?俺には由真みたいな霊能力はないのに?

その時ごぼ、と音が聞こえた。振り返る。
由真が血を吐いたんだ。こいつこのままじゃ死ぬ、迷ってる暇はねえ!

「俺じゃ出来ないなんて言ってられっかよ!」

俺は立ち上がってNN放送入り口へと走り出した。大事な存在をもう失いたくなかった。

 

固く施錠されたNN放送のガラス扉をキックしてぶち破った。鍵を外し、中へと入って行く。

入った瞬間、ざわと全身に悪寒が走った。何かにねっとりとまとわりつかれているような、とにかくおぞましい気持ち悪さ。あまりの悪寒に思わず吐きそうになった。

由真はさっきこんなモノに取り憑かれていたっていうのか?今も?かわいそうに。

ふと廊下のガラス窓に映った自分のすぐ傍に、何十もの顔が一瞬映った。

「ヒッ!!!」

だけどそれは一瞬で消えた。

「(ゆ、ゆ、由真……)」

……怖くてたまらない。右足がガクガク震えていて、正直立っているのがやっとだった。進みたくないと身体が拒絶していた。由真は俺を怖がりだというが、それは真実だった。

自分で自分の頬を平手打ちした。

「今更怖いだの、馬鹿言ってんじゃねえ!」

無理やり足を引き摺って暗い廊下を歩き出す。

携帯のわずかなライトを頼りに……。

「!」

そうして歩き出してすぐに、建屋の案内図を発見した。

ここは小さなビルだが、撮影スタジオや事務所、撮影機材置き場や録音データ保管庫なんかがあるらしい。俺はそれを携帯の写真に撮った。

闇雲に探索したところで時間切れになるだけだ。今も由真の身体はどんどんズタズタになっていく。長くは持たない。

ゴク、と喉を鳴らす。考えろ、俺。判断を間違えるな。間違えたら由真は死ぬ!

……!
ふと思い出したのは、由真は倒れる前に『やめろ』『見るな』としきりに隠すように頭を覆っていたこと。

あれは……何かしら頭の中を覗かれてたってことではないか?

何が?何のために……?

頭をガシガシ掻いた。わっかんねえよ!由真なら『こういうことじゃない?』とサクサクアイディアを出し、ズンズン進んでいく。そんな頼もしすぎる背中に俺はいつもついて行っていただけだ。俺は自分が情けない。

くそ、考えろ、考えろ、考えろ!駿!!!

「……!」

その時ふと閃いた。

由真の頭ん中にあるデータなんて大概が心霊的な今までの記憶だろう。それに思い出した。NN放送って昔ホラー系の番組をよくやっていた気がする。本当にあった怖い話とか、そういうやつ。

……録音データ保管庫があったよな。そこに行けば何か手掛かりが見つかるかも……?

何かが見つかる保証はない。でも、少ない手掛かりのなかで、いま1番可能性がありそうに思えた。

俺は保管庫へ向かって走り出した。

 

長い長い暗い廊下を走り抜けながら、俺の足音の他に確実に何人かの足音が混じるのを聞いた。

ついてこられている。

この霊の世界に足を突っ込んだ俺は、下手すると帰れなくなるかもしれない。それは震えるほどの恐怖だったが、俺はそれでも目の前の廊下を走り続けた。由真のことだけを考えて。

 

そしてたどり着いた録音データ保管庫前。鍵がかかっているドアを蹴破る気でいたが、鍵はかかっておらず開いた。まるで俺を迎え入れるかの様に。

恐る恐る中に入る……。

録音データのテープも機材もそのまま残されていた。由真ですら気絶するくらいだ、引越し業者も手付かずで帰ったのだろう。

しかし膨大なテープ類だ。埃っぽい棚の間をアテもなく探っていく。1分1秒が惜しい。しかし何を探せば良いのか、正解が分からない。苛立ちと恐怖が俺を襲う。

由真がいなくなったら?ナホを失ったあの日と同じ様に。

バチン!と自分をぶん殴った。嫌な想像はしたくない。したら本物になっちまう。今度こそ救ってみせろよ!自分にハッパをかけた。

荒く息を吐いて周囲を見渡していくと、ふと一列の録音データが目に留まった。

「都市伝説検証シリーズ……」

何本も並ぶそれは企画が順調であったことを物語っている。だけど最後の一本。

『都市伝説検証!死の臨時放送』

それだけ血の手形がベットリと絡みついている……。こんなの、怨念そのものだ。

震える指先で記録テープを取り出す。

ねと、と粘性のある生々しい手触り。

ドクンドクンと心臓が鳴る。

これか?

しかしこれをどうやって再生したら良い?途方にくれた時、待っていたかの様に近くで機材の電源がついた。あ、あれで内容確認出来そうだけど……。

ざわ、と悪寒が身体にまとわりつく。

呼ばれている?導かれている?こんなの、お膳立てされてるみてえじゃん……。

ドクンドクンと心臓が鳴る音だけが聞こえる。

「…………」

俺は導かれる様にふらふらと機材に向かって歩いていった。この歩き方、由真が駅からここに向かってきた時に似てるなってどこか他人事の様に思いながら。

それに、そういえばここは電気が通ってないはずなのに、どうしてあの機材が起動したのかって疑問に、自分でも答えられないまま……。

 

 

扱いを知らないはずの機材を、何故か俺の手はさくさくと操作を進めていく。取り憑かれているのかもしれないと、今更ながらに思った。

やがて録音テープは再生を始めた……。

 

『……だから、いくらなんでもやりすぎでしょ!』

『視聴率取れなきゃ打ち切りなんだよ!ウチが小さい放送局なの分かってるだろ!?』

どうやらスタッフ同士の揉め事の一幕の様だった。誰かが記録がてらコッソリ録音したものっぽかった。

緊迫感ある会話は続く。

音声を拾い上げて理解していくと、どうやらこういうことの様だった。

このNN放送は都市伝説の検証番組を作っていた。視聴率を追って、どんどん内容は過激になっていく。降霊術を試すだの、いわくつきの心霊スポットを巡るだの。

数字が上がっていくなかで、NN放送ビルでは様々な心霊現象が頻発するようになった。

霊媒師を呼んでお祓いするも、誰もホンモノと呼べる能力を持っていない。お祓いは効かず、怪奇現象は止まらない。

しかし視聴率が全体的に低迷していたNN放送は、当時視聴率の良かったこの番組を打ち切ることができなかった。

社内の揉め事を抱えながらもたどり着いたのが、『死の臨時放送』という都市伝説。

テレビ放映で、犠牲者として死ぬ人の名前の一覧が突如流れるというもの。ここに番組のスタッフの名前を載せ、番組の演出として流そうとしたらしい。心霊現象は起きるのか?という体を張った検証をするためだったらしいのだが。

しかし、番組制作中に心霊現象が何度も続き、結果としてスタッフが何人も本当に犠牲になってしまったようだ。

この企画を推し進めていたディレクターが大分責任を問われたらしい。

『どう責任とってくれるんですか!?』
『ホンモノの霊媒師さえいれば……NN放送はまだ続けられる……!』

吠える遺族の声と、おそらくディレクターの声だろう男の声が流れ、そして録音テープは切れた。

 

 

ゴク、と喉が鳴る。

こいつらが求めていたホンモノの霊媒師って……由真のことか?

ドクンドクンと心臓が鳴っている。

だからあいつは取り憑かれて、連れて行かれたっていうのか?まるで別世界みたいな場所に。

『セ イ カ イ 』

!!!!!

まるで俺の頭の中を覗いたかの様な声が響いた。それはこの世のものとは思えないおぞましさだった。振り返ると何十もの顔の連なった巨大な化け物が俺を見下ろしている。

俺は叫び声をあげ……。

 

 

◼️

……。

ぴちゃ、ぴちゃ……と何かが頬に当たっている。

俺は気絶していたようだったが、不快さに意識が浮上した。頬を思わず手で拭うとぬるりともっと不快な手触りがして、慌てて飛び起きた。

 

手のひらには血。

「ああああ!!!!」

びっくりして後ずさると、床もどろりとした感触。ひっと息を飲み、確認してみるとそこは血の海だったんだ!

「ひっ!あ、ちくしょう、なんで」

パニックで自分の体を確認した。こ、こんな量の出血があってたまるか、死ぬだろ!

どこもかしこも血で濡れていて怖すぎる、しかし部屋は暗いしよく見えない。

だけど……そういえばどこも切れたり怪我はしていない。どこも痛くはない。自分の吐血……にしては量が多すぎる。

「……?……?」

情けないことに、本当に情けないことにこの意味不明すぎる状況にパニックを起こしていたが、徐々に正気を取り戻す。

よく見てみるとそこは小さな物置のような部屋で、目の前には小さな映像機器があって、何かが再生されていた。周囲には誰もいない。モニタの明かりだけが周囲を煌々と照らしていた。

冷や汗が流れる。気を失う前に対面したあ、あのバケモンにここに連れて来られたってのか……?

モニタを見てみると、誰かが街中を必死に走って逃げている映像だった。渋谷みたいだけど……。

「こ、これが何だって言うんだよ。見とけってのか?」

よく良くみるとそこに写っていたのは。

「ゆ、由真……!」

ついモニタを両手で押さえて確認する。ぬるりと滑る手がいちいち不快でおぞましかった。しかしそんなこと言ってる場合じゃない。

「ど、どうなってんだよ!?なんだこれ!?」

何がなんだか分からない。だって、必死に逃げまどう由真を追いかけて捕まえて、たった今喉から腹に掛けて切りつけた映像の中の犯人は、俺だったんだから。

血飛沫をあげ悲しそうな顔でアスファルトに倒れた由真。モニタの映像は真っ赤に染まる。

その瞬間、ドプ、と天井から部屋の中に血が落ちてきた。

「…………」

その時ふと思いついた自分の思いつきが、あまりにおぞましくて絶句した。

こ、この部屋の血……由真の血、なのか……?

 

ふと見るとモニタの映像はまた由真が逃げまどうシーンを写している。『本日の被害者 彼岸由真』という表示を街の随所に表示しながら……。さっきとは別の場所だったけど、結局映像の中の俺に捕まって切られていた。

モニタの中の由真が血に染まると同時に、やっぱりドプ、とまたこの部屋にも血が降ってきた。

や、やっぱりリンクしてやがる……。

「あ、あ、頭の中がおかしくなりそうだ!」

必死に吐くのを我慢した。

ない頭をフル回転させて考えた。

このモニタの映像は何だ?

現実の由真は、NN放送の前で気を失って倒れているはずだ。確かにどんどん体に切り傷が出来て不可思議ではあったが……。

気絶した由真が頭ん中で見ている映像がこれってことか!?由真はホンモノじゃない俺に何度も切り殺されている。そういう呪いの中に閉じ込められているってことか!

現実と夢の狭間で、由真は確かに何度も死んでいるということだ。

じゃあこの小部屋は何だ?なんでこんな種明かしを俺にしている?

「あああ、わっかんねえよ!!!」

しかし俺が情けなくも逡巡している間にも、ドプ、ドプと部屋のなかの血は溜まっていく。

考えろ、考えろよ駿!時間がねえんだよ!!

震える体で深呼吸をする。血の匂いが肺を満たして脳髄がグラグラした。

俺は犬みたいに歯を剥き出しにして、死に物狂いで理性を保って考えた。

……さっき俺が気を失う前、あ、あの録音テープの内容を思い出してみよう。

あのテープの内容からして、この怪奇現象を起こしているヤツはホンモノの霊媒師を探していた。由真みたいなヤツだ。

なぜ?

……それはおそらく由真みたいなホンモノの霊媒師がいれば、NN放送に満ちる怨念を追い払い、おそらく打ち切りになった『死の臨時放送』を再編し、放送できる。そうすればNN放送を救える……。

そう思ってたのではないだろうか?

どこまでも視聴率を追うこの執念。

ならば、この怪奇の犯人はあのディレクターだ。

ディレクターのせいで呪われて死んだ人の霊、そもそも無理な心霊番組のせいで呼び寄せてしまっていた諸々の怪奇と一緒くたになってんじゃねえのか。

だから顔が何十も……。

さっきのバケモンを思い出すと、ぐえ、といよいよ吐きそうだ。耐えろ……!

じゃあ、今のこの状況は何なのか?といえば、これはテストなんじゃないだろうか。

由真が霊媒師的な能力を発揮するのを、怪奇はおそらく期待しながら待っている。

まさに『死の臨時放送』というタイトル通りのこの呪いを、自ら打ち破れるような能力ある霊媒師なのかどうか。

しかし由真はこの呪いを破れないでいる。
無抵抗でただ悲しげに死んでいく。

呪いの中の怪奇の相手が、俺だからだ!

「ちくしょう!今すぐ助けてやるからな!」

俺は吠えた。

由真がホンモノだと認められたら、由真はどこかに連れ去られるかもしれない。

なら、由真の呪いは俺が破ってやらなきゃいけない。

ホンモノの霊媒師なんかじゃない俺が、全部終わらせてやる!

俺は掛けに出た。

「お、おい!!!俺も、俺も由真の呪いの夢ん中に入れろよ!ゆ、由真のホントの力を見させてやる!!由真は、あ、あいつはホンモノなんだよ。あいつは、お、お前らにやるから、だから俺だけはここから助けろよ!!!」

最悪なゴミクズを装い、怪奇と交渉した。

俺にできるのはこれくらいだから。

 

次の瞬間、部屋は真っ暗になった。

そしてその次の瞬間、目の前にいたのはさっきの何十もの顔を持つ怪奇。

真っ暗な部屋のはずなのに、真ん中の顔がニタアと、おぞましく気色悪く笑うのを俺は間違いなく見た。

『シチョウシャ サンカ』

◼️

……。

ハッとすると、俺は、俺は日本刀を持って立っていた。それは間違いなく、慣れ親しんだ渋谷の街だった。

さっきまで静かな部屋ん中にいたから、喧騒が一気に頭ん中に流れ込んでくる。

飲み帰りのサラリーマンや大学生が、俺を警戒するかのように不審な顔で睨みながら去っていく。

手のひらは……血に濡れている。ぬるりと滑る日本刀の持ち手の部分の感触がいやにリアルに感じられた。

ここはあのディレクターの怪奇が作り出した呪いの中だ。つまりこれは幻覚ってこと……本当の現実じゃない。

ならばあのディレクターの怪奇をどうにか倒せば、由真と一緒にこの幻覚から出られるはずだ。きっとここのどこかにヤツはいる……!

 

俺はとりあえず走り出した。まずは由真を探して。

正直頭ん中が未だパニックだった。冷静さを保っているふりをするので精一杯だ。人に幾度もぶつかりながら渋谷の街を駆けていく。

 

アテもなく由真を探し回りながら、さっき聞いたセリフを思い出していた。

シチョウシャ サンカとあいつは言っていた。

……そうか……俺はそもそも由真主演『死の臨時放送』のリアリティーショーの視聴者としてあの部屋に入れられていたんだ。

狙い通りの視聴率がとれる様な出来栄えになるのか、一般人として俺の反応を見ていたと……。

ゾク、と肌が粟立った。

へ……そういうことかよ。腐ってもディレクターってことか。

それに、由真の友人の俺ならあの映像を見てさぞ面白い反応を返すだろうと期待でもしてたんじゃねえのか?

由真がこの呪いのなかで失った血を、わざわざ天井から垂らして見せてきやがったのも、俺の恐怖心を煽るための演出ってこった……!

「ふっざけんじゃねえよ!!!」

ドカッと俺はゴミ置き場のゴミ入れを蹴った。ガラン……ッとバケツが飛んだ。

こんなことに由真を利用されたくなかった。

1秒でも早くこの悪夢から救ってやらなきゃ。

 

 

さっきの映像で由真がいたあたりに俺は走った。渋谷の地理なら何でも頭に入っていた。

確かあの坂を登ってった暗がりんところへ……と走っていった時、ちょうど曲がり角から来た人とぶつかった。

「あ、すいま……。!!!」

俺よりも大分小柄な体。少しぶかぶかな衣服。濡れた様に真っ黒な黒髪。その下で、同じような
真っ黒な瞳が恐怖に怯えていた。随分久しぶりに会えた気がして、俺は心躍った。

「ゆ、」
「あ、やだ、やだやだ!やだ!!!!」
「お、っおい、待てよ由真!!!

めちゃくちゃなスピードで走って逃げる由真を、俺も同じ様に追った。

あ、あいつ、あんなに足速かったか?俺の知っている由真はもっとトロかったはずだけど……!それだけの恐怖心ということか。

「俺だよ!瓦落!本当の瓦落だって!!一旦止まれよ!!!」

俺の制止を聞かず、爆裂な速さで逃げ去っていく由真。追いかける俺。どんどん人混みのない方向へ。

このままでは拉致があかない。

俺は思いついて、ガラン!と分かりやすく日本刀を捨てた。

「ほら!捨てただろ!!!」
「!」

ぜえ、はあっと息を切らしダラダラと汗を全身から流しながら、由真はやっと立ち止まって俺の方を振り向いた。

「なあ、ほら!お前を斬り殺す気なんかないって!!由真、お前は呪われている。俺も、ゲッホ、お前を追って、呪いの中に入ってきたんだよ!これは幻覚だ、由真!」

おえってえずきそうになる。走りすぎて胃のなかがひっくり返りそうだった。

「……ほ、ほ、本当……?」
「ああ、本当だよ!」

瞳が迷いに揺れる。

「ほら、由真!こっち来いよ!」

俺は両手を広げた。

由真は大分逡巡した様子だったけれど、由真は飛び込んできた。ドッと重みを受け止めた。

由真は俺の背に手を回し、シャツをギュッと掴んだ。震えている。

「瓦落くん、ありがとう……!ほ、ほんとに迎えに来てくれたんだね!どうにも出来なくて本当に困ってたんだよ!」
「ああ。お前だけひとりにするわけないだろ」
「……へへ……嬉し……」

ちら、と俺を見上げた由真を目が合った。視線が絡み合うのが妙にむず痒く感じられたけど、俺は安堵していた。やっと合流できたと。

あとは事情を話して、どうにかここから脱出をすれば良い。

そう思っていたんだが、それは甘かったらしかった。

「?由真?」

由真はふいに俺から距離を取った。
そしてまた俺の懐にグッと踏み込んできて……。

「!!!」

腹部に信じられない痛み。

「ゆ、ゆ、ゆま……なん、で……」

見下ろすと、由真が俺をカッターで深く刺していた。

鮮血が猛烈な勢いでシャツを濡らしていく。この痛みは本物だった。

立っていられずそのまま床に倒れ込んだ。

見上げると、由真は信じられないといった様子で自分の両手を見下ろしていた。

「や、やだ、やだ、どうして!?な、何でこんなことしちゃったの!?やだ、やだ、いやだああああ!!!!!」

急速に意識が薄れていく。死ぬんだと思った。

錯乱状態の由真の姿が、一瞬ぐにゃりと歪んだ様に見えた。

「瓦落くん、瓦落くん!!死なないでよお!!!」

悲痛な声が耳に響く。

急速に目の前が真っ暗になっていく。
だけど視界を失う直前、俺は確かに見た。
由真の真後ろに、亡霊の様にディレクターの怪奇が立っているのを。

『シチョウシャ シボウ』

そんな声がきこえた。

 

◼️

ハッとして意識を取り戻す。

俺は……俺はまた渋谷の街に立っていた。手には日本刀を持っている。

さっきのは……夢?まぼろし……?

ぼうっとするも、腹部の強烈な痛みで現実に引き戻される。

シャツを捲ってみれば、確かに切り傷があった。ふさがりつつはあるけれど……。

俺はさっき、一度死んでいる。だけどこの呪いのループデスゲームの中で、また蘇ったんだ。

ふと見上げると、渋谷の見慣れた巨大掲示板にはこんな文字。

『NN放送からの緊急臨時放送。

本日の被害者 彼岸由真
本日の被害者 彼岸由真
本日の被害者 彼岸由真
本日の被害者 彼岸由真
本日の被害者 彼岸由真
本日の被害者 彼岸由真
本日の被害者 彼岸由真
本日の被害者 彼岸由真
本日の被害者 彼岸由真

執行者 瓦落駿  』

俺が執行しなかったから、俺は由真に殺されたってのか……?

じゃああの由真は偽物だったとでも……?

さっきの由真のセリフを思い出す。

『瓦落くん、瓦落くん!!死なないでよお!!!』

あの悲痛な呼び声。あれは……あんな声出すのは本物の由真じゃないかと思う。肌で直感するが、あいつはやっぱり本物だったと思う。

次いで思い出したセリフ。

『や、やだ、やだ、どうして!?な、何でこんなことしちゃったの!?やだ、いやだああああ!!!!!』

あれは……自分の意思で刺した訳じゃなかったってことか……?

おそらくそうだよな……。あの時だけ何かに操られていたかのような口ぶりだった。

何に?

間違いない、ディレクターの怪奇にだろう。

気を取り乱した由真の後ろで、怪奇は姿を現した。ディレクターの怪奇は姿を潜ませながら、由真の真後ろに取り憑いてるってことだ。

ゴク、と喉を鳴らす。

しかしディレクターの怪奇は、なぜ由真に取り憑いている?

おそらく、いざという時に自分の思い通りにするためだろうな、今回みたいに……。

例えば今回、俺は由真のホンモノの霊力を引き出すことを期待されている。そういう交渉をして俺はこの呪いの中に入ってきた。

それにこの呪いの中では俺は執行者役だ。

だから、俺が日本刀を捨てて由真を両腕に迎え入れた時、試合放棄と見なされたのかもしれない。

『約束が違うだろ』そういう意味合いで俺は由真の手を借りて殺されたってことなんだろう……。

しっかり執行者役をやり、由真の感情も霊力も爆発させろ、じゃなきゃ俺を殺す。何度でもそのチャレンジさをせるために、俺は死んでも蘇甦らされたのだろう。この呪い、いわば幻覚のなかで……。

ここではディレクターの怪奇の思うがままだ。

ならばやはり怪奇を倒さなければここから出られない。それも息の根を止めるほどズタズタに。そうしなければ、この呪いもこの幻覚もきっと終わらない。

しかし、クソディレクターの怪奇は由真の近くにずっと潜んでいる。由真と協力して倒すことは無理そうだ。

あくまで俺は執行者役でなければ、由真に近寄れもしない。

「クソッどうすれば!」

がんばれ、考えろ駿!この幻覚を解く方法を!

「なんか、なんか使えそうなモンはないのか!」

俺は焦って自分の持ち物を整理する。

日本刀、それから……。

……!

そうだ、これがあった……。

ポケットに入っていた『ソレ』を広げる。この状態ならきっと使えるはず、前に由真が言っていた。

『ソレ』を使って怪奇を倒す算段を弾く。

……うまくハマればイケるはず……。

だけど『ソレ』は一個だけ。絶対に失敗できない。

チャンスは一度きりだ!

 

◼️

探せば由真はすぐに見つかった。

ひと気のない路地、さっきと同じ場所にいた。
逃げる風でもなく、ずっと俺を待っていたかの様にうずくまってそこにいた。

ゆらり、と由真の前に立ちはだかる。俺は日本刀を携えて。

由真は随分憔悴している様子だ。

「が、瓦落くん……」
「由真……」

日本刀を鞘から抜き出した。スラ、と刀身がネオンの光を弾き返す。

「ねえ、ホンモノの瓦落くんは死んじゃったのかな?ホンモノの瓦落くんにはもう……会えないのかな……?」

「さあ……死んだかもな……」

ゆっくり近づいていく。殺そうとするそぶりで。

「……そっか……さみしいな……」

心底寂しそうに由真は呟いた。その声音は俺の心の柔らかいところを確かに撫でた。

由真に一歩近づく。

「ま、まって……!あのね、瓦落くん。こ、これ……あげる」

由真が差し出してきたのはお札と小刀だった。

「これね、このお札真っ黒でしょう。小刀も折れている。僕じゃここでは使えないみたいなんだ。消えたりもする。

でも瓦落くんならどこかで使えるかもしれない。持って行って……」

「俺はホンモノじゃないぜ」

「良いんだ……せめてものプレゼントだよ。どこかで瓦落くんが救われたらって……僕は良いんだ、大事な友達を殺してしまった罰にここで朽ちていこうと思う……」

おい、諦めてんじゃねえよと吠えたくなるのを我慢した。

「ふうん……」

「どうせ死ぬ運命だったし。せめてニセモノだろうと、瓦落くんの姿が見れるここで死んでいこうって訳……僕は瓦落くんとお友達になれて本当に良かったと思ってるんだよ」

ドクンドクンと心臓が鳴っている。それを押さえつけて、興味なさげにお札と小刀を手に取った。

「こんなもん……使える訳ねえだろ!いらねえよ!大体お前なんか友達じゃねえ!!」

目の前でお札をビリビリと破ってやった。

これは由真の心破れる音だとも思った。悲しそうな瞳。由真の身体がぐにゃりと一瞬歪んだ。ヤツが姿を現す、今だ!

「お札っていうのはこういうモンだろうが!」

俺はポケットからお札を出し、由真の背後にいたヤツに張った!これは行きの電車でたまたま由真にもらったお札だ!

ギヤアアアアア!!!と悲鳴をあげて姿を現したバケモンに俺は日本刀を何度も振り下ろした!グサッグサッと何度も刺していく。

「てめえが由真に取り憑いてたのは分かってんだよ!由真を苦しめやがって!!!!」

ディレクターの怪奇に今までの怒りをぶつけるようにメッタ刺しにしていった。

「っらああああああああ!!!!!!!!!!!」

最後に由真の霊力のある折れた小刀を、ぶっ刺した。

『グアアアアアアアア!!!!』

そんなおぞましい悲鳴と共に怪奇は肉塊と化し、やがてどろどろした血へと変わっていった。

それに伴い、怪奇が作り出した街がぐにゃぐにゃと溶けていく!これなら呪いが解ける、この幻覚も終わるはずだ!

ビルが、街灯が、アスファルトが、ぐにゃぐにゃとした液体へと変わっていく!

「ゆ、由真!こっち来い!!」
「……!」

沈みゆく街の中で、俺は由真を強く抱きしめた。
どこに逃げても無駄なこの状況。溺れませんようにと、せめて祈ることしか出来なかったが、俺もやがて地面だった液体に呑まれた。息を止めて、あらゆるものが溶けた真っ赤な液体の中に目をつぶって由真と沈んだ。

……俺達の肺に残った酸素が終わるのが先か、この呪い、幻覚が完全に解けるのが先かの賭けだった。由真の手だけは離さなかった。だけどそのまま濁流に流されて……。

 

 

◼️

……。

ピタ、ピタッと頬に違和感を感じる。

げえっ……また血かよ……俺はどこかで失敗したのか……。それともこれはマジの地獄か……。

朧げな意識が、目を覚ますのを拒んでいた。

「ちょっと、君!大丈夫!?ねえ、君!?」

「……え……」

人の声に安堵感を覚え、一気に意識が浮上する。

目を開けると、目の前に警備員がひとり。

「君、こんなところで倒れて、大丈夫!?」

「え、え?」

周囲を見渡すと、そこはあの廃ビルの中のデータ保管庫……のはずの場所だった。

「警備会社に連絡があって、ビルに異常があったって言うから見にきたんだよ!ダメだよ勝手に入り込んじゃ!タダでさえここいわく付きなんだから」

埃だらけの部屋で、機材なんかなく、ギチギチに積まれたテープ類は引っ張り出すのも一苦労そうな場所だった。導かれる様に置いてあったテープなんか、見つけられそうもない……。

無事に生還したっぽいな……。

「あ、ああ……へへ、すいません……あ、いやそんなことより!!ビルの前に男の子倒れてませんでした!?ちっちぇえヤツで、めちゃくちゃ怪我してて!」

「?怪我はしてないけど。でも男の子ならいるよ」

心底不安そうな顔でひょこ、と扉から顔を出した由真。パッと見、怪我はなさそうだ。

「ゆ、由真!おまえ大丈」

大丈夫なのか、とは言い切れなかった。由真が走ってきて抱きついてきたから。

 

 

◼️

その後、NN放送ビルを出る時、由真がビル近くの祠でお祓いをしていた。心底念を入れて何か唱えている。

「せめて安らかに眠ってくれますように……」

俺が怪奇を物理的に破壊したから、その場を支配する大いなる怨念はなくなったらしかった。あとはこのNN放送に関わり命落とした人たちへ鎮魂をするだけ……。

 

俺たちはそれからすぐに駅に向かった。とにかく疲れて眠かったのだ。

帰り道の路地でお互いに何があったのか話しながら……。

駅について電車に乗って並んで座った。めちゃくちゃ眠い。それは由真も同じみたいだった。

「ここで寝んのこえ〜なあ……」
「また臨時放送始まったりしてね……」
「怖いこと言うなよ……」

電車が走り出す。定期的な揺れが心地良い。

「……ねえ、瓦落くんはさあ、どうしてお札持ってたの……?」
「忘れたのかよ、温泉の行きしなに俺に一個くれただろ」
「……ああ〜!あれかあ……渡しといて良かった、なあ……」

俺も由真もまどろみに引きずりこまれつつあった。あ、そうだ。これだけは伝えなきゃ……。

「あ、そうだ、由真……お前のこと友達じゃねえって言ったの嘘だからな。間に受けんなよな……」

「うん、分かってる……」

 

そのまま俺たちは眠りに落ちた。お互いの指先がほんの少し触れていたけど、どちらも振り解いたりはしなかった。

 

 

続く

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