こんな噂がある。
深夜のテレビ放送終了後、突然人名一覧が流れることがある。
それはスタッフの名前などではない。
その日の犠牲者のリストである。
執行者として、犠牲者に一番近しい存在の名前も載るという。
『死の臨時放送』
あまり詳しい事情は言えないけれど、祟りをこの身に受けて死んでいくのが『おつとめ』の僕。
そんな僕の身を案じた瓦落くんは、せめてちょっとは休めるようにと僕を日帰り温泉旅行に誘ってくれていた。
『祟りに医者は効かないが、温泉なら効くかもだろ!?ここ健康になんか良いらしいぜ!』
それはどうなんだと思ったけど、僕を案じてくれる気持ちは嬉しいので黙っておいた。
『バイクで送ってやるよ。任せとけ、無免許運転時代入れてもう3年は乗ってるぜ』
『それ一生黙ってて』
色々と不安になった僕は、バイクの申し出を断り電車移動を選んだ。
そして翌日。駅のホームで待ち合わせた。僕はそれはもう昨日うきうきし過ぎて眠れなかった。こういうイベントが人生でなかったのだ。内緒だけどね。浮かれ過ぎておやつを沢山リュックに入れてきたことも。
そして瓦落くんは、ただのお洒落なイケメンとして待ち合わせに現れた。
「よお由真、なかなかの荷物だな」
「ああ、うんお札多めにね。今日行くところ、調べたらいわくつきっぽかったから……(嘘)」
「げえっマジかよ……!」
あからさまに瓦落くんは顔を青ざめさせた。
ツッパリなのに怖いもの苦手なのがおもしろくて、僕はつい意地悪をしてしまう。
「うん、なんか近くに祀られてない祠があるらしくて……」
僕が口元に指先をやりながら神妙な顔をして言うと、瓦落くんは信じる。
「瓦落くん気をつけてね……」
「ううう……勘弁してくれよ……お札一個くれ」
仕方ないので1個あげた。
男前のツッパリが神妙な顔でお札を抱いてる図って、何回見ても面白かった。
ガタンゴトンと1時間ほど電車に揺られて、僕らは目的の場所についた。
のどかな場所で、確かにこの空気自体が身体に良さそうだ。温泉の暖簾をくぐった。
「……それにしても空いてんなあ。いてもじじいしかいねえ」
「ど平日の昼間だからね」
ちゃぷ……とふたりでお湯に沈む。瓦落くんが僕の背をそっと撫でた。君の優しい手に払われて、怨念もおつとめも全部消えたら良いのにね。
お湯がちゃぷちゃぷと流れ続ける音が耳に心地良い。
「……僕もそろそろ隠居したいなあ……」
「じじいかよ」
「そうだよ」
「否定しろよ」
友達と日帰り温泉。こんな穏やかなひと時にずっと身を委ねていたいけど、僕のモラトリアムは長くは続かない。
それが少し寂しい。……いや、かなり寂しい。
「……。瓦落くんはさあ、今後どうするの?その、来年とか高校でたあと」
僕以外の人が隣にいるのかな。
「大学なんて行かねーし、今後どうなるのかなんてサッパリ分かんねえよ。
……由真は?どうするんだ。なんかやりたいこととかあんのか。……もしも『おつとめ』がなかったら」
ちゃぷん、と水の音が響いた。
言おうか迷ったけど、瓦落くんには正直な自分でいたい気持ちが勝ってしまった。
「……ん〜……。どこかのんびりしたところで1人暮らししてみたいんだ。隠居したいっていうのはホントでさ……それでお祓い事務所とか自分で開いて、世の役に立ちながらひっそり暮らせたら、とかね……なんてね……」
それは実は初めて人に告白した自分の人生の青写真だった。そんなに長く生きない自分が、理想を描いたところで意味はないのに、希望を抱いてしまうのは人間のサガだった。
その悲しきサガを、今まで誰も友達がいなかったので披露する場がなかったのだけど、瓦落くんが聞いてくれたから言ってしまった。
だけどどう思われただろう。
ださい暗いありえないキモッて言われるかなどうだろう。ドキドキ……。
「ふ〜ん良いじゃん」
!
「かっけえな〜まあ由真の霊能力なら出来るだろうよ」
「そ、そうかな?」
誰かに正面から褒められることなんか普段ないから照れてしまった。
「っていうかお祓いイヤイヤやってる訳じゃないんだ」
「え。うん、まあ実はそうなんだよね……。僕の唯一の得意なことだし。
まあ強引にお祓いせざるを得なくて代わりに自分が祟られ呪われっていう面はあるんだけどさ。
でも彷徨える霊をちゃんと救えた時とか、取り憑かれて困ってた人をちゃんと助けられた時はやっぱやりがい感じるから。
こんな僕でも役に立てて嬉しいんだよ」
「そっか……由真がお祓い自体が嫌じゃないと聞けて良かったな」
瓦落くん……。
「なあ、っていうかその事務所に俺もそこに入れてくれよ。今の延長みたいなもんだろ?な!」
「え!?う、うん……!でも瓦落くん怖がりなのに大丈夫なの?」
「怖くねえ!」
「そこまだ意地はるんだ」
瓦落くんと一緒にお祓い事務所やるという未来は僕の心をギュッと掴んでいた。良いなあやってみたい。未来が輝いて見えた。例えかりそめでも。
「まあ俺が怖がりかはさておきさあ。でもなんで実家出たいの。親うるせえの?」
うっっっ。
「え?あ、うーん……まあねハハハ……」
うるさいなんてレベルじゃないけどね……まあ重すぎる話はよしておこう……。
「そういえば兄弟は?俺は由真のこと何も知らないよなあ。教えてくれよ」
!
やばい方向に話がカーブして来た。でも瓦落くんに僕は嘘はつけない。
「…………。
兄弟は上に5人。僕は末っ子なんだよ」
「6人兄弟ってすげえな!?由真に兄ちゃんそんないんのかあ」
仲良くなろうとしてくれてる瓦落くんの『それで?』みたいな視線が胸に突き刺さる。
「会ってみたい、今度誰か紹介してくれよ!」
「……!」
なんて屈託のない笑顔……!どうしよう。迷う。
……でも言おう。言える範囲で。
「……その、死んじゃったり行方不明で……紹介できる兄は今のところいない、ごめん……」
「!」
僕はすかさず瓦落くんを手で制した。
「良いんだ謝らないで!全然気にしてないし!
死霊払い師の家系なだけあって、ほんと色々あるんだウチ。
……だけどただごめん、家族の話はあまりこれ以上は出来なくて……。僕はナホちゃんの件に首突っ込んでるのにごめん、本当申し訳ない……ゆるして……。いつか話せたら話すから」
「あ、ああ。もちろん!……俺は待ってるからな」
おそらく瓦落くんに真相を話せる日など来ないまま僕は死ぬだろう。
だけど瓦落くんと友達になれて良かったと思う。
こうしてつつがなく僕らの日帰り旅は終わるはずだった。
だけどその帰り道。
電車が人身事故で途中の駅で止まってしまったんだ。
「ついてねえ〜再開まで1時間半だってよ。マックでも行くか」
そうだねと連れ立って駅を出たんだけど……。
駅から出た瞬間ザワ、と全身に鳥肌がたった。近くに止まっていたカラスが一斉に飛び立つ。このエリア一帯を覆うほどのおぞましくて重苦しい空気。ここに間違いなく大きな怨念がいると確信した。
息が苦しくて立っていられない。
「由真?おい、どうしたんだよ!」
「……」
さっきからずっときいんきいんと耳鳴りがしている。音が鳴る方へ、導かれる様にして指を指した。
「……あ、あっちの方にすごく悪いものがあるみたいなんだ……何にも祀られていない、すごく酷いものが……」
行くなと頭では喚いているのに、体がそっちへ向かってふらふらと歩きだしていた。
「由真!おい由真あ!」
「……」
瓦落くん助けてくれ!そう言いたいのに何故か何も言うことが出来なかった。
まだそんなに遅い時間ではないはずなのに、外は不気味な薄暗さに包まれていた。
森を抜け、視界が開けた先を見てドクンと心臓が鳴った。
そこには大きなビルがあったのだが、あふれんばかりの怨念と瘴気が漂っていた。看板にはNN放送とあるが立ち入り禁止のテープが貼られ今は使われていない様子。
そしてすぐそばには祠。
駅を出てすぐに感じた禍々しい怨念の出どころは間違いない、あのビルだ。なのにあの祠は怨念を全く抑え込めていない。怨念が強すぎて太刀打ち出来ていないのだ。
そしてそれに誰も気づいていない。祠を立てた者さえも。
あそこに行くなと頭の中で警告が鳴る。なのに勝手に足が近づいていく。
「お、おい由真。一体どうしたって言うんだよ。顔色真っ青だぞ。お祓いでもする気か?そんな体調で辞めろよ。なあ!」
瘴気のヤバさに心臓がバクバクと鳴っている。
あれには関わってはいけない。少なくとも瓦落くんが一緒にいるなら絶対にダメ。巻き込まれてしまう。瓦落くん帰ろう、そう言おうとした時。
『テスト』
人ならざる者の声が聞こえた次の瞬間、目の前に自分の惨殺死体が現れた!
「ひっ!」
全身を鋭利は刃物で切り刻まれ、血溜まりに倒れている真っ赤な自分。あまりのグロテスクさに僕は叫び声をあげた。
「い、いやだあああ!!!!!」
『ゴウカク』
「由真!おいどうしちまったんだよ!」
そして次の瞬間、人生で初めて経験するおぞましい体感が僕を襲った。頭の中を何かに探られている。はっきりそう感じた。見えない手で、見えない目で僕の記憶を探っている。信じられないけど、本当にそんな感じなんだ!
「いやだ、見ないでくれ、放っておいてくれ!」
見えない手が探っているのであろう、脳内のイメージが次々と浮かぶ。過去の除霊やお祓いの記憶を次々に取り出されている、見られていると感じた。
小さい時の過去の記憶も僕の母さんや兄弟との思い出も、何もかも。
「やめろ、見るなよ!!」
それだけじゃない、チラ、と浮かんだ瓦落くんの横顔の記憶。ドキッとした。いやだいやだいやだ僕の気持ちを勝手に覗くな!!
「うわああああああああ!!!!!」
たまらずうずくまって頭を抑えた。
『ホンモノ』
なのに僕の思いとは裏腹に、喜ぶ何者かの声。ずっしりと身体が重たくなって、何かにのしかかられていると感じた。
取り憑かれようとしている!
余計な反応を返してしまったと後悔しても後の祭り。ヤバいものに目をつけられたと直感した。冷や汗が止まらない。瓦落くんを連れてここを1秒でも早く逃れなきゃ!
「が、ら……ニげ」
なのに僕の身体は言うことを聞かず、ついに崩れ落ちた。意識が急速に閉じていった。
そして最後、やっぱり頭の中を読み取ったかのように『ガラク シュン』とナニモノかが嬉しそうに言った。
瓦落くんに悪さしたら許さないから!と僕は最後の抵抗で吠えた、はず……。
「……由真、おい、由真。起きろって」
夢うつつに起きる。
「お、やっと起きたのか。そろそろ着くぜ」
「え?あれ?人身事故で止まって……」
「?別に止まってないぜ。由真結構寝てたぞ。もう渋谷着くから」
時計を見る。18時15分。
「え、え?あ、そうだっけ?夢かぁ。うん。ごめんごめん」
やだやだ、なんか変な夢見てた。やけにハッキリした夢だったな。なんか色々危うい夢だったな。
電車が着いて慌てて一緒に降りた。
「どっかで飯でも食って帰ろうぜ」
僕らは渋谷駅を出て、巨大交差点の前で止まった。信号待ちをする。
「どこ行く?」
「う〜んあそこのビルの上とか行ってみ……」
大きな掲示板のあるビルをふと指をさし、僕は唖然とした。
いつもの軽快なモデルの女の子などのMVなんかじゃなく、こんなモノが流れてきたから。
『NN放送 臨時放送 臨時放送
本日の被害者 彼岸 由真。
本日の被害者 彼岸 由真。
本日の被害者 彼岸 由真。
本日の被害者 彼岸 由真。
本日の被害者 彼岸 由真。
本日の被害者 彼岸 由真。
本日の被害者 彼岸 由真。
本日の被害者 彼岸 由真。
本日の被害者 彼岸 由真。
本日の被害者 彼岸 由真。
※執行24時まで』
「お、おい由真……何だありゃ……」
引き攣った瓦落くん。ざわつく周囲。
み、見えてる?皆も同じの見えてるの?僕らだけじゃなくて?あれはじゃあホンモノのNN放送ってこと?
そんなことがあっていいのか?
ザワ、と悪寒が走る。何者かにまとわり憑かれている。
「な、なにが起きてるの……」
「とりあえず、い、行こう」
信号が青になる。
瓦落くんは僕の腕を握って交差点を歩き出した。
心臓がドキドキして仕方ない。一体何なんだあの放送……。
いつもの怪奇現象だったら僕かせめて瓦落くんくらいにしかああいうのは見えない。だけど今回は違った。周りの人、皆に見えてるんだ。そこに言いようもない違和感を感じていた。
僕の身を案じて、瓦落くんは『今日は1人になるな、俺が心配だから』と僕を説得した。
そして人目がある程度あって防犯カメラもある
場所ということで、漫画喫茶の個室に僕を押し込んだ。
「24時までに執行とか抜かしてたよな。ってことはそれまでに由真を守れれば良い。とりあえずそうだろ?ならここに2人でいよう、な」
「うん……ありがとう」
ジッと息を潜めて、神経を張り巡らせる。
本日の犠牲者って……僕はどうなってしまうのだろう?今のところ暴漢が入ってきそうな気配とかはないけれど……でも突然血を吐いて死んだりすうやつなのかもしれない。
「そうだお札……って……え……!?」
カバンから取り出したお札は何故か全部真っ黒に黒ずんでいた。これじゃ『使用済み』だ。
ドクンと心臓が鳴る。いつのまにか大きな霊気の間を通り抜けていたってことだ。そんな、いつの間に?
じゃ、じゃあ霊力のある小刀ならって思って探って見たのだけど。
「!!……お、折れてる……」
根本からバッキリ折れていた。
そんな、いつのまに?僕が全く感知していないうち?一体どうなってるんだ……。
少なくとも今、怪奇に対抗する術はなかった。
「……が、瓦落くん……」
「お、俺がいるからな……」
全てを一緒に見ていた瓦落くんが言ってくれたセリフが、すごく頼もしく思えた。
僕は縮こまった。じーーーっと痛いほどの静寂の中で。時計はまだ21時を指している。24時まで猶予があるというのが、どうにも落ち着かない。
霊感働かせて霊的な気配を探ってみようとしたのだけど、何も感じられなかった。
おかしい。なんでなんだろう。何かが変だ……。
しかし全く時計の針が進まず、焦ったい思いだった時。
「な、なあ……なんかDVDでも流さないか」
「え……」
「ジッと待ってても苦痛だろ?適当に気晴らしに流しつつ、24時が過ぎるのを待てば良いさ」
神経はすり減らし過ぎると身がもたない。案外良い案だと思った。
だから瓦落くんと一緒に適当にDVDを探しにいった。
「瓦落くん、DVDってなんかオススメある?」
「お、このヤクザものが熱くて良いぜ」
「えええ……?」
面白がれるかなあ、とふとキャストを見たくてDVDの裏面を見た時。
「……!!!!」
思わずDVDをばさりと落とした。
びっくりし過ぎて鼓動がおかしい。身体が動かない。
「?おい、どうしたんだ由真……」
震える声で僕は言った。
「う、う、裏柄のキャスト欄。
今日の犠牲者って書かれてて、主演として僕の名前だったんだ。それに僕の首が跳ねられてるシーンが、なぜか裏面のパッケージに載ってて……!」
「!!!……ま、待ってろ由真……」
瓦落くんが震える手でDVDを拾う。恐る恐る後ろを確認する……。
「……いや、ふ、普通通りだぜ?ほら……見るか?」
「え……」
恐る恐る見ると、確かに普通通りのパッケージだった。ヤクザが喧嘩して、キャストは流行りの俳優の名前が並んでいた。
そんな。おかしい。確かにこの目で見たんだ。
「ビビッちまって、変な見間違いでもしたんだろ。今日は俺がずっと一緒にいるから安心しろよ
。何かあったら俺が追い払ってやるよ」
「……う、うん……」
手のひらをギュッと握った。あれは……あれは見間違いなんかじゃない。確実に見た。
裏側のパッケージにあった、僕の首が跳ねられるシーン。
日本刀みたいなもので僕の首を刎ねていた相手は瓦落くんだったんだ。
「……な?ほら由真。暗い顔してないでこっち来いよ。他に気晴らしになるモン探そうぜ」
僕を勇気づけようとしてくれる瓦落くん。この人はホンモノ?
心臓の鼓動が邪魔をして、わ、わからない……。
ドクンドクン、と鼓動が激しくなっていく。
「おい、由真!じゃあ今度これ見ようぜ。お笑いのやつ。これなら怖くねーだろ!裏側のパッケージも問題ナシ!な」
瓦落くんはにこ、と笑ってみせてくれた。
ああ、そうだ。こうやって時にかわいい顔を見せてくれるのは瓦落くんの特徴だ。そう、そうだ。瓦落くんはホンモノのはず……。
「ん、うん、いいね。部屋に戻って一緒に見ようか」
その後、暖かい飲み物を持って僕らの個室に戻る。DVDが再生される。
パッと写ったのは、昔ながらの人気のお笑い芸人。漫才をやっていってくれる。瓦落くんは時々ハハと笑っている。正直頭に入ってこないけど、その朗らかな雰囲気にとげとげした心が少し和らぐのを感じた。
暖かいお茶を飲む。はあ……。
そうだ、僕はそもそも死霊払いだ。今更どんな怪奇現象が起きたって怖くないはず……そう、そうだよね…………。
気づけば1時間が経ち、漫才は終わった。
ほどほどに気が緩んでいた僕は、なんとなしにエンドロールが始まるのを見ていた。
そして見てしまった。
そのエンドロールがスタッフ紹介などではなく『今日の犠牲者一覧』を流し出すのを!
「お、おい、これどうなってんだよ!」
瓦落くんの声がひっくり返っている。必死にDVDを止めようとするが、なぜかDVDは止められない!
「な、な、なにこれ……!」
『
本日の犠牲者 彼岸由真
執行者 瓦落 駿
本日の犠牲者 彼岸由真
執行者 瓦落 駿
本日の犠牲者 彼岸由真
執行者 瓦落 駿
本日の犠牲者 彼岸由真
執行者 瓦落 駿 』
「い、イヤアアアアアア!!!!!!!!!」
「おい、由真、だ、大丈夫だから」
僕の肩に触れた瓦落くんの手がやけに怖くて、跳ね除けその場から逃げ出した。
「お、おい待てよ由真あ!!1人になるなってえ!!!!」
深夜の繁華街を、ひたすらに走っていく。
僕だってどうしてこんな風に逃げているのかわからない。怖くてこわくてたまらなかった!人に時折ぶつかりながら走っていく。
執行者が瓦落くんてどういうことだよ!
こんなの、こんなのおかしい、誰か夢だと言って!
腕時計を見る。気づけば23時半。
あと、あと30分だ。30分瓦落くんから逃れられさえすれば、この呪いは解けるのかもしれない。
どこでこの呪いにかかったのかなんて、謎解きはあとだ!走って走って、とにかく瓦落くんから逃げろ!
足の速い瓦落くんはぐんぐん迫ってきて、あの手に捕まる訳には行かないと僕も必死に逃げた。
自分の小柄さを利用して狭いビルや路地の間に入って行って、とにかく逃げ続けた。
「……ぜえっはあ……っうっゲホッゲホッ……」
汗だくの体を繁華街のネオンが照らす。心臓の鼓動が悲鳴をあげている。もう走れない。
道路脇にしゃがみ込んだ。
腕時計を見る。23時59分。
逃げ切った……。
「見つけた」
「!!!!!」
その時真後ろから音もなく現れたのは……。
「……が、瓦落くん……」
「由真。ダメだろ1人になったら。俺がどんなに探し回ったと思ってるんだよ」
「いや……来ないで……」
「なあ……なんかさ、さっきこんなもん拾ったんだよ」
彼が手にしていたのは……日本刀……。
瓦落くんに物理で敵う訳がない。
「い、い、いや……やめて……お願い……」
「珍しいよな、何でこんなモノがこんなところに?ホンモノだと思うか?由真」
僕を見下ろしながら、瓦落くんはスラリと刀身を抜く。夜のネオンの光を浴びて、それはギラリと輝いた。
「やめて、やめてよお……」
「この切れ味、確認させてくれよなあ?
……っらあああああ!!!!」
瓦落くんがギラついた眼光で僕に向かって日本刀を振り下ろした!
全てがスローモーションに見える。瓦落くんに殺されることがすごく悲しくてたまらない。
もう少し瓦落くんのそばにいたかった。お友達として。兄貴分として。憧れとして。だけど僕はどこかで判断を間違えた。死霊払い師、由真の人生はここでおしまいだ。
ッド!っと自分の頭が撥ねる。
体がどさりと倒れて、血の海が広がっていった……。
……由真、おい、由真。起きろって。
ハッとしておきた。
「お、やっと起きたのか。そろそろ着くぜ」
電車が目的地につこうとしている。
「あ、うん。ごめんごめん」
……さっき見た夢でまだ心臓がバクバクしてる。
朧げながらすごく怖い夢だった。
慌てて鞄を探る。お札も霊力のある小刀もある。心底ホッとした。良かった、これなら何かあっても戦える。
さっきの変な夢は一体何だったんだろう?
僕らは歩き出した。
でも……。
やっぱりあの交差点で、あの臨時放送をやっぱり見た。
やっぱり呪われている。だけど鞄を確認したら、さっきまで確実にあったはずのお札も小刀も、何故か無くなっていた。
漫画喫茶に行かず、その場から逃げ出した僕だったけど、やっぱり24時直前に瓦落くんに捕まった。
「いや、いや!!!」
僕は今度は、瓦落くんに肩から腹にかけて日本刀で斬られてやっぱり絶命した。
何度も何度も繰り返した。僕は何度も絶命した。
どうしてこんなに辛い目に……。いっそ眠ってしまえたら……。
……由真、おい、由真。起きろって。
またも聞き慣れた声が聞こえてきた。
この声を気くことが辛い。瓦落くんのことが大好きだから。
由真、由真!おい、由真!!
「いい加減起きねえと……
この場で殺すことになるぜ」
反射的に起きる。だけどそれはもはや無意味だった。
刀がヒヤリと首に当たる。そのまま斬られて僕はまた絶命した。
どんなに逃げようとしても何故か逃げられない。
物陰に隠れてやり過ごす、突き飛ばす、ありとあらゆる手段をとって逃げ切ったと思っても、最後に必ずその反対方向から瓦落くんは現れた。
そしてロクに抵抗できない僕を日本刀で斬りつけ絶命させた。
血の海の中でぼんやりと考える。
この世界はおかしい。
どうして?何のために僕も瓦落くんもこんなことを?
だけど僕は瓦落くんより先に日本刀なり別の刃物なりを手に入れて、彼を殺すことは試せなかった。
それで本当に瓦落くんが死んじゃうのは耐えられなかったから。
血なのか涙なのか分からないものが、頬を伝って流れた。
後編へ続く
月夜オンライン書店では、過去に掲載したシリーズの番外編やココだけの読切作品を取り扱っています。
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