莉音くんは有無を言わさなかった。僕が返事するよりも早くキスしてきて、舌を絡めてきた。いつもより性急な気がする。それに喰われるんじゃないかってくらい。
莉音くんてこんなんだったっけ?まるで知らない人みたいだ。そんなことある訳ないのに。
僕はなぜか急に気恥ずかしくなって、莉音くんの胸板を押した。
「今日はや、やめない?隣の部屋に詩音くんいるしさ、壁薄いかもだし」
「いつものことじゃん。別に詩音はそんなの気にしないよ」
「でもさ……」
「俺が嫌なの?」
片眉を上げて不服そうだ。目が笑っていなくて、少し怖い気がする。ぱしってされちゃうかな。ちょっとすくんだ。
「い、嫌じゃないけどさ」
「『俺』が嫌な訳ない?」
「ん、そ、そう……だね」
莉音くんはすごく嬉しそうにニコッて笑って僕の手の甲にむちゅってキスをした。
「じゃあ何も問題ない」
そのまま僕に覆い被さってきた。いつもの匂いだった。離す気はなさそうだった。
「ナツミはかわいい可愛い、本当にかわいいねえ…
…君を抱けるなんて俺はなんて幸せ者なんだろう。大事にするからずっと俺んとこにいなね」
荒々しいけど、その愛撫はいつもに比べて随分優しかった。
こんな蜂蜜みたいな睦言は普段そんなに言わないのに。明け透けに好意を向けられるのはドキドキして仕方なかった。
「り、莉音くん……どうしたの?何か心境の変化でも?」
「ないよ、どうして?」
「そ、そこまでストレートだっけ……?」
「……ああ、いつも我慢してただけだよ。愛しさが溢れちゃって……だめ?好きで、可愛くて、ナツミに夢中なんだよ。君がいたら何もいらない」
「……!」
目を逸らすことすら許されない。瞳の奥のじっと見つめて、心の奥底まで攫われてしまいそうだ。
「冗談やめて……」
「冗談なんて言ったことないよ。ほんとだよ。俺はこんなに好きなのに、その気持ちが伝わらなくてもどかしい」
莉音くんは僕の手をとって、そっと自身の胸に当てた。心臓が早鐘を打っている。
「!」
「どう?わくわくドキドキしてたまらない。君とこんなに間近で一緒にいられるだけで……」
猫好きが猫を愛でるみたいに、『心底かわいい』って思ってる蕩ける様な視線を送られて、僕は参った。体が熱くてたまらない。こんなに分かりやすく甘く愛される経験なんて今までなかったから。
「ナツミ……」
莉音くんは怖いとこあるけど、この人をこのまま信じて良いのかな……加賀美さんをこのまま本当に忘れて……。
揺れ動く僕の内心を知ってか知らずか、莉音くんは僕の手をシーツの上に縫い付けた。
逃れられない。大きな手だ。手の平が少しごつごつして、いつもよりあったかい気がする。愛撫は濃密で僕をたまらなくさせた。いつもより熱に浮かされている。きっとこれはホテルだからだ。自分にそう言い聞かせた。
「ナツミ……我慢できない、もう、良い?」
「ん……」
僕の膝裏を抱え上げ、いよいよってタイミングで。
ふとそういえば今日は加賀美さんのことを聞いてこないんだ、と思った。
だから何となしに聞いた。
「……あ、そういえば今日はいつもみたいに聞いてこないんだね……?」
「……ああ、イイかどうかなんて聞かなくても分かるしね。ほら、力抜いて」
!
その時僕は確信した。
慌てて逃げるようにベッド上で距離を取ろうとした。でも彼が僕を逃すはずもなく、僕はせめて抗議の声を上げた。
「き、君、本当は詩音くんなんじゃない!」
◼️
一方ホンモノの莉音は……。
「いやアイツまじ何だったんだよ……??」
ホテルの部屋へと向かっていた。
詩音が具合が悪くて動けないからどうしても今ちょっと来てくれと懇願してくるので、指定されたホテルからちょっと先の薬局前まで行った。
しかし探してもいないし、待っても来ない。
再三電話かけても出ない。どっかで倒れている可能性を考慮して辺りを大分探した。しかし、いない。
しばらくして帰ってきたのは『やっぱ治った。心配かけてすまん』という無慈悲なメッセージのみ。あいつ絶対チョークスリーパーかけてやる。
苛立ちマックス。良いところで中断された消化不良の欲求不満もマックス。
足早にホテルに自分のホテルの部屋へ戻った。
「……ナツミただいま〜、ってあれ?めっちゃ真っ暗じゃん……」
ベッドにはこんもりした山。
「ナツミ、も〜俺を待ちきれなくて寝ちゃったの!?」
みんな俺なんかどうでも良いんだと半ばやさぐれながらベッドに潜り込む。
抱きしめる。悪戯な手が入り込む。あれっこんな細かったっけ?もっと食べさせないと……。
「!」
相手の方からむちゅ〜って熱れつなキスをされた。しかも自分の上に乗り上げてきて……。莉音は心底喜んだ。こんな風にナツミの方から求められたことはなかったから。
「ナツミ……愛してるよ」
そう言って莉音は相手を組み敷いた。
続く
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