そして訪れた研修旅行(?)の日。
確かに研修っていうか、ちょこっと難しいパンとかコーヒーいれる練習する講習会みたいなやつに出た。
各地から喫茶店経営している人たちが集まってたんだけど、女性参加者が多い中でうちの美形2人は完全に浮いていた。
「え〜こんなにイケメンで双子なんですか!?」
女性にまあまあ囲まれてきゃいきゃい言われてた。そうだよね。分かる。僕も最初全く同じ感想だったもん。何なんだろうね。イケメンなだけで貴重なのに、それが×2って。地球で最もありがたいコピーだよね。僕×2じゃなくてホント良かったと思うよ。
まあそれはさておき。僕はそっと輪からはみでた。そして無心でパンをこねた。良いんだあの輪に入るの不可能だし。『それであなたは何?』って言われたら『さ、さあ……?』って感じだし……。
『同業です。3人で一緒に住んでます。僕は金髪の方と付き合ってるらしいです』ってさ……僕みたいに平凡でのろまな人間が一体何をほざいているんだよって感じ。
あれ、やっぱり今までのことって夢だったのかな……?
「……」
……それなら僕は、加賀美さんのとこにまだいるんですかね……?加賀美さん、僕がパン作ってあげても『何やねんこのぶさいくなパン』とか言うんだろうな……しっかり食べておきながら。なんだかんだ二個目を要求してきながら……。
パンをこねこねする手は止まらない。
……あの時、加賀美さんのこと随分突き放しちゃったからな。もう流石に会うことないよな。もう僕のことすっかり嫌いになっただろう。これで良かったはずだ、僕のためにも、あの人のためにも……。
加賀美さん……。
「ナツミ!そんなとこで何してんの?こっち来なよ」
はっとした。振り返ると双子がこっちおいでよと手招きしていた。女性たちの好奇の視線にどぎまぎした。
できちゃったユニコーン型のパン。
自分のくだらない想いを潰すつもりでぐしゃっとした。
結局それは美形2人がただただモテモテになるだけの研修だった。これが目的だったのか?と思うほどだったけど、研修終わったあとに詩音くんにそっと聞いたところそんな他意はなかったらしい。
「なんかナツミちゃんのこと気にいる女の子とかいたら面白いかなって。莉音が機嫌悪くすれば良いなって思っただけだよ。な〜んて!嘘嘘!俺としてはパンとコーヒーの研修を真面目にってね!おいつねるなよ兄貴」
その後。観光といってもでかいイケメン双子を連れ歩くのはいちいち目立ってしょうがなかった。見た目が既に派手だもんね。そんな莉音くんにまるで恋人のような距離感で外で歩かれるのが恥ずかしく仕方なかったので、僕はたまらず走って逃げた。
「ナツミ!待ってよ!」
キレ気味の莉音くんだった。キレ方ちょっと加賀美さんに似てきたなと思ったりした。まあ加賀美さんならドスのきいた『待てやナツミ!』なんだけど。頭の中のなつかしい声にドキッとする。
……。
僕は人生モテなさすぎて、正しい失恋の仕方を知らないのだ。皆どうやって気持ちに区切りをつけているのだろうね、ホント……。
どうにもなんか落ち着かなくて、観光といっても適当に有名な神社行ってアイス食べて終わりとさせてもらった。神社で僕は『いっそ記憶喪失にさせてください』とお願いしたりしたけど、莉音くんは『ナツミと末永く一緒に暮らせますように』と絵馬を書いてくれていた。
夕方ホテルについた。部屋は2つあった。
詩音くんが言うには、3人泊まれる部屋が空いていなかったらしい。
荷物だけ置いて、晩御飯をどこかへ食べに行こうかと外へ出た時。
「じゃあ俺あっち行くから。夕飯は2人で食べたら?俺そんなに気利かなくないから」
詩音くんはそう言ってそそくさとどっか行こうとしたので、思わず彼の腕を引いた。
「待ってよ!そんなさみしいこと言わず、ご飯は皆で食べようよ?」
「心配してくれるの?ありがたいな〜じゃあ俺とご飯にして莉音にどっか行ってもらうか」
「え!?えっとそれは……」
詩音くんは少し寂しそうに笑って言った。
「即答しろよなあ。それが答えじゃん……いーのいーの、だから詩音はあっちの方行くから」
あっちと指差したのは歓楽街の方向。
キャバクラ、クラブ、カジノ、ボーイズバーもある。……要は色んな意味で遊べるところ。
「男の子でも女の子でも、誰か良い子いたらハントしよ。じゃあね!……ってあ、ごめんホテルの部屋の鍵渡し忘れたね。はい、君ら201。俺は202だから。じゃ」
するりと僕から逃れて、詩音くんは去って行った。雑踏の中に消えていく後ろ姿は、完全に莉音くんと一緒だった。
「あいつ本当に諦めたのか……?」
莉音くんは僕をきゅっと後ろから抱きしめた。
◼️◼️◼️
3人組が別れて、それからしばらく経った頃。
「こんなもんでいいかな?」
上機嫌にトイレで鏡を見つめる男がいた。さっき適当なヘアスプレーで染めた髪色はまあまあいい感じに金髪っぽく見えた。
まあ暗がりなら完全に誤魔化せるであろう、そう思ってにっこり微笑んで見せた。ほんのり首を傾げて、口角を引き上げる。
鏡の中の自分は莉音そのもの。
もう片方に完全に化けれるのは双子の特権だった。
その足で機嫌良く歓楽街へ向かう。
詩音にとっては本当の旅行はこれからだった。
そしてもともと目ぼしをつけておいた、とある如何わしい店を訪れた。指名したのはとある男の子。
「初めまして!君なかなかやっぱりイメージ通りだね。どう?頼んだら『出張』してくれるんだよね?
じゃあさ、ちょっと来て欲しいんだよね。これ、ここのホテルの201。ちょっとね、君に似た子に入れ替わって欲しいんだよ」
続く
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