世界で1番どうしようもない男、昌也。大学は4回も留年し、そのくせ色恋だけは一丁前。恋人の泣きの懇願を無視しては浮気を繰り返し、しまいには歳上の人妻に手を出してその旦那に刺されたというツワモノ。
「寧々ぇ。いってええよおお……」
「あんたが悪いんでしょ……」
僕はため息を吐いた。
そんなくそダメ人間を介抱する、これまたダメ人間、寧々。それが僕。一応昌也の本命の恋人(のはず)。
「寧々え。りんご剥いてくれえ」
「はあ……りんご食べて早くその傷治しなさいよ」
僕は病室でりんごを剥く準備を始めた。
今でこそくそダメ野郎な昌也だけれど、昔は僕を救ってくれた唯一のヒーローだった。そんな彼の残像が未だ忘れられないでいる。
昌也はその絶世の美貌だけが売りなワケじゃない、ただの浮気クソ野郎なんじゃない。ホントは光る部分だってあるんだ!僕が改心させてやるんだ!そう毎日言い聞かせている。
「携帯取ってあさみ、あ、ごめん寧々」
「!!」
僕は振り返ってりんごを投げつけた。
「人妻と間違えてんじゃねーよ!」
たとえ時に踏みにじられようと……!!!!
『あほんだら』
昌也は反省などしないクズだった。
浮気バレが10回以降、僕は数えていない。
僕が剥いたりんごをしゃりしゃりと頬張る昌也。
「それで、相手の旦那さん。大丈夫なワケ?慰謝料請求とかさ……」
「まあ、平気。親父が払うから」
僕は天を仰いだ。こんな慰謝料請求を払わされる親御さんが不憫でならない。本当に地球一のドラ息子だった。
「お父さん、ホントにそれで良いって?」
「まーね。なんたって俺は次期社長だからな」
子宝にあまり恵まれなかった昌也のお家では昌也は貴重な跡取りだった。コイツ、こんなんだけど莫大な財産を継ぐのである。
もちろんお金目当てで一緒にいる訳じゃないけれど。
「もっと親御さんのこと考えなさいよお……!!もう、もう浮気は良い加減にしろおお……っ!!!」
「まあまあ、まーまーまーまー。こっち来て」
強引に抱きしめられた。ウッと呻いて脇腹を抑えた昌也。僕もつい、手をそっと添えた。
「はは、サンキュ……。
俺にとっては寧々が1番なワケよ。だから許せよ。俺も今回はさすがに反省してる……」
「……」
あーあ。最初こそ、浮気バレしたときは顔を真っ青にしてゴメンとか言ってたくせに。今じゃこれだもんなあ。僕にとって昌也はこれっぽっちの存在なのだと思い知らされる。
じゃあひと思いに振ってくれれば良いのだが、何故か昌也は僕を振らなかった。どんなに麗しい浮気相手でも、いらなくなれば即切り捨てる冷徹な昌也が。
こんな平凡な自分に執着する理由もよく分からなかった。まあ、『こんなに浮気されても離れていかない便利な奴』と思われて重宝されているのかもしれないけどさ。
うっ惨めさが込み上げる。泣いてしまいそうだ。昌也は湿っぽいのが嫌いだから、僕はそそくさと身支度をした。
「ごめん昌也。僕もうバイトの時間だから。行くね」
「?あ、ああ」
病室を出ていく時。
「寧々!帰り冷えるだろ。俺のジャケット着てけよ。風邪引くなよ」
「え、ああ……ありがとね……」
クズだけどこういうところだけは気が利く昌也。
僕は昌也のなんとも良い香水の匂いのするジャケットを羽織って病室を出た。
秋風が身に染みた。辛い。辛すぎる。
はは、こんなのタチ悪いギャグ漫画だろ。
あああああ。
恋人が緊急入院したって言われて駆けつけてみればさ、浮気相手のダンナに刺されたヤツだと知るなんて。
もういっそ誰か僕を刺せえええええ……!
しょんぼりしながら行ったラーメン屋。っていうかここが僕の実家だった。バイトしながら家業を手伝ってるってワケ。
安さが売りの店なんで柄の悪い学生やオッサンが大量によく来る。
足を踏まれラーメンの器を倒され、萎え萎えになりながらギトギトの床を拭いていた時。
頭上からやたらハスキーな声を掛けてきた男がいた。
「にこにこ寧々ちゃんラーメンください」
「!」
テーブル下から顔を出す。すごい派手な柄のワイシャツに黒の上下のスーツを着た長身の美青年。前髪をあげてて顔があまりにも怖い。
ホンマモンの借金取り・巽。要はマジモンのヤクザだった。
「……そんなメニューないってば、巽。良い加減ふざけるの辞めてよ」
「ごめん♪」
ぱっと笑顔になった巽。巽にはどことなくワンコ感がある。
確かに高校までは普通だったはずなのに、いつの間にか道が違ってしまった幼馴染。
けど、このさびれた街で僕の唯一の話せる友達であることに変わりはなかった。
「おばちゃん、味噌ラーメンちょうだい!」
元気なハスキー犬は厨房に向かって叫んだ。
人のいないラーメン店内。休憩がてら巽と並んでラーメンを啜っている僕。
「で、いつ別れんの?」
「うっ」
巽は僕と昌也が付き合うのにずっと反対している。
巽と会うと、別れた?って毎回聞かれるんでちょっとゲンナリな僕。
「で、今回の浮気相手は人妻か。人妻に手出して旦那に刺されるってヤバ。死なない悪運がすごいな」
「はは……」
「それで別れない寧々も」
「……」
「まあ、良いけどさあ。埋めたくなったら言えよ。手伝うからさ」
巽の仄暗い笑みに、なんとか首を振った。相手はマジもんのヤクザだ。迂闊に頼んだら本当にやりかねない。
「だ、っだいじょうぶ。
……これでもまだ期待してるんだよね、昌也にはさ……」
「ふ〜〜ん……あっやべゴメン!」
巽がぎゅっと握ったグラスのコップにヒビが入った。どういう握力?
ドタバタとグラスを交換した。
「寧々さあ。お詫びにこれからちょっと遊びに行こうや。気晴らしも兼ねて。こっちは取り立て帰りで金はあんのよ」
ヒラヒラと振ったブランドもののクラッチバッグ。だいぶ分厚かった。ゴク、と喉が鳴った。
ジャラララ!と派手なスロットマシンの音がうるさい。店内のクラブハウスみたいなBGMもうるさい。あっちでポーカーやってる卓の人たちもうるさい。ここは随分バブリーなカジノだった。
「寧々え!あsのfdbkbrwk」
「何!?何にも聞こえないよお!!!」
うるさすぎる店内、巽に手を引かれながらクネクネと何本か道を通り過ぎていく。
一体どこへ向かっているんだと思えば、たどり着いたのは『VIP ROOM』という札のかかった部屋。
入ってみると、そこはこぢんまりした小さなホールで、ポーカーだの麻雀だの出来る卓がちょこちょこ並んでいる。
人の声がようやくちゃんと聞こえる、静かな場所だった。
「いや〜うるさかったなあハハ……さ〜てやっとゆっくり飲めるな。オネーサン!」
巽は道ゆくウェイトレスのお姉さんにお酒を頼んだ。
「ね、ねえねえ。ここ、VIP ROOMって大丈夫なの?料金とか……!」
「ん〜?まあ大丈夫だよ。このクラッチバックの金を全部使っても別に良いしな」
「!?」
そんな発言にまたゴク、と喉が鳴った。
巽はギャンブルはなんでも強かった。ビリヤードもダーツもなんでも上手い。巽と僕が同じチームで、別の人たちのチームと争うのだけどへたっぴな僕が足を引っ張ったところで巽が強すぎて誰も敵わない。
いつも勝利に導いてくれた。
「やったじゃん。つえーのな、寧々」
そう言ってはおだててくれる。デキる男・巽。
現実では恋人に浮気されまくりの冴えない僕だったけど、こうやってバブリーな遊びの中では巽のおかげでジャンジャン勝てて、なんかすごい人になった気分。
麻薬的な自己肯定感にちょっとクラクラしてしまった。
「なんかすごい嬉しい!!!クセになりそうだよ巽い!ありがとう巽い〜!」
「おっここ気に入った?じゃあまた一緒に来ような!だから元気だせよ。シケた顔はこれでおしまいにするんだぞ」
そう言ってあははと明るく笑った巽。
ヤクザだけど、僕にとっては巽は性格神な幼馴染だった。ヤクザだけど……!
気づけば大分時計の針が回っていて、流石にもう帰るかとなった。
結局巽は持ち込んだお金を2倍に増やした。
「ひゅう景気良い巽い」
「バブリーだねえ〜ってことで昌也と別れたら?」
「えっ何で?」
危ないあぶない。日常会話にこうやって『別れたら?』を織り込んでくるから、ウッカリ頷きそうな時がある。
「いやっ僕は別れない!さすがに。さすがにさ!刺されてるんだよ!今回!傷あとは浅かったけどさ!あの昌也も反省したって一応、言っていたし。僕は信じたい。昌也のこと。
昌也は僕のヒーローなんだ!変わってくれるって僕は信じてる」
「……!」
ぐ、と詰まったような顔をした巽。
「?どうしたの?」
「え、あ、いや別に。
……はあ〜寧々よ。……もお、別れろってえええ」
「いいのっ」
今度は無言で肩をすくめた巽だった。
帰りは来た時と同じように店内の通路を辿っていく。あいかわらずうるさい店内だったけれど。
もうすぐ出口だなあなんて呑気にしていたら。
僕は突然巽にぐいと肩を抱かれた。体温を近くに感じて変に焦る。
えっ何とアタフタしていたら、体を掴まれて、あっちを見ろと言わんばかりにぐいと顔を向こうに向けさせられた。
「!?なに?巽、あ……え!?」
なんと視界の先には昌也。
「ま、昌也!病院は!?こんなとこで何して……」
僕を探しに!?なんてトキメキの希望はすぐに打ち砕かれた。
昌也は女を連れて歩いていた。親しげに、なんてモンじゃない。腰を抱いて歩いてる。あいつ、また浮気してる!
「寧々。これでわかったろ?あいつは反省なんかしないって!」
噛みつきそうな勢いで巽は吠えた。
「うそだ、嘘だあぁ!!!」
僕の魂を引き裂くような叫び声が、カジノの喧騒の合間に消えた。
変われる、きっと変われるよね?昌也。
いつかはマトモに付き合えるようになるよね?僕たち……。
続く
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