短編小説

【短編】雨に濡れても

※悲しい話です。元恋人に会いに来た受けくんの話

 

「…やっ!ひさしぶり」
「……」

本当に久しぶりに部屋を突然訪れた僕。

インターホン鳴らそうかなって思ってたところでちょうどドアが開いてホッとしたんだけど。

蒼司は僕をガン無視して歩き出した。

「あ、傘持った?今日雨降るみた、い…」

言われるまでもなく、濃い赤色の傘を持って歩いていく。

僕がもうおせっかい焼くまでもないか…。当たり前。あははとため息を吐く。

 

恋人だった彼。

ちゃんと恋人だったの随分前だもんね。

 

 

『雨に濡れても』

 

 

蒼司の長い脚がサッササッサと歩いて行ってしまうのに必死に纏わりつく。

「ね、ねえっ!今日はこれからどこ行く感じ?」

「…さみいな本当今日」

「あ、だ、っだよね!僕もね肌寒いな〜って」

「……」

ダメだ会話が成り立つ様で成り立ってない。

やっぱダメか…。

 

今日は平日。だけどこの時間に大学行ってないってことは、今日はサボる気だな。

僕はでも大体こんな日に蒼司がどこに行くか知っている。

「あ、この流れ!スタバに行く気だな〜!?」
「……」

ウザ絡みしてみても返事はない。でも良いんだ、久しぶりにそばに入れるのが僕はこんなにも嬉しいんだから。

想定通り近所のスタバに入っていく蒼司だった。

よく2人で行ってたよね。恋人だった頃。

 

 

レジで会計を済ます。座席についた僕ら。

「あ、スタバの新作良いね!ね、僕もひと口ちょーだ」

つい手を伸ばす。

だけどさっと蒼司はドリンクを手にしてゴク、とまたひと口飲んだ。その手を離さない。

「…けちぃ」

つい習慣的にやってしまったんだけど。まあ、しょうがないよね。寂しくてあははと少し笑った。

「……」

でもその時、僕の方チラッとは見た気がする。

相変わらず端正で、僕はふいに見つめられた気がしてドキッとした。

…僕は思い出していた。かつての何でもない一コマ。

 

『飲む?』
付き合ってた時は机下で手を握ってそんな風に何でもちょっとくれたりしてたのに。

スタバの新作ドリンク、2人でよくそうして飲んだっけね。

…まあもう昔の話だ。今はもうしょうがない。

 

 

カラになったドリンクのカップを蒼司がぱっと捨てるのを、僕はただ見ていた。

何だか自分まで一緒に捨てられた様な気持ちになってしまっていた。

いけないいけない、何勝手に傷ついてるんだ。蒼司は何も悪くないのに。

 

 

その後もぷらぷらと歩く。

アテもなく歩いている様に見えるけど、この道は花屋さんへと向かう道だとピンと来た。

蒼司はお花屋さんで紫陽花の鉢を一つ買った。

それは綺麗な綺麗な水色のお花だった。

「贈り物ですか?」
「はい」

店員さんに聞かれて、なんかちょっとだけ嬉しそう。照れた表情を隠しきれてない。

ふだん渋キメの癖に。…胸がズキリと痛んだ。

それにしても相変わらず気が利くんだなあ。

好きな人が好きなもの、絶対忘れないタイプだったもんね。蒼司…。

僕に背を向けて、紫陽花の鉢を大事そうに持って歩くその姿が心に焼き付いた。

 

 

お出かけの帰り道。

「スーパー寄ってくか…」
「お!?あのよく行ってたスーパーかな?良いね、行こう!」

食い気味に返事してみる。

一緒に並んで歩く。お惣菜が安く買えてお気に入りで、昔よくふたりで行っていた。

道中のガードレールなくて狭い歩道。

蒼司はさ、ナイト気取りなとこあるから僕と歩く時は車道側をわざわざ歩いてくれたりしてた。僕も男なんだけどね!

今はもう、全然僕にお構いなしにサッサと行っちゃうけどね。

まあしょうがないんだけどね。

…過去の自分が羨ましいなあ。

もう昔みたいにあんな風に連れ歩くこと、ないんだもんなあ…。

 

ある種、諦観の気持ちで蒼司の後ろからついて歩く。

その時雨が降り出した。バサと傘をさした蒼司。

空を見上げるとパラパラと雨が降ってきている。お、これはのちのちもっと振りそうだ。

 

 

もう蒼司は僕を傘に入れることはない。

終わった関係だから仕方ない。

ちょっとくらい雨に濡れても僕はヘーキだよ。

 

 

蒼司はスーパーでよく一緒に食べていた惣菜を買った。あ〜コレコレ、ここの味玉は僕好きだったやつ!!

僕のため?な〜んて…。

 

なんやかんやと、蒼司のマンション前に着いてしまった。

強引に押しかけたデートが終わろうとしている。

「ねえっ!僕も今日お部屋遊びに行っても良いかな…!?元恋人のよしみってやつだよ!おねが〜い!!」
「……」

やっぱ何も言ってくれないけどね。

でも蒼司は本当にダメなときはダメってはっきり言うタイプだから、僕はOKって受け取った。

そう思おうとした。

良いよね、蒼司。

 

 

「お邪魔しま〜す…♪」

するりと部屋に上がりこむ。

わー、相変わらず部屋綺麗。ちょうど1年前にも強引に来た時と変わってないね。

蒼司は買い物袋を置くとふらりと寝室へ向かった。

僕もついていく。

 

彼は寝室のチェストに、今日買ってきた紫陽花の鉢を置いた。

そして同じチェスト上にある僕の写真に手を合わせた。

あー、何度見ても自分で自分の写真見るのちょっと気まずいなあ…それまあまあ良く写ってはいるけどさあ…。だってそれ遺影な訳だし。

「……っう…う」

泣かないで蒼司。

こんな雨音する日だったよね、僕が死んだ日。

 

 

紫陽花、もうわざわざ買ったりしなくて良いよ。お花のお世話とか苦手じゃん。渋キメの癖に似合ってないよ。僕が一回紫陽花好きって言ったら毎年くれてたよね。僕は嬉しかったけどさあ…。

「…どうして…っ」

蒼司は苦悶の声で崩れ落ちた。
お願いだよ、そんな悲しい声出さないで。

良い加減、新しい恋人作って良いんだよ。

僕はこんな風にしか会いに来れないから。

ここに来れるのは自分がかつて死んだ日にだけ。
蒼司に僕は見えない、聞こえない。

でもいつ来ても蒼司はこんな感じだから僕は心配だよ。

だから蒼司を支えてくれる新しい誰かが出来たら良いなって思ってるんだ。本当だよ。

 

…でも僕は身勝手だから、もしも本当にそうなったら寂しくて少し泣いてしまうかもしれない。

カーテンを締め切った部屋は薄暗いまま。

外では優しい雨音がいつまでも降り続いている。

 

 

 

END

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