オメガバース

幸せなはずの、僕と君【stardust番外編】【梓×雨宮先生】

stardustシリーズの番外編です。

もしも梓と雨宮先生が番になったら?というifストーリーの番外編を以前書いたのですが、その続きです。(ややこしい汗)

番になった後の雨宮先生と梓の話。子供ができない悩み、うまくいかない仕事。それに少しぎくしゃくしてすれ違う梓と先生。そんなふたりの話。

 

stardustシリーズはもう少し続きを書いてみようかなぁと思うので、よろしければお付き合いくださいませ。

1話から読む場合はこちら↓この話単体でもまあ読めるとは思います。

【stardust#1】番の練習台だなんて、許してよアルファ様 アルファがてっぺん、ベータは真ん中、オメガは最下層・・なんてピラミッドだったのは昔の話。 もちろんアルファがてっぺんな...

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梓と番になってから、子供が出来なくて出来なくて、どうしても出来なくて7年が経った。

いや正確に言えば、番になってすぐに一度だけ子供は出来たのだが流れてしまったのだ。

ごめんと言えば、それならふたりで過ごせば良いよと梓は言ってくれた。こんな番がいて僕は幸せだ。

だけど僕は思ってしまう。それなら運命の番って、何なんだろう?と。

…星屑くんを押し除けてまで手に入れたはずの、この場所は?

 

『幸せなはずの、僕と君』

 

ジリリと朝のアラームが鳴る。

みじろぎをして起きつつある梓。

いけない、梓の寝顔を見ながら重たく考え込んでいたことがバレない様にと、僕は今起きましたみたいな顔で話かけた。

「おはよう梓。そういえばさ、昨日スコーン焼いておいたんだよ。朝食に食べよっか」

「あ、良いねえ。俺コーヒー淹れるよ」

ふたりキッチンに立ち、料理を盛り付ける。ハムエッグを添えた。いただきますと手を合わせる。

梓は美味しいと食べてくれた。

綺麗に片付いた部屋。美味しい手作りの朝食、それに優しい番。絵に描いた様な幸せだ。

「コーヒーおかわりいる?」

梓がマグカップを差し出す。慣れたやり取りだ。

こんな何気ないことが僕の幸せ。
そのはずだ。

 

「良いじゃん、優馬。ちょっとだけ」

朝の身支度時に、そう言って僕にちょっかいをかけてきた梓。触れられて途端に欲を孕んだ身体。僕はこういう時だけは何も考えずにいられた。

「ん、あ…」

 

時間がやばいとようやく僕らはそれぞれ仕事場へと向かった。梓は今年から社会人になった。僕は今まで通り音楽講師の仕事。ああ。だけどこっちも頭が痛い。理由は…。

「え、カノン君、今日も休みなんですか?はあ…わかりました」

学校に着いて問題児がまたも休みと分かり、ガッカリと安堵のブレンドされた様な不思議な気持ちを今日も味わっていた。

芹沢カノン、ベータの高校生。親御さんの希望でこの音楽に力入れてる学校に入れられたらしいんだけど、本人に音楽の才能は…その…今のところ感じられるものはない。

それでもヤル気さえあれば僕は大歓迎なのだが、ヤル気もないというので困ったものだ。

しかし親御さんは大層お金持ちで、息子をなんとか音楽家にしたいらしい。なのに本人にヤル気がなくて、でも僕は音楽講師として彼の面倒を見なくてはいけないという地獄絵図だった。

ああ…イヤだよオ。

 

 

カノン君に電話をかけるもガン無視。ああ、僕が鬼怖いアルファの先生だったら無視とかされないのだろうな。半ばやさぐれつつ、授業の空き時間に繁華街に探しに行く。

ハンバーガーショップに彼はいた。ふくふくとした体型の彼。窓越しに目が合った。だけどチラリと僕を見てそれでおしまい。僕は店に入り、ポテトをつまみシェイクをすするカノン君に話かけた。

「学校来ないとダメだよ」
「興味ないです」
「音楽家になるんだろう?」
「親がどうせ何とかするんでへーきです」
「あのねえ…!」

その時店内で流れてきた、軽快なリズム。若者向けのポップな曲調。それにこの声。振り返る。店内モニタのCMに映る人好きするあの笑顔の子。胸がザワザワした。でもすごい、本当にデビューしたんだ。僕は指差した。

「ねえ知ってる?あの子ウチの卒業生なんだよ。あの子もベータだった。すっごい頑張り屋で、才能あるオメガだらけの中でも負けなくて」

僕自身、ひたむきな彼に胸を打たれていた。カノンくんも彼みたいだったら。

「…俺、頑張るとかそういうの興味ないんで」

でも僕の熱意は、カノン君に届くことはなかった。

■■■

その後押し問答してもまったくカノンくんは動かず、僕も僕で心折れてしまい次の授業を理由に店を出た。…あのふくよか体型を無理やり引き摺ってくって、無理だもんなあ…。

 

ああ、それはそれとして。ホントにデビューしたのか。頑張りが実って本当にすごいや。僕が梓と番にならなければ、きっと高校卒業まで面倒みていただろう。そう、学校から彼が去っていったのは僕のせいだ。そう思うと罪悪感で胸が痛い。

ねえ、今はどう過ごしてるんだい星屑くん。

■■■

「芹沢くんの件、ちゃんとしてくれないと困りますよ」
「はあ、すみません」

それから職員室に戻り、今度はカノンくんのことで教頭先生からネチネチ文句を言われ、僕の気持ちも更に急降下。カノン君が万が一学校辞めたら寄付金も入りませんもんね!

「オメガの先生にはちょっと難しいかもしれませんが…今はアルファの先生が足りてないですし」

「申し訳ないです、善処します」

そう笑顔を貼り付けて何とか答えた。頭の中では、ピアノを両手で持ち上げて教頭先生にせいや!って放り投げるイメージをしていたけれど。

 

 

色んな意味でクタクタになって、家に帰ってきた。はあ。梓は何時に帰ってくるんだろ。勤め始めたばかりだから覚えることも沢山あるだろうし。…職場に綺麗な女の子とか、いませんように。

ふ、と自嘲する。星屑くんから梓を奪っておいて、どの口が言うのだか。はあ…。

キッチンで晩御飯を作る。今日は梓の好きなサーモンのクリーム煮とサラダにしよう。イチゴゼリーも作ろうかな。

トントンと包丁の音が響くキッチン。

こうやって好きな人のために料理出来るだけで幸せなことだよな。そうだよな…。

と思っていたら、なぜか急にキッチンの蛍光灯がチカチカし始めた。うわ、切れてきたのかな。最悪だ。替えがない。

 

夜ご飯は食べずに待っていたら、梓からは今日遅くなるとメッセージが。了解と返す。仕方ない。働き始めはさ。

1人晩御飯をつつく。

良いんだ。梓と知り合う前、一人ぼっちで暮らして過ごしていた頃に比べれば雲泥の差だ。

誰かを待つ部屋。誰かのために作る料理。
うん、幸せな響きだ。

 

 

その日の夜は、ピアノの練習も出来ずにただソファで横になっていた。テレビを流し見し、無為に時間を過ごす。だけど子育て番組がウッカリ流れてきて、慌てて消した。ああいうの見ると胸がザワザワして仕方なかった。それに虚しさも、悲しさも…。

医師からはもう子供は望めないでしょう、と言われているはずなのに。どこかで期待してしまっている自分がいた。

 

その日の深夜。結構酔って梓は帰ってきた。多分社会人の洗礼を受けて飲み会に連れまわされていたのだろう。お疲れ様、と梓から鞄を受け取る。

「うう…きもちわるい…ごめんね優馬、もう今日寝る…」

そういってバタンとベッドに横になった梓。

晩御飯、いらなくなっちゃったんだなあ。

色々虚しくなって、僕は梓に作った晩御飯をそっと捨てた。明日食べれば良いともちろん分かっていたけど、今日の気持ちは今日受け取って欲しかったのだ。

 

■■■

翌日もカノンくんは学校に現れなかった。学校には寮があったけど、家が近い子は実家から通える。カノン君はあまりに出席状況がよろしくないため、僕は一度家庭訪問しなければならなくなった。

 

後日。改めてカノン君の家のチャイムをピンポンと鳴らす。親御さんがどっかの会長なんだっけ…?黒塗りの外車がガレージに停まっているのを横目に、僕はスーツのネクタイをキュと締め直す。ついでにメガネを押し上げた。

「こんにちは」

そう出てきてくれたのちいちゃなおばさん。ふくふくした体型と良い、この細っこい目といいカノン君のお母さんだと直感した。

「カノン君の件で、訪問しました」
「わざわざすみませんねえ、こちらです」

コンコンとノックして、自室からのそ…と顔を出したカノン君。今まで寝ていただろうそのふくよかな顔を頭の中でそっとビンタした。

「や、やあ。君の様子が知りたくて来たよ」

彼はお母さんをチラッと見て、それからひとこと言った。

「…あー、どうぞ」

ではごゆっくり、とお母さんは去って行ってしまった。

 

 

そうして通されたカノン君の部屋なのだが、まず入ってすぐ超高級ピアノが鎮座していてものすごく驚いた。

「えっあれ本物!?」
「…そうですけど」

世界的に有名なやつがこんなところにあっていいの!!?こんなところとかごめんだけどさあ…!

それに見渡す限り、音楽のCDだの譜面だので部屋は埋め尽くされていた。いや薄給の僕からしたら羨ましい限り。これだけ見ると音楽家を志している人の部屋だ。

でも…

カノンくんはベッドに戻ると、なんと漫画を読み始めた。ポテトチップの袋も脇にある。僕は確信した。絶対譜面なんて見てもいないのだろうと。

「カノン君。…ピアノが泣いてるよ」
「たまには弾いてますよ」

そのベトベトの手でかい…?
僕は内心イヤイヤながらベッドで彼の隣に腰掛けた。

「何か練習したい曲、ない?せっかく来たし教えるよ」
「えー?良いです。練習とかあんまり好きじゃないんで…」

じゃああの高級ピアノを僕にくれ!そんな言葉をなんとか飲み込む。

「ねえ、カノンくん。一体どうしてそんなにヤル気がないんだい。音楽に全然興味ないなら、他の道を志したって良いんだ。やりたいこととかないのかい?」

僕は熱心に問いかけた。こんなに若いのに時間がもったいない。もしも星屑くんみたいにガッツのある子だったら、同じベータでも道は拓けるのに。

「……」
「ねえ、前も言ったろ?あのハンバーガーショップでCMの曲歌ってた子。僕むかし教えてたんだよ。ベータだけどすごい頑張る子で…」

いろんな罪悪感や後悔が織り混ざっていたけれど、僕は星屑くんを評価していたのは事実だった。

ついぺちゃくちゃと僕は熱く語りかけてしまった。そんな僕をただ無言でカノン君は見つめる。何か伝わるものがあると良いのだけれど。僕としてはその一心だった。

「…先生、わかったよ」

お、ついに!?

いつの間にか物理的にウッカリ距離を詰めてしまっていた僕。手をそっと握られた。

ん?と思った次の瞬間、僕はベッドに押し倒されていた。

「先生、要は俺のこと好きなんでしょ。なんか熱弁してるフリしてるけど」

「え…は!?」

ノス、とのしかかられる。ウッ重い!

「先生、こ〜んなに綺麗な顔して指輪もしててさ。番いたよね確か?そのくせ俺にすごいちょっかい出してきて…家まで押しかけてくるとか、ほんと」

今までみたことのないいやらしい顔で笑って言ってきた。

「もしかして先生、ヒート?オメガってほんとスキモノなんだね」

いうやいなやワイシャツをむしられ、肌が露わになる。最悪だ、昨日梓としたばかりで…!

「わ、キスマークばっか。すげえ。先生の番って、うちの生徒だったんでしょ?噂で聞いたよ。歳下ばっか食ってんだ」

「…!」

「でも子供はいないって聞いたよー。やっぱ生徒のつまみ食いがやめられないから?」

「んな訳ないだろ!!!」

渾身の力でぶん殴って吹っ飛ばした。

「もう、君は学校来なくて良いから!!」

荷物を持って走って玄関先へ向かった。

「あら先生、もうおかえり…」
「すみません失礼します!」

お茶を持ったお母さんとすれ違ったけれど、振り返らずそう伝えた。

とにかく急いで靴を履く、革靴のくそ、靴紐が解けてる。でももう、どうでも良い!

「今日のカノン君のことは学校に報告しておきますから!それでは!」

鞄を抱えて走り出した。

「やっぱりあの先生じゃダメだわ俺。もっと練習しろって殴られちった」
「あらそう、ひどい先生ねえ。替えてもらいましょうね。見た目からして頼りなかったものねえ」

引くぐらい意地悪な声が背後から聞こえていた。

 

 

 

怒り悲しみでまっすぐ帰る気持ちには到底なれず、僕は裏路地をぶらついた。メガネ…最悪だ、落としてきてる。あんまり見えない視界の中で、なんとか歩く。ドン、と誰かにぶつかった。

「…あ、すみません」

そうして去ろうとしたら、腕をぐいと掴まれた。

「待てよ。…そんな肌さらけだして」

ア、と思い出す。背広は来ているけど、ワイシャツのボタンが飛んでいたんだ。前をかき集めた。

「兄ちゃん、すげえ綺麗な顔してるね。てか何そのカッコ。売り?痴話喧嘩の後?」
「売りじゃないですしあなたに関係ないです」

また面倒なのに引っかかった。くそ…。

無視しようとしたら前に回り込まれた。よく見えないけど、ガタイ良さそうで冷や汗がたらりと流れた。

「あんたみたいなのタイプだなあ。どう?あのホテルで」
「無理ですってば」

顔を背ける。

「兄ちゃんてオメガ?だろ?その美しさは」
「…ほっといて下さいよもう」
「良いじゃん。どう?俺と子づくりセッ」

頭にカッと血が昇った。

「子供とか出来ないです!僕そういう体質なので!!」

容赦なくソイツの膝を蹴っ飛ばして僕は今度こそ全速力で走って逃げた。さっきのセリフ、カノンにだって言ってやれたら良かった!

 

梓との子供。僕だって欲しいさ。でも出来ないんだ。どうしても皆勝手なことばかり言うんだ。オメガなんてもう辞めたい。形だけの運命の番?僕は…。

僕は子供だって育てたかった。そもそも子供が好きだから教師やってるってのに…。

 

トボトボと沈み切った気持ちで家に帰り、その晩またも帰りの遅い梓を呪った。あーあ、僕はあの学校、クビかなあ。ヤケ酒を飲む。長く勤めた学校だったけど。どうせ僕の意見なんて教頭先生聞かないだろうし。僕が一方的にカノンを殴ったことにして辞めさせられるんだろうな。ああ、ちくしょう…。

■■■

そして翌出勤日。予想通り、僕は学校をクビになった。でももうどうでも良かった。

荷物をまとめて校舎を去るとき。梓の子供が初めて出来て、ここを一度去った時のことを思い出していた。

いないはずの星屑くんが、校舎から僕を見送ってくれた気がした。

 

 

帰りにハンバーガーショップに立ち寄った。CMで出てる星屑くん。大人になったね。僕が運命をねじ曲げてしまった君…。どうしてだろう、今きみにすごく会いたいよ。そんな権利は僕にはないのに。

 

週末の土曜日。久しぶりにゆっくりと過ごせる僕と梓。カノンのことは言わず、訳あって仕事を辞めたとだけ伝えた。理由は聞かないでくれと。

「そっかあ。まあ仕事はまた見つければ良いよ。優馬ならまた見つかるって。俺も仕事頑張るし」

そういって、ベッドで優しく僕を抱きしめてくれた。色々と張り詰めていた気持ちがほぐれていく。

それに…。

「…あ、だめだよ梓」
「久しぶりじゃん、こんなことするの…」

梓が甘く耳を食む。何年経っても抱かれる時のドキドキは変わらない。やっぱり梓は優しい。優しい番がいて僕はしあわせだ、本当に。

子供がいなくたって仕事を失ったって。

だから聞いた。

「梓はさ…幸せ?いま」
「当たり前じゃん」

そう言うもんだから、梓も僕と同じ気持ちなんだと思っていた。

■■■

翌日、日曜日。梓は友達と会うからと言って出かけて行った。

なので僕は1人で久しぶりに買い物へ。新しい譜面を見て、音楽関連の本を何冊か買う。

それにしても暇だなあと思って、ふとちょっと先の大きな駅のCDショップに行ってみることにした。あれこれ見て、今日は散財OKとしよう。

大きな駅ビルの外の巨大モニタに、またも星屑くんが映る。あ、あのハンバーガーショップの例の曲、売ってるんだ。へえ、あ、案内がある。CDショップで今日イベントで本人が来る…?

ドキッとした。どうしよう、久しぶりの星屑くん…?行くべきか、行くまいか。でも会って何を話せば良いんだろう?

そう佇んでいると、ふとその駅ビルの巨大モニタをやけに丁寧に撮影している人がいることに気づいた。

ああ、あのひと熱心なファンなのかな。背丈が梓と同じくらいだなあ。あの人がかぶってる黒のキャップ、梓同じもの持ってる。アウトドアブランドのやつだ。…ん?っていうかあの紺の上着も斜めがけのバッグも、全部一緒じゃん。え…。

ドクンドクンと心臓が鳴る。

そろり、そろりと用心して横から回り込む。どうか違います様と。

だけど…。

「…あ、あずさ…」
「!!!」

ハッと振り向いた梓。犯行現場を抑えられた人みたいなバツの悪そうな顔をして、キャップをぐいと下げた。

そんな…今日全然違う駅にいるはずだった梓。友達に会うって…星屑くんを苦し紛れに無理やり『友達』って言ったってこと?どうしてなんだい、梓…。

星屑くんの歌を聴くことだけは良いよ、追っても良いよとは言ったけど。イベント行っても良いよなんて僕は言っていないのに。

「その、ごめん優馬。違うんだ」
「あ、良いよ良いよ。大丈夫だよ。あのCM僕も見たことある。すごいよね。あ、イベントやるんだってね。えらいよね。あ、えと、僕はこのまま別のどっか買い物行くからそれじゃ」

「あっ優馬待ってよ!」

僕は全速力で逃げ出した。だってそうだろ。思い出すさっきの梓の背中。アイドルに恋してる人みたいな、あの背中。そう思うだけで胸が刺す様に痛んだ。梓はあの後どうするんだろう。さすがにイベントには行かないかな。でも僕が声をかけなければ、どうしていたんだろう。心臓が割れてしまいそうだ!

 

走って走って、歩き疲れてようやく立ち止まる。適当なベンチに座った。

…ここんところの僕は逃げてばかりだ。色んなことから。

僕らの間に子供がいないことがのしかかる。僕らは運命の番のはずだった。でも、愛する梓とはずっとふたり暮らしのまま。じゃあそれって、星屑くんでも相手は良かったんじゃないかと僕ですら思ってしまう。

梓もそう思ってるのかい?あの時、僕を選ばなければ良かったと。胸がキリキリと傷んだ。

その時。
ちょっときつい雰囲気のハンサムな男性が目の前を通り過ぎていった。電話している。『ひかり』って聞こえて、少しドキッとした。たまたまだよね、きっと。

…。

はあ、とため息を吐く。運命の2人は番になって末長く幸せに暮らしました、だったらどんなに良かっただろう。

梓は僕と一緒にいても幸せじゃないのかい…?

■■■

ひっそりと家に帰ってきたら、梓はもう家にいた。靴が玄関にあってドキッとしてしまった。

扉がガチャ、と開く音で梓がすっ飛んできた。

「優馬、おかえり!」

ウグ、と息が詰まってしまった。いま1番向き合いたくないひと。

「優馬。全然電話出てくれないから」
「…ん、ごめん…」

やっぱり別れてくれと言われたらと思うと、怖くて仕方なかったのだ。番は解消出来ないはずなのに。いつも僕はこうして内心ビクビク暮らしている。

「ね、優馬。こっち来てよ。今日はごめんね。ゆっくり話そう」

リビングのソファにふたり並んで座る。

「ひかりのこと。ごめん、黙ってて。本人に会ったりしてないよ。でもごめん、嘘言わないで普通に言えば良かったね」

「う、うん」

でも事前に言われて気が動転しない訳もなかった。

「梓、その。どうして…」

「ああ、その。…俺は仕事をようやく始めたばかりで、正直よく怒られたりしてさ。でももちろんこれから頑張らなきゃいけないじゃん?

仕事帰りにたまたま寄ったお店で、ひかりがCM出てるの見てさ。ああ、すごいなって。同い年のはずだったのになあって…」

「良い刺激になったってこと?」
「そ。俺も頑張らなきゃなあって」

仕事のことなら一応社会人歴は長い僕に相談してくれたら良かったのに。内心気持ちが沈む。

まあでも…。

「…確かに同年代の子の頑張りはさ、励みになるもんだよね」

「うん、そうなんだよ。…でもごめんね。ひかりの歌を聴くことだけは許して欲しいって言っておいて。今日みたいな感じだったら、そりゃ嫌だよね…ほんとごめん、優馬」

「ああ、いや。良いんだよ。梓の気持ちはわかったから」

僕らは歳が離れている。若い梓の気持ちこそ、僕も考えてあげなきゃいけなかったんだ。うん。そうそう、そうだよね。

気持ちが前を向きかけ、つい余計なことを言ってしまった。

「ってか星屑くん、そういえば前よりなんかきれいな感じになったよね。透明感あるっていうかさ」

「あ、優馬もそう思った?ひかり、良い感じになったよなあ」

 

梓としては何となしに言ったセリフだったんだと思う。

だけど僕は、梓が一瞬、ほんの一瞬照れたような表情をしたのを見逃さなかった。前を向きかけた気持ちが急速に萎んでいった。

 

 

その日の夜。仲直りした風に僕らはベッドを共にした。時折不完全なヒートが来る僕の体だから。オメガが誘えばアルファはそれに乗る。欲を帯びた体は熱くて仕方がない。お互いに。優馬、梓、と呼び合って、キスして舐めて噛みついて交わる。

「ん、あ、だめ…」
「く…」

体はこんなにピッタリと触れているのに。どんなに欲が放たれようと、溢れた液体が太ももを伝わろうと。心は離れたまま。

 

全て終わったあと、梓に背を向けシーツに包まれながら考えた。

『ひかり、良い感じになったよなあ』ってセリフが何回も頭の中を通り過ぎ、出て行ってくれない。

僕が梓との愛の結晶を産んでいたらあんな台詞を聞いても揺らがないでいられたのかもしれない。僕は子供にこだわりすぎているのかもしれないけれど、でも愛を信じられる何か基盤が欲しかった。

暗闇の中で目を閉じる。真っ暗なのは変わらない。

僕らは幸せなはずだった。少なくとも僕はそう思っていた。でもそう思い込もうとしていたのだろうか。

幸せとは似て非なるいびつなものに、僕は縋り付いていたのかもしれない。きっとそうなのだ…。

■■■

「梓。番を解消してみるっていうのはどう…?」

「え!?」

翌朝。ベッドで切り出した僕に、梓は目をまんまるにして驚いた。僕だって分かっている。それは出来ない約束なんだってことを。でももう無理かもしれないと思っていた。

「えっいや、急にどうして!?やっぱりひかりのこと怒ってるの!?」

「怒ってるんじゃないよ…でもうまく説明できないんだ」

梓はあれかこれかと僕を問いただした。こんなに焦ってる梓なんて初めて見るなあ…。

「仕事もうまくいかないし、その。自分の気持ちも分からないし。だからどこか遠くに行って1人で人生を見つめ直したいなって」

「ゆ、優馬ぁ…!」

訳が分からないよね。ごめんねこんなに頼りない歳上の番で。イヤだね僕だって、梓の立場だったらさ。

「あー、優馬。長い間ずっと番として一緒に過ごして来たろ!?何でも良いからもうちょっと俺に気持ちを教えてよ」

どうやって表現したら良いって言うんだろう?後悔とコンプレックスと哀しみの折混ざるこの気持ちを。

キュ、と手を握られてどうにか絞り出した。

「…梓の子供が出来ないのが辛いんだ。梓がどこかに行ってしまいそうで…」

「うっ昨日のことを気にして?いや、ごめん。本当に。そんな大層なことじゃないんだよ」

嘘だ。僕には分かる。梓と長く過ごして来たから。今でもホントは君が星屑くんに恋してるってこと。昨日のあの後ろ姿だけでもう僕には分かるよ。

けどもしかして梓には自覚がないのかもしれない。無意識のうちに星屑くんに今でも心惹かれてるってことが。それが僕には辛く苦しかった。

それを指摘しなかったのは、せめてもの僕の矜持だった。

梓は僕の肩を抱いた。

「でもね優馬。子供は無理だろうってお医者さんに言われてるしさ…。ペット飼うとか、どう?

…って…優馬はそうじゃないか」

「ん…」

もちろん動物だって大好きだ。だけど…。

「そうだなあ。そしたら思い切って養子縁組して、子供貰おっか」

「え…」

フワ、と心が浮上して顔を挙げた。少し苦笑している梓。

「優馬は子供が好きで、自分で子供育てたいのもきっとあるんだよね。先生って仕事を選ぶくらいだもんね」

「あ、梓…。でも、良いのかい?」

「ん。良いよ」

「ま、まだ薄給のくせして…」

「それは余計だよ?これから頑張るの!給料は上がってく予定だから!安心してよ」

つい悪態をついてしまった僕に、梓はぺしんと突っ込んだ。つい声を上げて笑ってしまった。こんな風に笑ったのいつぶりだろう。

僕は嬉しかった。子供のこともそうだけど、僕が子供育ててみたいって思ってた本心を見抜いてくれたことが。梓は思ってたよりも僕のことを分かってくれていた。

 

 

僕は梓の運命の番。

運命の番の子供を産むことは出来なかったオメガ。

だけどそれでもしあわせに生きる、ただ1人の人間。

 

 

end

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