僕はどきどきしながら聞いた。
「お、お母さん…いるんですね?」
「あたりめーだろ俺を何だと思ってんだよ」
「あ、いえ。そういう意味じゃなくて…」
テディと違うんだなあと思っただけなのだが、うまく説明出来なかった。
雷さんの冷たい声にあたふたして僕は続けた。
「な、仲良いんですね〜って思っ」
「別に。今は音信不通」
「え…」
どうしてですか?なんて聞ける雰囲気じゃなかった。僕らは気軽にそんなことを話せる間柄じゃないんだ。
でも雷さんの心の奥に言いようのない苦悩があることはハッキリと感じ取れた。この人もまた誰かに助けを求めている…?心がずきりと傷んだ。
「……」
どうしたら良いのか分からないまま、無言で僕はバスタブに座り込んでいた。裸体にぶかぶかのテディのジャンパーだけ羽織って。場違いというか何というか、僕だけ異世界の人間みたいだ。
「…それにしてもテディって何で藍をこんなに気に入ってんだろうな」
雷さんはバスルームの壁に背中を預けて座っている。
「あ、えーと。要はテディはお母さんが死んじゃってていなくて、僕にどうやら母性を求めてるみたいで…」
ひとの個人情報喋っちゃって良いのかなとどきどきしながら概要だけ伝えた。
雷さんは眉を片方吊り上げた。
「ああ…ふーん…なるほどね…まあ分かるかも」
見つめられてドキッとした。雷さんて綺麗な女の子と綺麗な男性のちょうど真ん中って感じで、何か見つめられると変にソワソワしてしまう。
そんな気持ちを誤魔化すように言った。
「え、分かりますかね…?男の僕に、母性ってとこが?」
「まあ、皆そうじゃね。ウチのメンバーはさ」
雷さんはゴク、と持参してきたペットボトルの水を一口飲んだ。冷たい瞳で宙を見ている。
え、皆そうってどういうこと??雷さんもってこと…???頭の中はハテナだらけだ。熱っぽい身体なのも良くない。頭が働いてくれない。
「…ってか聞かねーの」
「え…」
「…俺の母さんのこと。さっき濁したのに。突っ込んでこねーし」
「え。き、聞いて良いんですか…?」
サラサラのアッシュの前髪の下、ちょっと不機嫌な瞳が僕を捉えた。
「お前は俺のことが気にならねーのかよ」
「え、知りたいですお願いします…!」
最後のセリフは強引に引き出されたような気がするが、雷さんは話し出した。
「俺の母親はなあ、俺に俳優になってほしかったんだよ。だから小さい時から子役をやってたって訳。俺が子役で活躍出来てた時は母さんはしょっちゅう褒めてくれたもんだった。何でもかんでも。
…俺は自分がまるですごい人間になったみたいに思えてた。俺は凄いんだって…」
僕はうなずいた。雷さんの容姿とストイックさがあれば子役も出来るだろう。それに認められれば嬉しくなる気持ちだって良く分かる。僕もそうだもの。
「…けどな、年齢が上がるにつれて仕事がとれなくなってきた。背が伸びて、だけど女顔なのは変わらず、声も高めのまま。男の役も女の役もどっちもハマらない。演技力も頭打ち。俺は後輩にもどんどん抜かされて…母親は俺を認めなくなった」
雷さんは俯いて頭を振った。以前雷さんから聞いた『どうせ俺は…』ってセリフが頭の中で蘇った。
胸がギュッと苦しくなった。雷さんは劣等感にまみれて生きてきたのだろうか。
「俺はついに俳優の道を諦めた。アイドルやってみないかって言われてそっちに舵を切った。
俳優になれなかった俺を母親は切り捨てた。俺は、雷って名前じゃなくて『ねえ、そこの人』って呼ばれるようになったんだよ…!」
雷さんは苦悩で悶える様に顔を覆った。
「そ、そんなあ…!」
それにしても酷い話だ。聞いてる僕まで辛くなってくる。
「ど、どうして雷さんのお母さんは俳優にこだわっていたんですか?」
「…誰だか知らないけど、俺はとある俳優と母さんの間に出来た隠し子みたいな存在なんだってさ。結婚できなかったのが悔しくて、俺を俳優にすれば見返せる…そう思ってたんだってさ。アイドルに転向してから聞いたよ。
…でもさあ、そんなの知らねーよ!って感じだろ!なあ、お前もそう思うだろ!?」
「僕もそう思います…!」
なんて話だ。雷さんはそうやって親の事情に振り回されて生きてきたのか。昔は夢だった俳優の道にも敗れて…。
雷さんが他人を寄せ付けないのも、心開かないのも、もう他人に惑わされたくなかったからなのだろうか。もしもそうなら悲しすぎる。
「だからさあ…藍。俺はお前が大っ嫌いなんだよ」
「え…」
スッと立ち上がった雷さん。細身だけど長身に見下ろされると怖い。
「雷さん…?」
「お前は母親がしてきたみたいに、俺をおだてて良い気分にさせてよ…俺はまるで自分がデキる人間になったみたいな気がしちまう。どうしてそうやって関わってくるんだ藍、誰かから俺の話を聞いてワザとやってんのか?」
温度のない瞳が僕を捉える。背中がザワついた。悪寒がする。テディが僕を追い詰める時のと同じだったから!
「や…やだ…雷さん。違います、僕は本心で言ってただけで…」
首を振りながら後ずさった。このあとどうなるか、なんとなく予想がついてしまっていた。
「本心で?じゃあ尚更厄介だよお前は!」
一気に距離を詰められて首を絞められた。くそ、まただ…!
「は、離して!う、ぐ…!」
「俺の心の空洞埋めといて勝手にいなくなって、んでテディのモノになってんじゃねーよ!」
力がすごい。顔はこんなに綺麗なのに力はやっぱり男のものだった。
「藍。他のヤツのモノになるな。俺のそばにいたいって言えよ。じゃなきゃもうここには来てやらないから」
どうして皆そんな無茶ばっかり言うんだ。僕の体は一つしかない。それに心だって。
意識が遠のく。こんなんもう何回目なんだろう。僕は命がいくつあっても足りやしない。
「俺は藍に認められたい。そしたら俺は生きていけるんだよ…」
どうして皆そんなに悲しいこと言うの。
僕はテディのためにも雷さんのためにも生きてはあげられない。僕が側にいたいのは亜蓮さん。もう興味は持たれていないけど…。
続く

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