短編小説

【短編】むしって捨てた

受けくんが好きな人に嫌われるただかわいそうな話です。定期的にこういうのが書きたくなるんですけど、趣味じゃない人は読まない方が良いと思います。

うっすらとポケ○ンをオマージュしています。

虫が嫌いなマスターと、蝶々系に進化しちゃったポケ○ン少年のお話です。一応美形×平凡。

ーーーーーーーーー

「ミュウは本当可愛いな〜進化したらどうなるんだろうな!」

そう言ってマスターは僕の頭を撫でた。マスターとはまあまあ長い付き合いなんだけど、僕がなかなか進化出来ないので色々申し訳ない感じ。

でも僕をずっと可愛い可愛いと愛でてくれて、僕もマスターがだいすき!

「待っててマスター!きっとそのうち進化するから!」

にこにこ笑ってじゃれあった。抱きしめられるとどきどきする。マスターは背が高くてカッコ良いんだ…!

 

進化ってのは良く分かんないんだけど、要するに新しい自分に生まれ変われるってことらしい。

もしも新しい自分になれたら、僕はマスターに初めて想いを伝えたいなって思ってるんだ。

早く進化出来ないかなあ、楽しみ!

 

***

ある日の朝。何だか背中がじくじくと痛んで変な感じで目が覚めた。

何だろう?と思って姿見の鏡で見てみたら、なんと背中から蝶の羽みたいなものが生えていた。びっくりしたついでに鏡倒してヒビをいれてしまったけど…!

慌てて鏡を起こしてもう一度羽を確認する。

光に反射して結構キレイだ。

これが進化ってヤツかな!?

やった!やった!!!

早くマスターに知らせなきゃ!きっと喜んでくれる!

僕は別の部屋で眠っているマスターの部屋へと走って行った。

 

 

「こっち来るなよ!お、お前なんか大っ嫌いだ!」

喜び勇んでマスターに報告した僕は、しかし信じられない言葉を浴びせられた。

「俺、虫が大っ嫌いなんだよ。ざっけんなよあの店主!」

マスターはすごく怒りながらどこかへ電話をかけ始めた。

「もしもし!?以前にそちらでモンスター買った者ですけど!猫系に進化するって聞いてたのが蝶になって!」

それにしてもすごい剣幕だ。よっぽど怒っているみたい。僕はただ電話が終わるのを部屋の隅っこで待っていた。

20分程して電話は終わった。

「購入から3年だから返品は不可、って死ねよあの店主!!!」

壁をひと蹴り!ビクウと縮こまる僕。マスターは部屋を出て行った。

僕が思い描いていた進化とは、随分違ったみたいだった。

 

 

今日からお前はここに住め、とマスターの家から少し離れた小屋に僕は移された。離れみたいな場所。

「…飯は持ってくるから。じゃあな」
「…ぁ、ま、まって…!」

バタンとドアは閉じた。外から鍵が掛かる。マスターの衣服を掴み損ねた手が空を切る…。

進化して、マスターに好きですって伝えるはずだったのに…。僕はへたり込んだ。どうしてこうなってしまったの?この羽さえ生えてこなければ…。

あ、そうだ!どうして思いつかなかったんだろう!?こ、この羽がなければ良いんでしょ!?そうだよね!?マスター!

 

僕はゴクリと唾を飲み込むと、覚悟を決めて自分の背中から羽をむしり取った。

「あああああ!!!」

悶絶する痛みだったけれど、マスターに大っ嫌いと言われた心の方がよっぽどずきずきと傷んでいた。

マスターが持ってきてくれた僕の荷物。その中にあった割れた鏡。

それにおそるおそる背中を写してみる…。

羽は失われていた。根本から。

「良かった…」

そう呟いて僕は気を失った。

 

 

…夢を見ていた。

小さいころ両親に捨てられたこと。両親の顔は覚えていないこと。店主に拾われたこと。僕は長い間買い手がつかなかったこと。もうちょっとで殺処分になるところだったこと。マスターがある日現れて、僕を拾い上げてくれたこと。マスターはたくさん遊んでくれたこと。僕はごく自然にマスターを好きになっていたこと…。

 

ハッとして目をさます。気づけばまた朝になっていた。

…背中がむずむずしている。嫌な予感がする…。

!!!

何気なく立った鏡の前で僕は絶句した。

昨日むしり取ったはずの羽がまた生えていたからだ。嫌味な程に綺麗な水色の…。

『大っ嫌いだ!』
マスターの叫び声が頭をよぎる。

「イヤアアアアア!!!!」

割れた鏡の中の僕は、顔を酷く歪めていた。

 

 

それから来る日も来る日も、僕は食事を持ってきれくれたマスターに大嫌いだと言われては羽をむしって捨てた。しかし無情にも翌日には羽は元通りに再生した。僕は自分の運命を呪った。

止められない涙が頬を伝う。

どうして僕は好きな人の好きな人になれなかった?

マスターはもう随分この部屋を訪れてくれていない。どっさりと食料をまとめて置いて行って、それっきり。捨てられちゃったかな、嫌われちゃったかな。でもご飯だけはくれたから、きっとマスターはやさしいんだ。僕のことを心配してくれている。きっと忙しいんだ。そうに決まってる…。

マスターは来ないのに、僕は自分の羽をむしって捨てることが辞められないでいた。

ずっとむしっていればいつか羽が生えてこなくなる気がした。

そうすればいつかマスターが迎えに来てくれる気がして…。

『ミュウ、よろしくな!』

いつの日か聞いたマスターの声がどうしてももう一度だけで良いから聞きたかった。

誰も僕のお話なんて聞いてくれないから、僕はただただノートに思いをかいた。

 

 

 

それからしばらく経ったある日の朝。沢山の綺麗な羽の中で埋もれる様にしてひとりの少年は死んだ。それは鳥の巣の中でひな鳥が穏やかに寝ている様子にも見えた。羽をむしる行為は生命力を大きく削ることだと少年は知らなかった。

 

 

部屋の前で靴音が鳴る。

思い直したマスターが部屋を開けるまで、あと少し。

 

少年は知らない。マスターが見たこともない顔で少年の死体に飛びついたこと。それから程なくしてマスターに重い病が見つかったこと。少年の羽が特効薬になったこと。沢山の羽があったから薬が作れたこと。

少年のたどたどしい字で書かれた日記を最後、部屋を片付ける時にベッド下から見つけた時のマスターの慟哭も…。

 

 

 

end

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