僕はそれから丸2日ほど養生した。
「念のためだ」
そう言ってお医者さんを呼んで僕を診させてくれたお父さま。
不器用ながら優しい部分もあるのかも…なんてちょっと期待したのは間違いだったのかもしれない。
僕の心身に何も問題はないことが分かると、お父さまは無慈悲にこう言った。
「それでは出ていきたまえ。暁都の連絡先は消すように」
「やっ嫌です!!」
僕から取り上げた携帯を目の前でひらひらさせながら、事もなげに言う。暁都さんにもそういえば似たようなことされたことある。発想が同じなのは実に親子らしかったけど、今はそんなこと言ってる場合じゃない!
「それではこの携帯はこちらで破棄しておくまでだがね。君、これを持っていきなさい」
お父さまがメイドさんを呼んで携帯を本当に持っていかせようとする。ヤバいガチで破棄する気だ!!
「わーっ待ってくださいよ!それそもそも僕の携帯なんですよ!?う、訴えちゃいますよ!!?」
「金で解決する問題だろう。どうせはした金だ」
ちろん、と『何を言っておるのだ君は』みたいな顔で流された。うわ、お金持ちには訴えるなんて無意味なんだ!
あの携帯には暁都さんと撮った写真とか思い出のメッセージのやりとりとか色々詰まっててアレだけは失いたくない!!
今まさに消えゆく携帯!
「あーーーッ!!!どうかご勘弁を!!!」
お父さまにみっともなくしがみついたものの、即振りほどかれて床に転がされた。
「くう…っ!」
受け身の取れない僕は目を白黒させてお父さまを床から見上げた。
暁都さんも武道の心得があるらしいけど、それもお父さまから譲り受けたのだろうか?
「君も随分しつこいようだね。ではこっちに来たまえ。希望なんぞ打ち砕いてくれる」
ドクンと心臓が跳ねた。何か切り札を持っているんだお父さま。もの凄く嫌な予感だけがしていた。
お屋敷の中を通されて、ここだと案内されたとある部屋。
「君、分かるかね。ここの小さい窓から中庭が見えるだろう。暁都がそこにいる」
「え!?」
久々の暁都さんが見れると思って僕は心跳ねる思いで窓から見下ろした!あっ本当に暁都さん!ふわふわのウェーブがかった癖っ毛にオシャレな服装、あとあの背格好!
…って、え…?
中庭のベンチでは暁都さんともう1人別の女性が座っていたのだ。綺麗で品の良いお嬢さん。よく見えないけれど、2人は何か談笑している様子で…。
「暁都は見合い中でね」
「ええっ!?そ、そんな!ウソだ!!」
「嘘なものか」
小さい小さい窓に張り付いて僕はふたりが何を喋っているのか把握しようとした。くそ、でも全然分かんない…!!
「あ、暁都さーん!!!!ねえーー!!!!」
ダンダンダアン!!!と窓を精一杯叩いたけど、全く気づいてくれない!
「君は人ん家の窓を割る気かね」
「ううっ申し訳ありません…!」
冷たい声に僕はしおしおと手を引いた。確かに僕は人ん家の窓になんて事を…。
「分かっただろう?さっさと新しい相手を探しておるのだよ。君も切り替えたまえ」
「そ、そんな!!信じられません!きっと妹さんとか従姉妹とか、あっほらなんか編集さんとか税理士さんとかその辺でしょう!?」
希望を込めてそう言ったのだが、僕の想いは儚くも打ち砕かれた。
談笑混じりに立ち上がった2人だったのだが、暁都さんがその時そっと女性の背に手を回したのだ。それはエスコートするような感じで…。
「ほう、君は付き合う気もない女性の背に手を回すのかね。それに暁都に妹はいない。あいつは一人っ子だ」
僕の動揺を的確に突くかの様にお父さまは言った。
え、まじであれお見合い…?そうなの…?
冷たい汗が伝い降りる。
僕から見えるのは2人の後ろ姿だった。
女性が機嫌良く暁都さんの腕にその手を絡めるのを見てしまった。暁都さんも振りほどこうとはしない。参ったなって感じに軽く頭を振って見せただけで…。
え…?
「分かるだろう?新しい門出なんだから邪魔しないでやってくれるかね」
信じていたものがガラガラと崩れ去っていく。
そんな…。
「さ。自分の状況が分かったところで帰りたまえ」
「……」
「それとも彼らの見合いを最後まで覗き見していくのかね。随分な趣味だ」
これ以上の絡みを見せられたら、自分自身どうなってしまうか分からない。どこまでが嘘でどこまでが本当だったの?暁都さん…教えて…。
「家の入口へ案内しよう。いやその前に携帯だ。これで暁都の連絡先を消す気になったろう」
「…。……はい…」
気づけば放心状態で暁都さんの連絡先を消去していた。
***
「ほら、荷物だ。君、暁都と一緒に住んどるそうだがそっちもすぐに出ていきたまえ。別の住まいをこちらで用意してある。荷物はそちらにすぐに運ぶように。ウチの者が手伝う用に手配しよう。住所はここだ。それからこれはしばらくの生活費だ」
小切手をサラサラ書いてその場で渡してくれそうになったのをお断りした。
「あ、いいえ大丈夫です…それくらい自分でなんとかしますから…」
手切れ金の類は一切欲しくなかった。本当に別れを認めるみたいで…。いやもう半分認めざるを得ない状況ではあるんだけど…。
屋敷を出る直前、僕はお父さまに言った。
「…でも。それでも…僕は暁都さんを待っていますから。僕の本心を書いた誓約書の裏面、暁都さんに渡してくださいね。絶対ですよ」
「ああそれぐらい良いだろう。まあ君の本心を知った上でどうするかは暁都次第だがね」
僕はそっと押し出される様にして屋敷を出た。
ガシャンと無慈悲に締まった門はすぐに鍵が掛かり、それから2度と開くことはなかった。
どうしたら良いのか分からない。頭の中が真っ白だ。
来た道をやけに長く感じながら、とぼとぼといつまでも歩いた。
暁都さんと女性の後ろ姿が頭にこびりついて離れてくれなかった。
***
「父さん!なんで勝手に見合いなんか組んだんですか!?いきなり来られたら困りますよ!」
「前から言っておいたろう」
見合い後にカチキレた俺に、父さんは堂々と嘘をついた。
今日の午前、父さんに突然こっちに来いと訳も分からず引っ張られてリビングに行ったら、昔から付き合いのある名家のお嬢さんが何故か来てたんだ。俺は心底ビックリした。あれ、この子神戸とかの子じゃなかったっけ!?って。
「この度はお声がけどうもありがとうございます。嬉しいです」
「え!?あ、はい!?」
とか言われて突然お見合いが始まってしまったのだ。神戸から東京にわざわざ来た人をトンボ帰りさせるのは忍びなかった。どんな女性であっても冷たくあしらうのはどうも苦手だ。それに昔から彼女の家にはこっち側が世話になったりで借りがあった。
それらしくお茶を濁し、中庭で時間を潰した。
絶妙に噛み合わない会話を敢えて繰り出し、相手の興味を削ごうとした。何よコイツって早めに振って欲しい。しかし相手の方が若干上手だった。
「緊張してらっしゃるのですね」
ふんわり微笑まれて俺は参った。
やばいどうしよう。早く終わらせなきゃ。そう思って立ち上がったのだが、相手のヒールがどうにも高くて歩きづらそうだったんんでさっと支えてしまったり、ついでに腕組まれてしまって俺はヒヤヒヤしてどうしようもなかった。たっくん違うんだこれは浮気じゃない、って。
それでもどうにか早めに切り上げて帰ってもらって、すぐに父さんの部屋に向かった。
しかしまったく悪びれることのない父さん。
「見合いの何が問題なのだ。お前ももう独り身だろう」
「違います!!」
「まさか小春くんを気にしておるのか。随分めでたい奴だ。彼なら帰ったと何回も言ったろう。ま、自分の目で確かめるが良い」
もう俺を拘束する気のなさそうな父さんをやや不思議に思いつつも、俺は家中を探しに走った。いや、きっとどこかにいるはずだ!たっくんは帰ったりしない!
離れか!?地下室だろ!?そう思って心当たりのある場所は全部探した。
…でもたっくんはどこを探しても見つからなかった。そんな訳がない!
そう信じていたけれど。どこをどう、何度も、家を何周探してもたくみはいなかった。
本当にたくみは俺を置いて消えてしまったのだった。
***
僕は何も考えられずに帰りの電車に乗り込んでいた。来る時は意気込んでいたはずだったのに、な。
どこで僕らはすれ違ってしまったのだろう。どこからウザいと思われてたんだろう。暁都さんの優しさに甘えてしまっていたな…。
電車の窓に頭をもたれた。ガラス窓には随分しおれた自分が写っている。絵にならないね、本当…。
暁都さんが僕を褒めちぎって持ち上げてくれるから、僕は勘違いしていたのかもしれない。自分が素晴らしい人間にでもなった様な気がしていた。
違ったのにね…。
儚い夢だったのかな。
せめて僕は連絡が来るのを待つのみだ。待ってるね暁都さん。
きっと迎えに来てね。
続く

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