それから色々お土産みたり京都のおすすめグルメを堪能している間も、頭の中にあったのは暁都さんの実家問題。極力何でもない風に過ごしていたけれど、ずっしりと重くのしかかっていた。
それはお互いさまだったのかもしれない。暁都さんも僕もいつとなしにイチャイチャ過ごした。金閣寺の前で写真撮る時もコートの下でそっと指先を絡め合ったし、人目のないちょっとした場所があればその度キスをした。
今後もこんな風に過ごせるよね…?そうだよね…?
今までは外でもやたらくっつきたがる暁都さんに苦笑したりコラッて怒ったりしてたけど、暁都さんも今までずっと不安だったのだろう。分かってあげられてなかったな…。
帰りの新幹線乗り場で。夕暮れを眩しそうにしながら佇む暁都さんを僕はじっと見つめていた。絵になる立ち姿だなあ。仕立ての良い黒のロングコートにマフラーを巻いている。
ふとこっちを振り向いた。
「…たっくん」
「何?」
ふふとちょっと笑うだけで何も教えてくれない。訝しがる僕だったけど、15分遅れでやってきた新幹線に乗り込む時に暁都さんは耳元でコソッと教えてくれた。
「さっきのやつね、絵になるなあって思ってただけだよ」
「それはあなたの方でしょうよ」
ふふと悪戯に暁都さんは笑った。僕にはそれがすこし寂しそうにも見えた。
こうしてあっという間に僕らの小旅行は終わりを告げた。忙しい暁都さんはそんなに休めない。
帰りの新幹線の中、僕の肩に頭預けて眠る暁都さんを見ながら神に願っていた。
どうかこれが最後の旅行になりません様にと。
***
やや感傷的な気持ちで我が家えと帰ってきた僕ら。マンションについた時におそるおそる確認したが、瀬川さんの姿はなかった。
ほう…っとしてリビングでくつろぐ。
「あああ〜良かった…色々良かった…たっくん、コーヒーお願いして良い?」
「もちろん」
コポコポとコーヒーを注ぐ。こんなやり取りももう随分慣れたものだ。
「慣れた我が家も良いね…」
「そうだねえ」
「…それでさ、俺ん家行く件なんだけど…来週末でどうかな」
「ん、良いよ」
暁都さんのお家が随分厳しいということで、一応ちゃんとした感じで訪問しなければならないらしい。キッチリ感ある服装をまた一式を買ってもらってしまった…!
誰でも知ってるブランドで『あのマネキン着てるやつ、彼用に上から下まで全部下さい』とか言われてさ。値札とか怖くて見れなかった…。
そして当日朝。暁都さんまで随分カチッとした服装着込み出してどうしたのと聞いた。
「実家行くのに暁都さんもそんなにちゃんとしないとだめなの?」
「前にね、小説家なんてどうせ良い加減な仕事だ、どうでも良い暮らししてんだろって言われたことあったんでね。…武装しよってこと。
うるせ〜!1着50万ぐらいの服ぐらい買えるわいってな。たっくんのも合わせて買う経済力ぐらいあるっつーの!」
やっぱこれそんなするんだ。ヒッという気持ちで僕の身を包むジャケットを見下ろした。
まあその一方で。ツイードのジャケットを着てヘアジェルで前髪撫で付けた暁都さんが僕的に超カッコ良かったので内心ドキドキしていた。いつもの緩い服装の時と違って理知的な雰囲気にまた磨きがかかる。
準備してる暁都さんチラチラ見てたのが鏡越しにバレたのか、彼は振り返った。
「ん、何?」
「僕の旦那さま、カッコイイなあって思って…」
「!…くう〜ッ今そういうカワイイこと言うんじゃない!しかし出発まであと15分程。ぬぬぬ…!」
悶絶しながら苦悶の表情を浮かべる暁都さんも、それはそれで美味だったのである…!
***
東京方面の新幹線に乗る。しばらくコーヒー飲んだり本読んだりしていた暁都さんは、急に席を立った。
「ダメだいかん酔ってきた。俺デッキんとこ立ってるわ」
「え、大丈夫?僕も行くよ」
乗り物酔いなんて普段しない暁都さん。やっぱりストレスで…?
デッキのとこに着くと暁都さんは壁に寄りかかってじっと外を見つめだした。外国人ぽさのあるその横顔は、眉を顰めている。何を思っているの…?
「…ウチさ、親とも敬語で話すんだけど気にしないでくれよな」
「え?何それ…?」
「大正時代かよって感じだろ。それだけ古〜い家ってコト。ま、面白くねー時代劇でも見てると思って俺たちの会話は聞いといてよ、ね」
ハハと笑って言った暁都さん。笑い飛ばしたいのに出来ないから、ちょっと寂しそうに見えた。
僕まで少しシュンとしてしまう。
「…暁都さん。そう言えばさ、また煙草吸っても良いよ?僕は気にしないし」
きっと今も煙草吸ってたらこのタイミングで吸ってただろうなあと思ったのだ。どうにもならない気持ちってあるもんね…。
「ん?良いよ。もう辞めたし。たっくんと長生きしたいし。煙草の代わりにたっくん吸うから良いんだ」
何言ってんのもうというセリフはキスの合間に消えた。
乗り継ぎながらも電車に揺られること数時間。
最寄り駅について少し歩く。暁都さんの足取りが重い気がするのは、きっと気のせいじゃない。
さっきから同じ建屋の周囲のコンクリートブロック塀沿いを歩いているのだけど、それにしてもここすごい敷地面積だなあ。少し汗かいちゃうくらい。竹とか生えてるのが覗いているし。庭に池とかある系?美術館か何かかなあ。
「…あ、見えてきた。たっくん、ウチここ。あそこ入り口ね。分かる?」
「え!?ここ!?さっきからずっっっと塀沿いに歩いていきたここ!?」
「そ」
「ま、まじで言ってる!?」
「うん。デカくて邪魔だろ。ごめんな潰してスーパーとかにしたほうが良いよなハハ…」
ひたすらにアタフタしてしまった僕。え、美術館みたいな家が実家って本当にマジ!?
改めて彼は真のお坊ちゃんなんだなあと実感して壁を感じてしまった。
「あ、その顔辞めてよ。お金持ちなんですね〜僕と違うんですね〜みたいなさ。傷つくだろ」
「うっ…ごめん…!」
「たっくんは俺の味方だろ…?」
「うん!そ、それはもちろん!」
暁都さんはこんなド平民である僕が並んで良い相手なのかは甚だ疑問だったが、そばに寄り添いたいのは何よりの事実だった。
「チャイム押すから。ちょっと待ってて」
深呼吸して暁都さんはリンゴンと玄関チャイムを
鳴らした。暁都です、という少し他人行儀な声と共に。
少しして中で足音が聞こえた。身構えて待つ。ガラと扉を開けて現れたのは…1人の女性。白いエプロン着をしている。こ、これは…!
「おかえりなさいませ」
「父さんは?」
「別館の応接室でお待ちです。ご案内いたします」
慣れた感じで案内される暁都さん。
僕はガチでお手伝いさんのいる家庭を初めて見てしまったのである。ってか別館…!
2階の渡り廊下を歩いて行くと該当のお部屋に近いらしいので、促されるままについていく。
暁都さんの実家は確かに歴史ある感じの日本家屋だった。そして装飾がいちいち凄かった。壁には立派な額縁に入れられた巨大な絵画、階段の踊り場の窓には繊細なステンドグラスが嵌め込まれている。
こんな実家って存在するだね。しかしこの造り、この雰囲気からしていつからあるんだ…?下手すると明治?建て替え作り替えを経て現在に至るの…?まじどんな家…?
渡り廊下を歩いていくと、庭が一望出来た。てかでっか!いやあもう暁都さんと僕の生まれの差よ。暁都さんには絶対言えないけど、正直圧倒されちゃっていた。まじで僕では分不相応な相手だ。
そしてついに辿り着いてしまった。応接室とやらに。緊張でゴクリと喉が鳴る。
「どうぞ」
お手伝いさんはドアを開けてくれた。
逃げてはいけない勝負が今始まる。
***
「父さん、お久しぶりです」
「遅い。座れ」
冷たい声にぎくりとする。
奥の革張りの椅子から声を掛けてきたのは、暁都さんのお父さまという人物。
暁都さんの40年後の姿というくらいふたりはよく似ていた。整った鼻梁はそのままに渋さを加えた感じ。
だけど眼光は鋭く、暁都さんの持つ甘さや優しさのカケラも感じられない。
とにかく神経質そうで、精神を一点に尖らせている。こんな人に尋問されたら生きた心地がしない。冷や汗が出てしまいそうだ。
これは暁都さん、落ち着かない実家暮らしだっただろうと容易に想像がついた。
しかし何はともあれまずはご挨拶を!
「あ、あの初めまして!小春たくみと言います。本日は突然お邪魔して申し訳ありません!」
お父さまは僕にチラリと一瞥し、それだけだった。
一瞬で興味を失われたのを感じた。評価の土俵にすら乗せる相手ではないと。
「家に相応しい再婚相手を連れて来いと再三言ってきただろう。出直してきなさい」
「だから僕の再婚相手ですよ。小春たくみくん」
「後継はどうする気だ」
「作りませんと言ったでしょう」
「お前には自覚が足りんのだ。代々継いできたこの家を守るという自覚が」
「じゃあこんな家売ったら良いんです。家に人間が縛られるなんて本末転倒ですよ。…馬鹿げている」
「暁都!良い加減にしなさい!」
信じられないことにバッシャアと湯呑みのお茶をかけてきた!
「あ、暁都さん!大丈夫…!?」
ポタポタと雫が滴り落ちるのをハンカチで拭いた。ギュッと手のひらを握った暁都さん。
「僕浮気されてるんですよ?もう女性はこりごりだと何度も言ったでしょう」
「お前が不甲斐ないからだ。全く不出来な奴だ」
…!
クッと唇を噛んで暁都さんは言った。
「家にしか興味のない父さんには分からないでしょうね!僕の気持ちは!」
続く
月夜オンライン書店では、過去に掲載したシリーズの番外編やココだけの読切作品を取り扱っています。
リンクはこちらから🔽
※boothとnoteは取り扱い内容同じです。
よろしくお願いします♪