ふっと笑って亜蓮さんは席を立った。どこか楽しそうに玄関へと向かう。僕は外でガンガン遠慮なくドアを叩くテディの勢いがちょっと怖かったというのに。
とりあえずそっと着いていく…!
亜蓮さんがガチャとドアを開ける。開けた瞬間テディは亜蓮さんの胸ぐらを掴んできた。
「亜蓮!!お前、良い加減にしろ!何だよさっきの!」
「今何時だと思ってるんだ、お子さまクン。なんだそれにお前今日泊まりのはずだろ?写真見てぶっ飛んで帰ってきたのか、ご苦労さん」
「おんまえええ!!」
わざわざ火に油を注ぐ亜蓮さん。喧嘩好きなのか!?ヒートアップしていく2人に割り込んだ!
「ちょっと!!ちょっと!!!喧嘩終わりいい!!!
その時キラ、と一瞬目を光らせたテディは、僕の腕をグイと引いた。亜蓮さんをドオン!と両手で遠慮なく突き飛ばし尻餅をつかせた。
「藍は俺と来るの!」
そう言って部屋を出ていく去り際、亜蓮さんは猛烈に余計な一言を言った。
「藍!さっき無理させちまってごめんなあ!」
バタン、と重たい扉は閉じた。
***
無言でズンズン進むテディ。掴まれた腕が痛い。離してくれそうになんてない。何も喋らないテディの背中だけが見える。怒ってるのかな?そうだよね…。
何も喋らないテディはこわい。
たどり着いた駐車場には1台のタクシーが。
「乗って」
有無を言わさず押し込まれた。
「どこまで行きます?」
「来た道戻って」
テディがタクシーの運転手さんとそんな短いやり取りをすると、車は走り出した。
プイと外を見つめているテディ。
「テ、テディ。もしかしてタクシーで来たの…?」
「…そうだよ」
「えーっと、今日泊まってた場所って…」
「タクシーで2時間のトコ」
「え!?料金やばくない!?」
さああっと血の気が引いた。庶民には払えない金額だ。
「別に。深夜料金で2割増しだろうと平気。金なら幾らもあるし。そんなのどうでも良い。
…そんなことより俺は…!」
どこか虚ろな言い方で言い掛けて、テディは途中で辞めてため息を吐いた。
「はあ…ま、ホテル着いたら話そう。マネージャーには言わないで勝手に出てきたからバレてないと良いんだけど。
…俺明日5時起きだから、今タクシーでちょっと寝るね。膝かして」
そう言って勝手に僕の膝に寝転んできたテディ。
僕を見上げた薄紫色の瞳。『藍、すき』って唇だけで言ったその男の子は程なくして眠った。
いつの間にか僕まで眠っていたらしい。
タクシーの運転手さんに起こされて、僕らは起きた。テディが数万円払うのを信じられない気持ちで見つつ、僕らはタクシーを降りた。
「静かに…マネジャー起こさないでね、バレたらうるさいから…」
こっそりこっそりホテルの廊下を通り抜け、テディの部屋へと入った。
パタンと扉が閉まった途端にテディが抱きしめてきた。僕の首もとの匂いをふんふん嗅いだ。
「ああ〜藍の匂い。あんまり亜蓮の匂いしなくて良かった。…亜蓮の匂いに染まってたら亜蓮を殺しちゃうかもしれなかった」
ゾク、と背筋が震えた。テディの力強さだとありそうだと思ったのだ。
「ってかさ、さっきの何。亜蓮が『無理させてごめん』て言ったの何!?まさか…ふたり…!?」
「え!?いや、ないない!!キ、キスみたいな写真は勝手にイタズラで撮られただけで、その先とか別にホントないから!!」
「ホント?」
「ほ、ほんと!!」
疑り深い瞳でジッと僕をしばらく見つめた後、テディはふうとため息を吐いた。
「はあ、まあなら良かった…俺は色んな妄想が膨らんで、いてもたってもいられなかった」
亜蓮さんの予想通りだ。うっ弄ばれてかわいそうに…!
「それにクマくん捨てられてて俺はショック。折角の俺と藍の繋がりが…」
眉根を寄せて心底悲しそうな美男子。ううっ何でテディはいちいち母性を刺激してくるんだ、僕は男だけど…!!
「く、クマはまた僕お詫びに買っとくよ!?」
「良いもん。また亜蓮が捨てそうだし。
…あ、そうだ!良いアイディア思いついた!」
パッと一点明るい顔になった。テディのお願いは出来るだけ叶えてあげないと、と思ったのだが。
「お揃いでどっかタトゥー入れよ?同じクマくんデザイン」
「は…?」
やたらニコニコして言っている。冷たい汗が背中を伝い落ちる心地だった。
え、さすがに冗談だよね…?
「ね!どこにする?へそら辺?胸らへん?背中もアリだね?」
「え!?い、いや、それはちょっとどうだろう!?」
「…何?藍は嫌なの?俺と一緒なのが」
その声音に一瞬だけど心底ゾクッとした。何なんだろう、この子が時折覗かせる仄暗さは。
「い!?いやそうじゃなくてさ!ほ、ホラ、アイドルは勝手にタトゥーとかダメじゃない!?撮影にも影響あるしさあ!?」
咄嗟に思いついた割に良い感じの答弁だ!お願いテディ!!
彼はう〜むと眉根を寄せている。
「…そっか…確かに…。今度雑誌のグラビア撮影あるもんな…。
ハア、アイドルってホント自由ない。マジ最悪ー!」
諦めてくれて心底ホッとした。良かった…!!!
「あーあ。残念。藍の身体に消えない俺の痕跡を残したかったのに…」
ゾワゾワした。言い方が逐一怖いんだよ。
「タトゥーはダメなら、また何か考えとくね。藍。待っててね」
「うっうん…!?」
うう、テディ。一体次はどんな案を出してくる気なんだ!?
「て、テディ。そういえばもう大分良い時間だよ!?明日朝早いんでしょ!?寝な!?」
「あー、そうだね。寝るか…。
藍。ココ来て」
ベッドに潜り込んだテディ。隣に潜ってまたムギュと抱きしめられた。
「あ、そう言えばもうこれは決めたことなんだけどさ。今度から俺が泊まりの時は藍も一緒ね。
亜蓮が何するか分かんないし。それで藍はずっと俺の部屋で俺の帰りを待つの。
部屋から出すと不安だからずっと部屋に閉じ込めときたいな。良いよね?」
深夜だからテディのヤンデレも2割増しなだけで、明日になれば普通になるって誰かに言って欲しかった。
続く

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