暁都さんのマンション下、ガチャガチャとボタンを押す。しかしエレベーターは待っていても一向に来ない!
「たっくん!階段で行こう!」
「うん!」
階段で駆け登り、ゼエハアゼエハア現れた僕ら。
ぼくらの部屋の前で佇んでいた紫乃さんは言った。
「あら、間に合っちゃったのね。もうすぐで鍵屋さん来るはずだったのに…なんて嘘よ。そんなことする訳ないじゃない」
ロングヘアをさらさらとすきながらそう言った彼女だったが、僕にはあながち冗談を言っている風には見えなかった。この人隙あらば・・って思ってるんじゃないかって。
重ねて彼女は言った。
「それにしても汗だくねえ。ずっと外にいると冷えるわよね?お家、入ったら?」
言外にただし私も一緒に入るけど、と聞こえていた。
紫乃さん、これが狙いだったのか…!
『家庭訪問』
「紫乃!コーヒー飲んだらさっさと帰れよ!」
はあいとのんびり言う彼女。ティーカップを片手にソファに座り、随分優雅だ。
でも居座る気なんだろうなって僕には思えた。『お腹すいた』と言われたんで一応出してみた栗のパウンドケーキをめちゃくちゃゆっくり食べている。あれ、絶対わざとだよなあ。・・僕が食べたかったのに・・。
「それにしてもおうち片付いてるのねえ〜」
「たくみがやってくれてるからな」
若干自慢気にされてちょっと気まずいっていうか恥ずかしい。
「あらそう?すごいのねえ私掃除って苦手だわ」
「知っとるわ」
暁都さんのツッコミにふ、と笑った紫乃さん。
ちょっと、いやかなりテンション急降下した僕。
はあ、そうか。改めて思うけどやっぱこの二人、夫婦だったんだもんね・・。
掃除苦手な紫乃さんのために、暁都さんがアレコレ片付けとか掃除とかやってあげてたことがあるのかなって浮かんじゃってさ・・。暁都さんは好きな人には色々良くしてあげたい人だから、きっとそうだったんだろうなって。はあ。
「たくみさん。これご馳走様。ウエットティッシュあるかしら?スカートにこぼれたわ」
「え?あっはい!これどうぞ!」
突然話しかけられてドキッとしちゃった。
紫乃さんてなんかこうマイペースなんだけど憎めないとこあるなあ。やらかした悪事は鬼の様だけど・・。
ティーカップやら皿を下げようとした僕の手を、紫乃さんは突然キュッとつかんだ。ドキッとした。
「ところでこんな広い素敵なお家、ルームツアーして欲しいわ。ダメなんて言わないわよね?このまま寒空に女突き返すほどあなたたちって冷たい人間なのかしら?」
「うっえ・・?あ、えええ・・?」
非常に断りづらい言い方されて、僕はたじろぐ。そしてなんか頷いちゃった。
この人、さすがにあの暁都さんの元奥さんだっただけあるなあって思った。口先が強い・・!
一通りザックリお部屋を紹介してあげた。
「えっと〜ここがウォークインクローゼット、ここがお風呂・・まあ、こんな感じです。これで良いですかね・・?」
「まあまあ立派ね」
「まあまあ!?」
そうか、この人も実家が爆裂お金持ちだからか。
ウチの玄関ぐらいね、的な?真のお金持ち、こわいよお・・!
遠くの方で暁都さんは苦虫を噛み潰した顔をしてワインを飲んでいる。良かった聞かれてなさそう・・!
「家の手入れ大変じゃない?私手伝ってあげても良いわよ?」
「いや大丈夫ですから。それにさっき掃除苦手って言ってたじゃないですか」
そしてこわい。この人セールスマン向いてると思う。玄関扉に靴先ねじ込むタイプの・・!
ヒールのとんがった靴先捩じ込まれるのが容易に想像出来てしまった。
あれこれと紫乃さんの探検は続く。そして遂に・・。
「ね、ここ何?ひょっとして寝室かしら?」
「あっそこは・・!」
紫乃さんが無邪気に寝室のドアに手を掛けようとした。
そこは僕らの愛の聖域!パジャマとか色々とっ散らかってるし!ってかさすがにやめて欲しい!!
そこは辞めて!って言おうとした僕の頭上から声が聞こえた。
「紫乃。やめろ。まじで許さないからな。それにもう良いかげん帰れ」
「!」
低い声にドキッとした。やば・・めちゃくちゃ怒ってる時の声だ。僕の元彼氏にキレた時もこんな感じの声を出していた。
「・・・」
本能で危険を察知したのか、すっと紫乃さんは引いた。
良かった・・。
「・・ごめんなさい。もう帰るわ」
「ああ。そうしろ」
冷たい言い方がちょっと僕の胸にも突き刺さる。
僕が暁都さんにこんな言い方されたらつらくって泣いちゃうかも。大丈夫かな?紫乃さん・・。
心なししょんぼりして見えるか細い背中。紫のカーディガンを羽織っている。
鞄を持って玄関へと向かう彼女。見送るべく僕は着いていったのだが。
「・・暁都。お見送りは?」
廊下の壁に背を預けてそっぽを向いていた暁都さんに、紫乃さんはチラッと寂しそうに言った。ロングヘアが揺れている。
なんか居た堪れない気持ちになる。
ウェーブがかった髪をガシガシと掻いて、暁都さんも玄関先へと来た。
「・・ほんじゃね。永久にさようなら。もう一生来るなよ」
「そんな寂しいこと言うもんじゃないわよ」
「ふん・・」
去り際、紫乃さんは振り返った。
「あ、忘れ物」
「はあ?忘れもん?良い加減に・・」
って抗議しようとした暁都さんの襟首をぐいと引っ張って、紫乃さんは暁都さんの頰にキスをかました。
「!!!」
唖然とした僕らに悠々と言った。
「隙あり♡また来るわね」
って・・!!!
***
翌日。オフィスで。
昨日あの後どうなったの?と超ワクワク顔で聞いてきた瀬川さん。それはスキャンダルを楽しむ隣人の顔だった。
でもなんか瀬川さんの方がマシに思える。謎の安心感を覚えて、僕はやけっぱちに概要を話した。
ただしキス事件は黙っておいた。なんか・・夢だったことにしたくて・・。
あれから、めちゃくちゃ焦ったアキトさんが『あれは陰謀なんだ』とか『さっきのは夢だから全部忘れろ』とか、謎の催眠術かけようとしてくるし。もう催眠術にかかったことにしたかった。
「へえ、ホントに家まで押しかけて来ちゃうんだあ。押しかけ女房だねえ」
かちゃかちゃとパソコンのキーを叩きながら苦笑した瀬川さん。
「女性の本気のアタックは結構すごいからなあ。それにしても敵情視察がうまいなあ彼女。暮らしぶりを見たかったんだろうね。どっか破綻ポイントはないか・・的な。アキトさんもモテると大変だねえ」
ふふふと笑った瀬川さん。
「まあ、コーヒーでも飲もうよあそこの自販機で。奢ってあげるからさ、気分あげてこ♪」
「瀬川さん・・」
心配してくれてるのかなあなんてちょっとホッコリしてしまって、はあいとついていった。
◆◆◆
「〜♪」
今日は早めに仕事を終えてアキトさん家にやってきた。ちょっとね、思いついた案があったんだよねえ。
今日はたくちゃん、アキトさんと食事デートとか言ってたし。ふたりの帰りは遅いはずっと♪
それにしてもこのマンション、エレベーター来ないねえ。仕方ない、カンカンと階段を登る。
もうね、おじさんには無理よお。
登りきったところでふう、とひと息。
さてさて、想定のお客さんは来てるかな?
当たればラッキー、くらいの気持ちで来てみたら。
…いた。該当の部屋の前。
綺麗なロングヘアの相当な美人女性。
ピンと来た。
精一杯感じの良い声で話しかける。
「こんにちは。もしかしてあなた、シノさん?」
「?そうですけど…」
「僕、瀬川って言います。アキトさんとは友人なんですよ」
「あら、そうなんですの。暁都ったら中々帰ってこないのよ」
「えー、せっかく来たのになあ。そうだ、良かったらどこかでお茶でもしながらゆっくり待ちません?僕ねえ、彼のルームメイトのたくみくんとも仲良しなんですよ♪」
「ええ、良いですよ」
利害が一致する者同士、初めて接触成功した瞬間であった。
続く

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