それからタクシーを見つけて、僕らは乗った。
揺られながら外を見ている海里。僕の手を握ったまま。そっと握り返すと、更にギュッと握り返してきて、僕らはすこし笑った。
僕よりも大人びている海里の横顔を見つめる。
少し痩せた。翳りを落とす瞳。少し外に跳ねた後ろの髪。部屋着みたいな服。慌てて外出てきたんだろうなあって思ってる内に強烈な睡魔がやってきて僕は寝た。
しばらくして目を覚ますと、見慣れた海里との家、ベッドの上だった。起こされた記憶はないから・・タクシーからまた運んでくれたんだろう。
随分久しぶりな気がする海里との家。色んなことがあったっけなあ・・ぼんやりしていると、海里が部屋に入ってきた。
「起きた?飛鳥。飲み物持ってきたよ」
リンゴジュース持ってきてくれた。ちょうど飲みたかったんでごくごく飲んだ。
ぷは、とグラスを離した僕から、すっとグラスを回収してくれた海里。
「海里さあ、付き人の才能あるよ」
「そう?」
「・・僕意外の誰かにその才能、使おうって思ったことないの・・」
「ないよ。飛鳥は別の人に使って欲しいわけ?」
いや、そんなことないけどさ・・。僕はふる、と首を振った。
「今更だけどさあ、なんで海里は僕のことそんな好きって思えるの?僕には分からないよ」
「覚えてない?」
「何を」
「飛鳥が俺を落とした日のこと」
え、全然覚えてない。記憶を辿るもまったく心当たりはなかった。
「・・俺たち兄弟ってよく似てるだろ。で、兄貴がちょっとだけ優秀だったんだよ。親も親戚も、まずは慶太くんすごいわね、って褒めたあとオマケみたいに海里くんもすごいわね、って褒める。それが小さい時は死ぬほど嫌だった」
ああ、確かにそんなこともあった。負けず嫌いの海里はそんな風に人から言われては影でブチギレて泣いてたっけ。小さい頃の海里は。
僕の手をそっと握った海里。
「それでさ・・ある時飛鳥に愚痴ったんだよ。俺って兄ちゃんのオマケなのかな、出来損ないなのかなって・・覚えてない?」
ふとある情景が頭をよぎった。うん?なんか覚えてるような・・?
「そしたら飛鳥さあ、『海里の方がすごいところだってあるよ。足速いし優しいし。僕の気持ちを分かってくれるところなんて、海里が1番だよ』って」
「・・ああ〜!やっぱり思い出した!それ小学校1年くらいの時のウサギ小屋の前で話したやつじゃない!?」
「そう、それ。俺を1番にしてくれた飛鳥が嬉しくてさあ・・飛鳥を絶対幸せにするぞ!って俺は誓ったのに、飛鳥は慶太が好きでさ。ずるいよ本当。俺を好きにさせておいて何なんだよ」
ふふとバツが悪くて笑ってしまった。
「だけどさあそんな些細なことで・・?」
「まあ、俺にとってはものすごく大事だったってこと。まあ他の人には分からないだろうけどさ・・」
ちょっと寂しそうに笑った海里をそっと抱きしめた。
「そんなに辛かったんだね、海里・・」
「・・そ。だから飛鳥がいないとダメなんだよ俺・・」
僕らはたまらずキスをした。
「子供も飛鳥も、俺が守るから」
僕を優しく撫でた海里。僕からそっとベッドに誘った。身体を傷つけない様、精いっぱい気をつけて。
こんなに心通う行為は初めてだったと思う。
日付が変わる頃。シャワーを浴びてベッドに横たわっていた。もう眠るだけ、という時。
ふと聞いた。
「海里。僕がいない間どうしてた・・?」
「泣いてブチギレてたよ。部屋やばかったよ。まあもう片付けてあるけどね」
そっか・・
「もちろん猛烈に探した。どっかで事故にでも遭ってるんじゃないかと俺は生きた心地がしなかった。分かる?俺のこの気持ち・・」
ごめん、海里・・。
「でももしかして慶太のところにいたら?ってふと思い至ってめちゃくちゃしんどかったな。
本格的なヒートもうすぐだったはずじゃんて。ヒートのオメガとアルファが一緒にいたらどうなるかなんて、言われるまでもないだろ」
ふうと海里は目を閉じた。
「ごめん、海里。本当に・・」
「まあだけど飛鳥がどっかで事故で死ぬよりは、慶太とどうのこうの方がナンボかマシだよなって何か逆に冷静になっちまったんだよ。悟っちゃったのかな、俺はさ・・。
でも慶太電話出ねえし。居場所は俺も知らないし。んで咲也さんにも迷惑なほどに電話をかけちまったなあ・・」
ドキッとした。咲也・・。
「そしたら咲也さんが慶太に怒って連絡いれてくれてさ。それで慶太とやっと連絡取れたんだよ。咲也さんには頭あがらねえ・・」
離れてても心配してくれる親友。
咲也。また逢いたいよ・・。
***
翌日。病院に行って検査をしたら、やっぱり僕は妊娠していた。付き添ってくれた海里は、僕の肩を抱いてくれた。
どうしよう、本当に妊娠していた。今後の出産までのスケジュールを聞いていくけど、正直あんまり頭に入ってこなかった。心の中がざわざわしてしょうがなかったんだ。
だけどそんな頭でもキャッチできた情報があった。
「子供の遺伝子検査・・ですか?」
医師によると、お腹にいる子供のわずかな細胞のカケラから今は遺伝子検査が出来るらしい。
「後々揉めない様に父親と特定してから出産に臨みたい、なんて意見も最近多いのでね。やりますか?」
僕と海里は顔を見合わせた。
「・・俺はしたい。飛鳥は?」
「良いよ、やろうか・・」
と言う訳で海里の採血もして、検査結果は後日ということになった。
病院からの帰り道。
「海里。検査、良かったの?」
「うん」
多分望まない結果を手にするだろう海里。
申し訳なくて申し訳なくて、どうしようもなかった。
数日後、再度病院を訪れた僕。海里を説得して一人で結果を聞くことにしたのだ。
海里はしぶしぶ病院の外で待つことになった。
こちらが検査結果です、と渡された紙。死ぬほどドキドキしながら紙を開いた。
海里はああ言うけど、実際慶太が父親って証明されたらやっぱキツいはずだ。やっぱり番は解消しようなんて言われるよな・・なんて思いながら覚悟して見た。
「・・え、父親は海里・・?」
99.9999%海里と親子関係を証明する、って書いてあった。
え、まじ・・?さっきとは別のドキドキが胸に迫る。まじで?でも何度書類を見ても、同じことが書いてあった。
念のため医師に聞いた。
「これ間違いとかって・・」
「ないですね。その結果だったらそうですよ」
病院の外で、結果を伝えると海里は気が狂った様に喜んだ。
そして海里は即慶太に電話をかけた。検査結果を矢継ぎ早に伝えるや否や、その電話口で叫んだ。
「ざまあみろ!!!」
それで海里と慶太の電話での話し声が僕にも漏れ聞こえちゃったんだけど。
『そりゃそうだろ』
「何虚勢はってんだよクソ兄貴。負け惜しみは大概に・・」
『だって飛鳥を抱いてないもん俺』
「は!?」
『俺が見た飛鳥のヒートみたいなやつ、妊娠初期にだけ現れる異常なやつだなと思ってさ。俺、いろいろ調べてたから知ってた。んで、これは手を出すと諸々ヤバいやつだな〜と思って、途中でちゃんと辞めたわ。やっぱ飛鳥途中で気を失うみたいに寝ちゃったし」
「なんでそれを言わなかったんだよ!!!?」
『俺だけ失恋するのが嫌だから。お前だけ幸せになるなんてズルいから。俺の不幸せにもちょっとは付き合えよ弟よ。
まあ、あと愛しい弟をちょっとからかってみたかったから。何はともあれおめでとさん』
ワハハと悪戯な笑い声が聞こえてきて・・
「・・・死ね!!!!!!」
海里の怒号がビリビリと響いた。
でもこれで本当にパパとなった海里。
今まで以上の過保護っぷりで僕とお腹の子供を溺愛した。この人が番で良かったなあ、って僕は本当に思った。
***
それから3年後。
ピンポンとインターホンの音がなる。
「あ、海里出て〜」
はいはいとドアを開けた海里。僕らのマンションに遊びに来てくれたのは咲也・・それに慶太。
「わ〜咲希くん、大きくなったねえ」
しみじみと僕らの子供を抱き上げた咲也。子供の名前は、大好きな親友から一文字頂いたのだ。
希望が咲くような人生になりますように。そんな願いを込めたのだ。
そしてそんな咲也の左手薬指にはリングが嵌まっている。慶太があげたものとは別の。
「そういえばさあ、この間大輔がね・・」
咲也があっけらかんと話し始めるのを若干ヒヤヒヤしながら聞く僕。
慶太と番を解消した咲也は、今度こそ工藤先輩と番になったのだ。咲也は幸せそうだ。ちょっと工藤先輩とのことをボヤキつつも、なんだかんだ順調でハッピーなのだった。
チラッと見た慶太は、ふふと苦笑しながら言った。
「咲也。工藤先輩が嫌になったらいつでも戻ってこいよ」
「やです〜」
色んなことを乗り越えて、こんな冗談言い合える仲にも戻れた。いつの日か、高校の時の僕らみたいだ。
でも一個だけ違っていることがある。
「俺、それでも咲也が好きだから。待つよ、ずっと」
そうマジメに言った慶太に、咲也は一瞬止まりつつもハイハイと笑って流した。
そう、あの野心家だった慶太はいつの間にか変わっていた。御曹司だのなんだの抜きで、本気で咲也に恋していた自分に気づいたのだ。
慶太の片想いはまだ続く。それがいつの日か実るのかは、誰にも分からない。
ああ片想い症候群、完治しますように!
end


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よろしくお願いします♪
最終回ありがとうございます!今までで一番、気持をもんだストーリーでした!どいなっちゃうのかなと。海里の手を取った飛鳥。えらい!海里も素敵。離れてみなければわからないことってありますよね。まだ片思い症候群が、なおらない方もいますが、これからですね!お疲れ様でした。
>白いライラックさん
最後までお読みいただきありがとうございます( ´∀`)なかなか一筋縄でいかないストーリーになりました。今までで1番ダークな作風だったかも??
最終的にはちゃんとくっついた飛鳥と海里でした!( ´∀`)慶太はこれからまっすぐアタックして今度こそは咲也に振り向いてもらえると良いですね◎
最後までお付き合い頂きありがとうございました!