海里が泣くとこなんか初めて見て、僕は何も言えなかった。この子、こんな悲しそうな顔で泣くんだって初めて知ったから。ブン殴られる、いや蹴っ飛ばされるか。覚悟したけどどんな衝撃もなかった。その代わり、海里は慶太をぶん殴った。
「こんのクソ兄貴!!」
ガタイの良い男二人、取っ組み合い。止めに入ったけどまったく焼石に水で僕にはどうにも出来なかった。
「いくら何でも筋ってのがあるだろ!」
胸ぐらを掴んでブチギレた海里。
「仕方ねえじゃん!ちょうど飛鳥のヒートが来たんだから!お前もアルファなら分かるだろ、拮抗薬がなけりゃキツイんだ。タイミングだったんだよ!」
海里を突き飛ばし、そして馬乗りになった慶太。見下ろして言った。
「お前がだらしないから飛鳥に逃げられたんじゃないのか!」
「うるせえよ!!!黙れ!!慶太だって咲也さんに振られたんだろ!!言われる筋合いねえよ!!!」
「うるせえ、うるせえうるせえうるせえ!!!」
痛いところを突かれたのか、慶太は吠えた。海里の言葉にグッサリ傷ついて耳を覆った慶太。ギュッと瞳を閉じている。
「飛鳥を咲也さんの代わりにしようとするなんて、最低なんだよ!!俺は飛鳥が好きで迷ったことなんかない!」
「・・!!」
一瞬虚を突かれた慶太を跳ね除けて、海里は立ち上がった。
一方ぼうっと座り込んだままの慶太。肉親の海里の声はグッサリと心の奥底に届き、悲しみの蓋を開いてしまったみたいだった。
やっぱりショックだったんだ、慶太。今まで僕に見せてた顔は表向きの顔。
見ているだけしか出来なかった僕のところに、海里がフラ・・と近づいてきた。ドキッとした。
「一緒に帰ろう、飛鳥。もう酷いことしない。・・誓うから」
な、と差し出された手を僕は握った。
ギュ、とふたりの手が重なった時、僕はこの手が握りたかったんだと思い知らされた。
***
具合の悪い僕を、海里はよいしょと背負って歩き出した。
良い歳した大人がこんな年下の子に背負われて、申し訳なくて恥ずかしくて仕方なかった。
歩くよと言ったけど、頑なに拒否された。
「タクシー拾うまで我慢だよ、飛鳥」
暗に身体を大事にしろと言ってくれている海里が、僕には悲しかった。
誰もいない夕暮れの道。
海里ってこんなに視点が高かったんだ。昔は僕の方が背が高かったのに。スポーツで鍛えられた逞しい肩にしっかりつかまっていた。
「・・そう言えばさあ。高校の時もこんな夕暮れの日に一緒に帰ったことあったよな」
「えーと、いつの話だろ・・?」
海里とはしょっちゅう一緒に帰ってた。
「『慶太に、飛鳥のことどう思う?って聞いてみたけど興味ないって言ってたよ』って伝えたときあったじゃん。覚えてない?」
「あ、ああー、あったねえ。そんなことも・・」
「あの時俺さあ。飛鳥に慶太のこと諦めて欲しくてあんなこと言ったんだよな・・そしたら飛鳥、傷ついて走って先帰っちゃったっけな・・」
「・・・」
ありし日の感傷。
あの時のぼくらは皆ただの幼馴染で、友達だった。そこから間も無くして番が2組出来て、そして壊れていくなんて思いもしなかったね・・。
冷たい風が頬を撫でた。なんて名前をつけたら良いのか分からない感傷に飲み込まれてしまいそうだった。海里の服に、キュッとしがみついた。しがみついてしまった。いつもの癖で。でもダメだ。裏切ったのに甘えちゃ、ダメなんだ本当は。
俯いた僕に海里ははっきり言った。
「飛鳥。まずはちゃんと病院行こうな。妊娠はしてないかもしれないし」
僕は曖昧に首を振った。
「・・でも・・こんなに怠くて微熱がずっと続いてるんだ。風邪じゃないし。・・十中八九、そうだよ・・」
海里は悔しそうに遠くを見た。何を見据えているんだろう。彼の瞳には何がうつっているのだろう。
「まあさ。でも父親は俺かもしれないじゃん?」
なくはないけれど・・。そうなら良いけれど。
「・・タイミング的に多分慶太だよ・・」
「夢くらい見させろよ」
ふ、とほんの少し海里は笑った。
「俺もパパかあ。ついになあ」
なんてふざけて言う海里が辛くて仕方なかった。涙が込み上げるのを耐えた。グズ、なんてやるなよ飛鳥。泣きたいのは海里の方だ。
「・・俺さ、まえ飛鳥の誕生日のディナーの時に大事な話あるって言ったじゃん。
あれはさ、子供そろそろちゃんと作ろうなって話をしたかったんだよ。避妊薬飲んでるの、もう辞めない?ってやんわり言おうとしてさ・・」
子供欲しがってたもんね、海里・・。
でもさ・・。
「・・やっぱり慶太の子だったらどうするの・・」
「それでも俺と一緒に暮らそう、飛鳥。俺はやっぱり飛鳥を手放せそうもないんだ」
そう優しく言った海里。僕を縛りあげて監禁した彼はもういなかった。
続く

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