褪せた壁紙のぼろい家。簡素な寂しい部屋。ついこの間まで咲也に身をついやしていた慶太の腕が僕に絡みつく。
「や、ダメだよ!慶太・・っ!」
慶太の手が僕の衣服に手をかけた。キスされて、僕はハッと目を見開いた。慶太とキスするのは初めてだったから。
「慶太・・!」
そういう僕の手を押さえつけた慶太。
ふたりの温度があがる。最悪のタイミンングで訪れた最悪のヒート。拒まなくちゃいけないのに自分で止めれそうもない、悲しいオメガの性。
「飛鳥・・飛鳥。可愛い顔するようになったじゃん。高校ぐらいの時と違ってさ」
はは、と慶太は薄く笑われて僕は恥ずかしくなる。言い訳をしたかった。
「僕、おかしいんだ、今日。ヒートが、変で・・普段、こんなんじゃ、ないんだ・・」
息があがってめまいがする。そうか、ここんところずっと海里と行為ばかりしてたから。そのせいで体に変なスイッチが入ってしまったんだろうか。
僕の頭を優しく撫でた慶太。ドキッとした。
「ああ、そういえばそういうこと咲也もあったっけなあ・・ヒートって強弱あんだよね」
カッとなる。今ここで咲也の話するなんて・・!
「慶太っどうしてそういちいちデリカシーない・・、んだ・・」
ごめんごめんと悪戯に笑った慶太にまたキスされて抗議の言葉は封じられた。身体が熱くて頭もクラクラしてしょうがなかった。
いけない、だめだ。こんなこと。それに・・
「・・海里が・・」
「飛鳥だって海里の話するんじゃん。今は忘れたら?」
そう慶太は囁いた。
なし崩し的に行為は続けられた。でも強すぎるヒートのせいなのか、僕は途中から記憶が途切れている・・。
***
どれくらい時間が経ったのだろう。
ハッとして目が覚めた。あれ、僕、どうしたんだっけ・・。
「飛鳥。起きた?」
見上げれば慶太がいた。慶太は服着てる。僕は素肌に毛布。思い出した。
「最悪・・」
「それが目覚めて一言目のセリフなのかよ」
あははと慶太は笑った。
「風呂沸かしてくるから待ってな」
そう言って風呂場へと消えていった。
一人見送る。
やばい、風呂どころじゃない。いやでもシャワーは浴びなきゃか。でも・・でも・・頭ん中がグルグルして思考がまとまらない。
しばらくして僕を呼びにきた慶太。促されてシャワールームへ行った。
頭から冷たいシャワーを浴びながら考えた。一つ明白なこと。
それは僕が海里を裏切ってしまったってこと・・。
それからどれくらい冷たいシャワー浴びただろうか。慶太が呼びに来て、僕はハッと我に帰った。
「大丈夫か、飛鳥・・うわっくそ冷え!シャワー水じゃん飛鳥。大丈夫か!?」
僕を引き上げてくれた慶太。
心ここにあらずの僕。身体拭いて寝巻き着せてくれた。普段こんな甲斐がいしく世話を焼きたがるのは海里の方で・・
「飛鳥。風邪ひくからもう寝ろ。な」
布団しいてくれた慶太。ひと組しかない布団、一緒に潜るしかなかった。
「変なことしたらダメだからね」
「もうしたじゃん」
「・・!」
「嘘ウソ、何もしないよ。俺も疲れたし。おやすみ・・」
暗がりの部屋。
慶太に背を向け、僕は眠れる訳もない夜をこれから過ごすことになった。
キッチンの方を意味もなく見つめながらつらつらと考えた。僕の身体、おかしなヒートの熱は既に引いていた。何だったんだろう・・?かわりに残るのはひたすらなだるさだった。
カチコチと時計の音がする。壁にかけることなく適当に置かれた時計。今は夜の23時40分。
・・海里、どうしてるだろう。怒ってるかな、心配してるかな。でもやっぱりブチギレてるのかな。呆れてるかな。どうしてるんだろう・・。
『あーすか』
思い出すのはいつも海里のあの朗らかな呼び声。どうしてだろう、こわい海里の一面だって知ってるはずなのに。でも僕にはもう会う権利はない。
どっちつかずだったなあ。僕。
ずっと慶太が好きで、諦めきれなくてここまで来た。海里といる時は慶太を思い出して、こうして今慶太といる時は海里を思い出している。どっちつかずだ。海里のこと、何の疑いもなく好きで入れたらよかった。でも・・僕らの間には亀裂がある。優しい笑顔のした、僕を騙してた海里・・。
でもどうなんだろうな。僕のことすごい好きでいてくれたよな、あの子は。ちょっと執着心が重いタイプではあったけど。
背後でもぞ、と慶太が動いたんでドキッとした。・・ただの寝返りだったみたいでホッとした。かすかに寝息が聞こえる。慶太って図太いんだなあ。思わず苦笑した。
ぼんやりした頭で取り止めのないことを考えている内に朝になり、ようやく朝6時頃睡魔は訪れた。
***
朝10時。慶太がさすがに僕を起こした。
「飛鳥。あすか、もお良い加減起きろって」
眠い目を擦って起きた。
「飛鳥さあ。海里んとこ帰らない・・いや、帰れないだろう?しばらく俺んとこいれば。俺もそうしてくれると嬉しいし」
ニコって笑った慶太。
それ以外選択肢のない僕は、ただ頷いた。
日に日に身体のだるさは酷くなった。ぼうっとして頭が働かない。ヒートは終わったはずなのに。慶太といても、海里のことばかり思い出していた。
ずっと慶太を諦めらきれないと思ってきたけど、僕は気づけば海里の方が好きになっていたのかもしれない。気づいてももう遅いけれど・・。
体調が思わしくないのが続くんで、ある時慶太になんと無しにボヤいたら。
「飛鳥、子供出来たんじゃね?」
「・・・!」
あっけらかんと慶太は言った。その可能性にやっと思い至った僕は、その時あまりに頭がどうかしてたんだ。
だけど海里がアパートにやってきたのは、その日の夕方のことだった。慶太が教えたらしかった。海里が僕を随分心配して、あり得ないほど連絡してくるからって。
ドアのところで口論していたふたりだったけど、海里が力づくでアパートに上がり込んだ。
海里が随分やつれてたんで驚いた。・・僕のせいだったから。
「飛鳥!!なんでこんなところに。帰ろう!」
「飛鳥は帰らない」
「うるっせえ!なんで兄貴がそんなこと決めんだよ!!」
「俺の子供が出来たから。・・な、飛鳥」
驚愕した海里。
僕は俯いた。何も言えなかったんだ。病院で確かめてはいなかったけど、調べる勇気はなかった。体調的にも多分そうなんだろうなって思っていた。
「ウソだろ飛鳥」
僕はただ首を振った。
「・・俺から逃げるからこんなことになるんだ」
もの言えない僕に、海里は続けた。
「俺のところにずっといれば良かったのに。俺なら大事にしたのに!ばか飛鳥。・・ばっかやろう!」
そう吠えた海里の頬に雫がぽたりと落ちた。
続く

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