海里はその日から本当に僕を家に閉じ込めた。
僕の職場には『飛鳥が電話出来ないくらい具合が悪いのでしばらく休みます』だなんてご丁寧に連絡まで入れてまで。
そんな連絡するところを、僕はベッドに足首をロープで繋がれたままじっと見上げていた。
余計なことを喋らない様、海里に僕の口を塞がれて…。
見慣れた整った鼻梁の顔立ち。僕を見下ろしている。でもその冷たい瞳からは彼の心の奥底は何も見えない。
僕のイヤだも辞めても聞く耳持たず、それから海里は僕をベッドに沈めて貪り続けた。
今までの海里は嘘だったのだろうか?と思うほど別人みたいだった。
性急で自分勝手でひどかった。いつでも僕に優しく寄り添っててくれたはずの海里は今はどこにもいない。
大好きだったはずの大きな手が今はこわかった。でもその手を拒めば海里は激情をあらわにした。
逃げ出ようとする素振りを少しでも見せれば食いちぎられるんじゃないかと思うくらい強く首に噛みつかれた。
そしてどうにもならずに僕が泣けば『黙れ、黙ってくれ!』と彼は喚いて自身の顔を覆った。
貪りは続く。それは明け方まで続いた日もあった。そんな日でさえ、午前からまた行為は始まる。
今日が一体何月何日なのか、日付感覚すら既に失っていた。求められ続け疲れ果て、最後はいつもぐったりと意識を失う様にして瞳を閉じた。
すると頭上からいつも決まって聞こえてきたのはこの台詞。
「おやすみ飛鳥。また明日」
そうして僕のお腹をうっとりと撫でた。それが僕にはこわかった。
ヒートの時以外に行為をしても、妊娠確率はかなり低い。僕のヒートが来るのは大体あと2週間後。
だから本来であればヒートまでは僕のこと放っておいても良いくらいのはずなんだ。
それでも抱き続けた海里から執念を感じていた。
眠りながら考える。海里のことが好きなのか嫌いなのか、自分でも分からなくなっていた。今まで海里と過ごした日々が頭の中をよぎっていった。思い浮かぶのは、耳慣れた『あーすか!』って呼び声でニコって笑って僕を呼んだ海里。あの子に逢いたかった。
でも朝になれば僕の目の前にいるのはニコニコ顔の穏やかな海里じゃなかった。執念に身を費やす、一人の焦燥した男がいた。
あるとき一度だけ、本当に一度だけ間違えて海里を慶太、と呼んでしまった時。僕は引っ叩かれて口の中を切った。血が滲む咥内。海里の逆鱗に触れた味だった。
それからも一層、息を絶え絶えになるくらい行為は続いた。僕は飛びそうな意識の中で何度も彼に問いかけた。
『海里、どうしちゃったの。これが本当の海里なの。それともおかしくなってしまったの?』って。
だけどそれに対して海里は何も答えをくれなかった。そうだとも違うとも。ただただ僕をきつく抱きしめてキスをした。
『飛鳥に俺の気持ちなんて分からないさ』とでも言いたげに…。
次また慶太なんてワード出そうものなら僕は多分殺されるな、僕はそう直感していた。
僕の足はロープで縛られていたが、シャワーは浴びることが出来た。もちろんシャワールームには海里がつきそう。頭も身体も丁寧ね洗ってくれたけど、これが愛なのかどうかは計りかねていた。
僕らはどうしてこうなってしまったんだろう?
もう明日、明後日にはヒートが始まるところまで来ていた。ヒートが目前に迫る今、できることはない。
身体を洗われながら僕は聞いた。
「…もし子供がさ、出来なかったらどうするの?」
「出来るまで続けるだけさ」
それは分かりきった答えだった。
僕がここで妊娠したら、慶太と番になるっていうのはもう不可能だ。咲也からあんな話を聞いても尚、慶太にもう一度会いたい自分もいた。
もしも慶太にまた会えるなら…。
でも海里は?海里はどうなる?確かに先に僕を嵌めたのは海里だ。でも僕がいなくなったら、海里はどうかしてしまうんじゃないだろうか。
もちろん、慶太に会える目処なんかないけれど。
なぜなのか分からない涙が、シャワーの合間にぽろりとこぼれ落ちた。
その日の深夜2時。寝る直前、薄暗い部屋の中ふと目に入ったのは、サイドボード横のゴミ箱付近に落ちていた避妊薬のカラの容器。じっと見つめる。
…そう言えばあのサイドボード、まだ残りがあったはず…。
しかしそんな思考をまるで読み取ったかの様に海里は頭上から言った。
「飛鳥の余計な薬、全部捨ててあるから。飛鳥は安心して俺に身を任せてれば良いんだよ」
僕の頭をそっと優しく海里は撫でた。
翌日。朝から身体がだるくて熱くて、ヒートが来てると思った。覚悟を決めて、僕は絶望を胸に抱いた。
だけど海里はたまたま大学の関連でどうしても出かけなければならず、数時間家を空けると出て行った。
名残惜しそうに、僕に長いことキスをして。
海里がいない間、どうしてれば良いんだろうとぼんやりしていたが、僕はふとあることに気づいた。
足に巻き付いたロープがたまたま緩んでいることに気づいた。いや、僕が痩せたせいもあるのかもしれない。試しに足をあれこれと捻ってみたら、するりとロープは抜けた。
僕は一瞬迷って、どこへ行くのかも分からず家を飛び出した。
僕は何から逃げたかったんだろう。
怖い海里か、番からか。それとも自分の不甲斐なさからか。
どれくらい走っただろうか。小さな公園にたどり着き、僕は水のみ場の水をガブガブと飲んだ。ベンチに座ってひと休みした。
慌てて家を出てきてしまったので、財布も携帯もなかった。馬鹿だ。警察沙汰にはしたくないし、どっか友達の家にでも…そう思っていた時。
「飛鳥?」
後方から声を掛けられた。ビク!!と身体が震える。
「飛鳥…だよな?」
ゆっくり近づいてくる足音が聞こえる。
見つかった、終わったと思った。
「…なあ、無視するなよ」
グ、と肩に手を掛けられる。殺される。そう思って恐るおそる振り返った。
「け、慶太…?」
私服姿の慶太だった。そうだ、ふたりの声は良く似てるんだった…。
緊張が解けてへなへなと崩れた。心底安堵した。
「どうした?飛鳥。ってか痩せたなあお前」
「……具合、悪くて…」
とても一言で表せる様な状況ではなかった。で
も具合が悪いのも本当だった。
「そっか。…海里は?」
ただ猛烈にふるふると首を振った。海里に電話なんて今一番やめて欲しかった。
「喧嘩中?まあ、そういうこともあるよなあ…。良かったらウチ、寄ってくか?」
「え、う、うん…!」
願ったり叶ったりだった。とりあえず慶太の家に身を寄せればしばらくどうにかなる…!!
バレたらヤバいからそこだけどうにか…!!
「あれ?でも家、この辺なんだっけ?」
ふと湧いた疑問。
心底バツが悪そうに慶太は言った。
「フラれた。咲也に。復縁はありえない。俺たち、本当に番解消が決まったんだ。まあ、あと2年間会わないでいて、自然に解消になるのを待つってやり方だけどね。だから俺は今は一人暮らし…さみしーわ」
はは、と慶太は笑った。
「え…」
ドキンドキン、と心臓が鳴る。
本当に番解消したんだ…。
「…って訳でさ。俺ん家来てよ」
ヒートの熱がまたひとつ、どくんとうねった。
続く

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