海里は帰り際、何も言わなかった。僕の手をただきつく握っていた。『離さない、逃さない』そう言われてるみたいだった。
僕も何も言えなかった。色んなことが信じられなかった。色んなことが頭の中をグルグルしていた。
僕のそばでずっと僕を支えてきてくれていた海里。僕が慶太に失恋した時もずっと寄り添ってくれていた海里。絶対の味方と信じて疑わなかった。
なのに…あれは全部海里が手引きしたことだった?慶太も慶太で、海里の提案にのっていた訳で…。
ああ、誰か嘘だと言って。
でも親友咲也のあの瞳を思い出す。あれは嘘なんかじゃなかった。
ふと電車の窓の外を見る。日がしずみかけて仄暗い色の空が広がっていた。
海里と暮らす2人の家。戻ってきてしまった。
咲也は海里が監禁でもしかねない、なんて手紙に書いてきてたけど…さすがに大丈夫だよね?大げさに表現しただけだよね…?
鍵を開けて玄関に入るなり、海里は僕をギュッと抱きしめてきた。
「今日はお疲れ様…飛鳥。大変だったな」
僕より背が高く体も厚みのある海里。あったかい身体…。いつもの習慣で、抱きしめられれば安堵してしまう自分がいた。何でか分からない、涙がすこし込み上げた。
抱きしめながら、僕の頭をそっと撫でる海里。大きな手は安心感があって好きだったけれど…。
「飛鳥?どうしたんだよ」
その声音には不穏な本心が滲んでいる気もする。海里の本心が、本性が分からないでいた。
「…海里」
「何?」
「本当のこと教えて…」
「どんなこと?」
僕は海里の胸に顔を埋めたまま聞いた。
「咲也のこと…亢進剤のこと。本当?」
僕の頭を撫でる手が一瞬ピタリと止まる。でも何事もなかったかの様に再度僕の頭を撫で始めた。
「さあ…何の話?俺は知らないな」
とぼけいてる。カッとなってつい声を荒げた。
「僕に本当のこと、教えてよ!」
見上げてみれば、逆光の中でゾッとするほど冷たい瞳で僕を見下ろす海里がいた。
「いや…海里…」
『ホントだったんだ』そう実感して離れようとする僕の腕を、海里がギュッと掴んだ。
「待てよ」
「離してよ、海里!」
「飛鳥。こっち来いよ」
「イヤだよ!」
でも海里は有無を言わさなかった。
強引に僕の腕を引き、ズンズン進んでいく。じきに寝室に着くと、後ろ手に鍵を閉め僕をベッドに放り投げた。
「海里!」
僕に覆い被さる海里。怖くて仕方かった。
思わずその頬を強く叩いた。
「いって…なんてな、別に大して痛くないよ。まさかこれが本気?…かわいいな、飛鳥は。俺のものだ」
あははと笑った海里。ゾワゾワがたまらず僕は聞いた。
「全部海里が手引きしたって…ホントなの!?」
「そうだよ」
僕を冷たく見下ろす。
「どうして…何でそんなこと!」
「飛鳥にどうしても振り向いて欲しかったから。なのに飛鳥は慶太ばかり見てるから。…慶太が邪魔だった」
そんな、そんな…!
「咲也の気持ちは!?どうでも良いの!?」
「…」
「海里!何とか言えったら!」
「…亢進剤って言ってもなあ、本当に心の底からイヤなら引っ叩いて逃げることだって出来たはずだ。
咲也さんだって1ミリくらいは慶太のこと、悪しからず思う気持ちもあったんじゃないの?
キモくてどうにも無理なら殴ってでも逃げるさ。咲也さんだって男なんだから。
欲に負けたとは言えな、結局は番になったならそれが当時の答えさ。冷静になった今どんなに後悔していようとも。
咲也さんも、飛鳥も。なあ?」
「…そんな、そんなの屁理屈だ!
それに海里は自分勝手だ!
…僕に、僕に慶太と咲也が番になってる所にまでわざわざ引き合わせたのも、わざとだったんだろ!!」
そうだ、あの日の瞬間が頭の中にフラッシュバックした。僕があの日のことで何度苦しんだか!
「ああでもしなきゃ飛鳥は心折れない。いつまでもどうせ健気に慶太を思い続ける。俺はそんなのイヤだった!仕方ないんだ、許せよ、飛鳥…!」
頭痛でも我慢するみたいに歪んだ海里の顔。
ふとこの前みた海里の手紙が頭をよぎった。海里も罪悪感にまみれてきたのだろうか。
雑念を振り払うかのようにかぶりをふった海里。僕を再度じっと見下ろした。
「でもなあ、俺も誤算があったんだよ。
番になってしまえばこっちのもの…そう思ってたのに。飛鳥は頑なに俺の子を産もうとはしなかった。薬まで飲んでさ!
俺が気づかないとでも?ひどいのは飛鳥だ!」
そう言って僕の首を絞めた。それは一瞬だったけど、本当に強い力で彼の僕への愛憎がホンモノなんだと実感して怖くなる。
だけど心底辛そうな海里の顔を見て、胸がギュッと潰れそうにもなった。
聡い海里にはやっぱり気づかれていた。ずっと傷つけてきてしまっていたんだ…!
「俺は…俺はずっと待ってた。飛鳥が自分からその気になってくれるのを、ずっと。根気良く俺は待つつもりだったんだ。
だけど結局、飛鳥はいまだに慶太のことが好きなんだ。俺は、俺はこんなに愛してるのに!
飛鳥、俺はもう待たない。子供つくろう、俺たちの。番の解消なんか、させないから!」
続く

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よろしくお願いします♪
とても、切ないですね。一人も幸せな人がいない。いつか良い形に収まるのでしょうか。
>白いライラックさん
海里がダントツ可哀想男子かもしれません。皆ハッピーにしてあげたい気持ちはありますが…!ラストどうなるかは今後お待ちください!