心臓が嫌な感じでうねり出す。
えっ何、どういうこと?そう更に聞こうとしたら、僕の肩に大きな手が添えられた。
「飛鳥。気持ちは分かるけどさ…あんまりくっつくなよ、咲也さんもきっと困ってるよ」
暗に離れろと言われている。引き剥がされた。
いつもはあったかく感じる海里の手も声も、その時ばかりは冷たい骨みたいに感じられた。
それに振り向けなかった。もしも海里がぞっとする様な冷たい瞳をしていたらと思うと怖かったんだ。
別荘の居間に通されて、3人座った。
内装は和モダンな感じで、ところどころ大きな花瓶に大輪の花が添えられている。
そういえばこの間慶太に作ってあげたブーケ、ないなあと思った。…咲也は受け取らなかったんだろうか。
咲也は瞳を伏せて、難しい顔をして指先を組んで座っている。本当は咲也とふたりきりになりたかったけど、海里にそう言える雰囲気ではなかったのだ。
「…咲也…今までどうしてた…?」
僕らの空白の数年間。
違う、慶太のことを責めてるんじゃない。ただどんな風に過ごしてきたのか、青春を一緒に過ごせなかった親友の残像を僕は知りたいだけだった。
チラ、と僕を見上げて咲也は言った。
「ふつうだよ。大学に通って、その、慶太と暮らして…。それだけ」
楽しかった、とかは言わない。
慶太が前に言っていた『ウチはうまくいっていない』は本当みたいだ。
また俯く咲也が、僕にはどうにも寂しかった。
「咲也…元気だった…?」
それは小さな声だった。
そりゃ、慶太とラブラブで幸せだよ!なんてノロけられたら死にたい気持ちにはなっていただろうけれど。
大好きな親友、不幸になって欲しくなかった。
咲也は慶太を選び、それで幸せだったんじゃないのか…?
イヤだよ、君が実は泣いてたら。
「…まあね。それにまたこうして飛鳥に会えたし。だから元気、僕は」
ニコって笑った咲也が、随分健気に見えた。
「咲也…」
僕は切り出した。
「咲也、どうして家出しちゃったの?」
「ああ、その…慶太とね、喧嘩したの。
重めのね。だから」
「どんな…?」
せっかくの美貌なのに渋面の咲也。迷った挙句教えてくれたのは、たったこれだけ。
「慶太のことが何も信じられなくなったって話。今までの思い出も、全部」
それからどういうこと?と聞いてもとにかく詳しくは教えてくれなかった。
慶太は『高校の時のちょっとした悪戯がバレたから』と言っていたけれど。
言いたくない、ウチは仲良くない、その一点張り。
一体何をしたらそんな信頼関係が崩れるって言うんだよ、咲也…。
埒があかない会話。時間だけが過ぎていく。
だけど咲也は思っていたほど追い詰められている訳でもなさそうで、まさか思い余って…なんて心配はさすがに杞憂そうだった。
だから時間も時間だし、僕らはもう帰ることにした。
「咲也、また会えるかな?」
「もちろん、いつでも…飛鳥さえ良ければ」
当たり前じゃないか、そう言って最後に咲也を抱きしめた。やっぱり細い体だった。
「ふたりの連絡の橋渡しならいつでもしますよ」
海里が僕らにそう言い添えた。
直接連絡をとるなって言いたいの?海里…。
じゃあね、と別荘を出る。
海里に続いて帰ろうとしたらカサ、と何かをポケットに捩じ込まれた。
振り返る。咲也が入れたっぽかった。
メモ?
シッと咲也が目で合図してきた。チラと海里を見て、ふるふると首を振った。
海里には内緒にして見ろ?っていうこと…?
帰りの電車。海里と並んで座る。
僕にコーヒーだのメロンパンだの買ってくれた海里。こうやっていつも至れり尽くせり、ホント…。
疲れていたのか、直にうつらうつらと眠りだした海里。
今だ。
僕の手を握って眠っている海里の手を、細心の注意を払って外す。
そっと座席を離れ、僕はデッキへと向かった。
誰もいないデッキで、ポケットからメモを取り出す。
広げてみると、それは結構長い手紙だった。
『飛鳥。僕の懺悔を聞いてほしい。どうして僕が慶太と突然番になったのか、その経緯について。
高校の時、あの兄弟と僕、3人で出掛けることがあった。
理由は他愛もないこと。海里くんが飛鳥に片想いしてるっていうから。その相談に乗るって名目だった。
それで途中、海里くんとははぐれてしまって僕と慶太で歩いていたんだ。
そのとき僕にたまたまヒートが来てしまった。
だから手持ちの抑制剤を飲もうとした。
フェロモンを抑えたくてね。
慶太に『僕の鞄から薬取ってくれ』そう頼んだのに。
慶太が僕に飲ませたのは亢進剤だったんだ。
亢進剤っていうのは、ヒートの弱いオメガにそのヒートを促すための錠剤。知ってるよね?
慶太の奴、あのとき入れ替えてたんだ!
それで僕はどうにも頭がおかしくなって…。
君の好きな人を奪ってしまったという訳。
本当にごめん。
こんなこと、言い訳にしかならないけど…。
僕は自分の意志で慶太を選んでいたと思っていたけど、そうじゃなかったんだ。
だから今まで慶太と過ごしてきた日々も、思い出も、何もかもが今揺らいでいる。
それに僕はここ数年間、ずっと後悔してきた。
欲に任せて番になったこと。
僕はまだ…工藤先輩が忘れられない。
馬鹿みたいだけど。子供を産むのは先輩の子が良いだなんて、未だに夢見てしまってる…。
だから子供は意地でも作っていない。
そしたら慶太、ヤケ酒を煽る様になっちゃってさ。
それで慶太がこの間めちゃくちゃ酔った時、この件についてポロッと吐いた。だから知ったんだ。それで大喧嘩って訳さ。
飛鳥は飛鳥で、慶太のことまだ忘れられてなかったりしない?僕らはそういうところ、似てたもんね。
…慶太、最低なところもあるけどさ。
それなら番解消して、次こそ僕らは本当に好きな人と番にならないか?』
「あーすか」
!!!!!
急いでグシャっと紙を丸めた。
振り返る。怖い顔した海里がいた。
違うんだ、怒ってるとかじゃない。
いつもの海里のはずなのに、まったく笑ってない。そんな顔。
「こんなところで何してる?」
「いや…何でもないよ」
「ふうん。じゃあ、俺とあっち戻ろうな」
そう言って僕の肩を抱いて歩き出す。
僕の手から丸めた手紙を奪い取り、何も言わずゴミ箱へと捨てた。
有無を言わさなかった。
僕は内心冷や汗が止まらないでいた。
あの告発の手紙。実はまだ続きがあったのだ。
視界に入った最後の部分、こう締めくくられていた。
『それで、びっくりしないで聞いて欲しい。
この件を全部手引きしたのは海里くんだった。
慶太にああいうことしろってそそのかしたのも、あの日慶太に亢進剤を持たせたのも。
それに僕らが家で番になってるところに飛鳥をわざわざ引き合わせて絶望させてトドメ刺したのも。
海里くんが傷心の飛鳥のうなじにありつけたのは、全て彼の段取り通りに事が運んだからだ。
飛鳥。
海里くんの飛鳥への執着心は本物だ。
でも番が海里くんで本当に良いのかい?
監禁でもされる前に逃げろ』
続く

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