何も言わない僕に焦れ、海里はそのとき初めて僕をぶった。
「!」
でも全然痛くない。『撫で』の延長、そんな感じ。
海里は大きな手で自身の顔を覆い、ちくしょう…そう一言絞り出して部屋を出て行った。今日はリビングで寝るのかな、戻って来ない気がする。
ポツンと残された暗い部屋。僕は何とも言えない後味の悪さの中、布団に潜って目を閉じた
。
海里は僕を強くぶったりしない、いや出来ないんだ。理由はきっと…
『大好きだから』
眠れないまま夜を過ごした。
自分の本心について考えていた。僕は…どうしたら良い?慶太が好きだったけど、フラれるどころか告白すら出来ないまま終わってしまった。好意を寄せてくれていた海里に甘える様にして番になってしまったけど…僕は嘘ばかりついている。これで良かったんだろうか…いや良い訳ないか…。
7年子供が出来なければ番は解消。やっぱり区切り、つけるしかないのかな。海里…。
明け方うつらうつらしてきたと思ったらいつの間にか寝ていたらしい。
カーテンをシャッと開けられ眩しさで目を覚ました。
「…おはよう飛鳥、今日は随分天気良いよ」
朝日の逆光のなかベッドから見上げる長身。そういえば一緒に暮らし始めてから別々に寝たのなんて初めてだった。
ボフとベッドに腰掛けた海里。
「海里、昨日は…」
「ストップ!やめて飛鳥」
そう言って僕の口元を手で覆った。
「番辞めたいなんて言わないよな?
聞きたくない、離れたくない。もう2度とぶったりしないから…飛鳥。俺を見捨てたらダメだ」
そういって僕を抱きしめた。
こんな辛そうな声音を出させてしまっているのは、僕…。
***
一緒に遅めの朝食をリビングで食べつつ、海里は言った。
「そう言えばさ、咲也さんの居場所と連絡先分かったよ」
「え、ありがとう!」
昨日の今日でもう咲也のことを色々確認しておいてくれた海里。
「飛鳥が咲也さんのこと色々心配してるから会いたがってるって慶太から伝えてもらった。
そしたら向こうも飛鳥に会いたいって。良かったな、飛鳥」
ふわ、と心浮上した。
ずっと会えていなかった咲也。会えるんだ、久しぶりに…。
慶太のこと抜きに、親友だった子にもう一度会えるのは嬉しかった。だってもう何年も会えていない。大好きだった咲也。
たまたま僕の仕事のシフトが休みだったこともあり、早急に会いに行くことが決まった。
海里は大学を休んで着いてきてくれるらしかった。
僕1人でも大丈夫だよ。そう言ったのだが。
「心配じゃん。俺は飛鳥のためならどこへでも行くよ」
そう言ってニコって笑ってくれた海里…。
さて、随分遠くにあるという咲也の家の別荘に、咲也はそのまま滞在中らしかった。
電車を乗り継いで向かう。
電車に揺られながら、僕はグルグルと頭の中で色々考えていた。
ああ、久しぶりの咲也。でも何て話そう?
ギクシャクしちゃうのかな、でもきっと前みたいに話せるよね?咲也…。
「飛鳥。まだ大分先だからちょっと寝たら。
…昨日、どうせ寝れてないんだろ」
「ん…」
寄りかからせてくれた海里に、頭を預けて僕は少し目を閉じた。
僕が大好きな親友。
僕を大好きと言ってくれる海里。
僕の大好きには答えてくれない慶太。
ああ、大好きってのはなんて難しいんだろう…。
***
「ここ、か?マジか?でっけえなあ…」
海里のスマホを2人覗き込むが、間違いではなさそうだった。
訪れたその別荘は豪華なんてもんじゃなくて、日本庭園みたいな凄い広さの豪奢なところだった。
目を丸くした僕。
「咲也さんの家、さすがの財力だな」
海里の言葉に、僕はただ頷くしかなかった。
すごい…凄すぎる。
内心落胆もしていた。そりゃあの野心家の慶太が咲也を気にいる訳で…いや、ダメだ、今日は一旦慶太のことは忘れよう。
門をくぐって入っていく。
もうすぐ着くって連絡してあるはずだけど、しかし咲也、この巨大な別荘のどの辺にいるんだろ?なんて思ってたら。
「飛鳥!」
ドキンとした。この少し細い声。懐かしい声…。
振り返る。
「…久しぶり」
以前よりも更に美しさに磨きがかかり、美青年へと成長した咲也がそこに立っていた。花が咲く、まさにそんな感じ。
「飛鳥…会いたかった」
「…咲也!」
僕は海里のそばを離れ、掛けて行って咲也に抱きついた!
相変わらず線の細い体。良い匂い、相変わらず…あは、懐かしいや…。
「元気だった?飛鳥。ずっと謝りたかった、飛鳥…!」
慶太のこと、きっと咲也も随分悩んだんだろう。僕は、僕はどうしたら良い…?
ああ、頭の中も心のなかもぐちゃぐちゃだ…。
なんて思っていたら。
咲也は突然グイと更に抱きついてきて、耳元でヒソヒソ言った。
「飛鳥、海里くんを信用しちゃダメだ。それに慶太もだ。僕らはあの兄弟に嵌められたんだ!」
続く

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