「紫乃!その話は、今は良いから!」
ぶっきらぼうに彼女の手を振り解き、焦った様に暁都さんは伝票をひったくり立ち上がった。
「もう話終わり!とにかく俺はやり直さない、再婚なんかもっての外だ、じゃあな!帰ろう、たくみ」
「え、あ、はい!」
慌てて立ち上がる。引き摺るように連れていかれそうになったその時。
僕の服の裾をぐいと引っ張られた。紫乃さんだった。
「私、本気だから」
射る様な眼差しに怖気付く。
そんな僕の手を、再度暁都さんがぐいと引っ張ってくれた。
『元妻、参戦』
ふたりでドタバタと家に帰る。リビングに着くなり暁都さんは僕をギュッと抱きしめてくれた。
「たっくん、ごめん。今日は本当、嫌な思いさせて…紫乃にまさか君が捕まるなんて。なんか言われたりした?」
諸々思い出すことはあったけど、なんか密告みたいになるのも嫌だったし。
暁都さんが浮気したとか虚言癖あるとか、僕に揺さぶりをかけるための嘘だったんだろうし。
…言う必要も聞く必要もないよね…?
「んー、特に何も…世間話しただけだよ」
「そう?本当に…?」
探る様な瞳は不安そうだ。
「うん、本当。だから安心してよ」
そっとキスをしてあげた。ふふと綻んだ彼の瞳。キスは深まって、ベッドになだれ込むまですぐだった。
一戦交えた後のお風呂タイム。
湯船に一緒に入っていた。
「…でもなあ、落ち込んじゃうなあ」
「何が」
ザブンと湯船がうごいた。振り返る。濡れた髪をオールバックにしている暁都さん。カッコ良くて好きななんだ。ちょっとどきどき。
「…煙草吸ってたんだ。知らなかった」
「もう何〜年も前の話だよ?」
「あとメッッチャイライラするとガムシロ大量に入れたアイスコーヒー飲む、とかさあ…知らなかった」
「いや、そんなさ。こんなオッサンのちょっとした習性なんてどうでも良いじゃん!?」
良くない。
だってそれは紫乃さん…元奥さんは知ってるんだ。
「えっもしかしてそんなことで紫乃に妬いてる訳!?」
「…僕だけの暁都さんだと思ってたのに」
「えっかわいい…!」
ギュッと後ろから抱きしめてきて頬にキスしてきた。呑気に喜んでる暁都さんにちょっとイライラ。
「紫乃、ね〜。紫乃ですか…へえ元奥さん…ふ〜ん特別だよねやっぱさ」
「たっくん!意地悪言うなよお!」
アセアセしだす暁都さん。もっといじめちゃおうかな?って思った時。
そういえばとふと思い出した。
「ってかさ後継問題って何…?」
「うぐっ…!」
「暁都さん?」
「…その、話がスゲ〜長くなるんだ。のぼせちゃうよ。だからさ、風呂上がってワインでも飲みながら話そ?高いの出すからさ、ね…?」
随分な低姿勢に、随分な話なんだなと悟った。
「ささ、たっくん飲んでよ。どれにする〜?」
リビングのテーブルの上に並べられた赤と白の数々のワイン。一本7万くらいのやつだ。あれ、13万だったかな?計算するのも恐ろしい。
「あ、たっくん美味しいプリンもありますよ?」
そしてこの間百貨店で買ったメッチャ高いプリンも出してきた。
僕の機嫌を最大限にとりつつ、彼は僕の隣に座って、手を握ってきた。
「それで?」
「いやね、俺の実家がさ、ちょこっとだけ金あるんだよ、ね。地主的なのやっててさ…」
ピンときた。ちょこっととか言ってるけど、本当は超お金持ちなんだろうな。
「んでね?遺産相続だの色々〜な諸々の事情があって、跡取りを作るのをね、求められてる訳よ。俺」
「はあなるほど」
「でもさ、紫乃とは色々あって離婚したろ。それでその後再婚もしてない訳だ。地方に来て1人で何年も好きに過ごしてると。だから俺は親と親戚からここんとこ随分突き上げられてる。もうそろそろ良いかげんにしろって。そういうことさ…」
「ええ!?知らなかった」
「うんバレない様にしてたからね…」
ふ、と視線を向うにやった暁都さんからは、疲れが垣間見えた。見えない苦労があったんだなあ。
「…紫乃さんと再婚するの?」
「しない!!!!それだけはマジでないから!!!」
そこで思い出した。
「紫乃さん『あなたのお家は私くらいじゃないとダメ』って言ってなかった?」
「うう…っ!紫乃の実家もなあ、太いんだよ随分。釣り合いとれないとダメってこと。確かに実家の太さが釣り合うの、紫乃ん家くらいだからな…。まあ彼女は例のやらかしで家を追い出されている訳なんだが」
どんな金持ち?でも何か納得。暁都さんの羽振りが良すぎるのってそういう背景があったからか。まあ本人がメッチャ稼いでるのもあるけどさあ…。
「え、でもそれって…暁都さんはいずれ誰か実家超太い人と再婚して子供作らないとダメってこと?それ僕無理じゃない?」
「!!!いや、や!俺は屈しない!!!たっくんとずっと一緒にいる!!!!」
「無理じゃん」
「無理じゃない!!!!!」
がばあと抱きしめてきて、そのまま押し倒された。
「ドラマでよくあるやつだよね?庶民の僕が身を引かなきゃいけないやつ」
「やだあたっくんどっか行かないでえええ嫌だああああ!!!!」
泣きつく暁都さんをとりあえずなだめたけど。
内心冷や汗が止まらなかった。
暁都さんがこんなデカい爆弾を背負っていたなんて。
これは僕…どうなるんだろうか…!?
その日、暁都さんは僕にぴったり張り付き続けた。トイレ行く時も一緒に入るといって譲らないし(もちろん外で待たせた)、歯を磨くときもぴったり横にいるし。
「いやそんな逃げたりしないって」
「ほんと?」
雨の日に公園で捨てられている子犬以上に寂しげな瞳で僕を見つめている。
「おじさんしっかりして」
「うう…っ」
「もう寝よ?」
ウンと頷いてその子犬は僕についてきた。
おやすみと告げると、暁都さんはベッドで僕にたっぷりキスをした。
「たくみ。ずっと一緒にいような。離さないから」
低い声。冗談混じりじゃない、本気の声。
僕だってそうしたいけどさ…。
目を閉じる。寝ようとして…あ、携帯のアラーム忘れてたと携帯に手を伸ばす。
メッセージが来ていた。瀬川さんからだった。
『明日お家遊びに来ない?ピザパーティーしよ♪アキトさん一緒でも良いよ』
うわ、忘れてた…もう一人、ややこしい人がいたんだってこと…。
今日は色々あり過ぎた。
面倒なことを全部明日の自分に放り投げ、僕は目を閉じた。
続く
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