『ごめん、今日行けなくなった』
なんの説明もなくただそれだけ海里にLINEした、卑怯な僕。
飲み屋に向かって並んで歩く僕ら。
夜の歩道、チラと見上げた慶太の横顔。街灯に浮かび上がるその輪郭は、彫りが深くて雄らしい美しさだった。ふいと目を逸らした。
ヴンヴンと海里からの着信の鳴る携帯。
「電話?」
「え?ううん」
罪の意識から気を逸らしたくて僕は携帯の電源を切った。
『綻びの始まり』
よくあるチェーンの居酒屋、カウンターで並んで座った。適当に頼んで乾杯とグラスを合わせた。
「飛鳥とこんな風に飲む日が来るとはなあ・・高校以来だもんな」
ズキリと胸が痛んだ。思い出すのは・・あの日のふたりだから。いけない、忘れろ。
「どうしてた?俺たちがいなくなってから」
寂しかった。何度も泣いたよ。
「海里から聞いてるでしょ?その通りだよ。順調、そのもの。元気にやってたよ」
ニコと笑って答えたけど・・
嘘だよ慶太。海里と番になってからも慶太のことをずっと想ってたよ。慶太はどう?僕のこと思い出したりした?
「まじか」
「うん、喧嘩もしないし」
「そっか。良いですね〜そっちは仲良しで・・咲也がそうだったらなあ・・」
ははと苦笑した慶太。
何気ない慶太の一言が僕の心を突き刺すことを彼は知らない。
分かってるんだ。僕が思い出すほど、慶太は僕のことなんて思い出しもしなかっただろうって。
「慶太達は?どうしてたの」
「まあ記念日は旅行行ったり、旨いレストラン探しては咲也連れてったり。あいつが喜びそうなことなら何でも」
かあっこいい、そう軽くふざけたけど僕の心はズキズキと痛んでしょうがなかった。
どうしてこんなこと聞いちゃうんだろう?
きっと海里が気を遣って伏せてきただろうことを。
そんな君を僕は今裏切っている。
海里・・。
迷いを吹っ切る様に切り出した。
「ってかさ、咲也はどうして家出なんてしちゃったの?」
仲の良かった友人を心配するフリをしてその実、彼らの関係の綻びを探っている。
「んんー、まあ、その。痴話喧嘩?」
歯切れの悪い慶太だった。悪戯っぽい悪い表情をして、ウイスキーの入ったグラスをカラカラと回している。
「どんな痴話喧嘩?教えてよ」
「・・まああれだよ、俺が高校の時に出来心でやった悪戯がバレたってだけ。全然、大したことじゃないのに。もう時効だし良いだろ、咲也あ」
大したことじゃないのに家出?
「何それ、怪しい。何系かだけでも教えてよ」
ガシガシと頭を掻いた慶太。ウイスキーを煽った。喉が嚥下する様を、僕は物欲しげに見ていたかもしれない。
「ちょっとそんな飲んで大丈夫?」
「だからあー、その、当時どうしても咲也と番になりたくて・・ちょっと、ちょこーっと悪さしましたよってこと・・」
「え、悪さって」
「まあそんなことよりだ!もっと大変な悩みがあるから聞いてくれよ」
誤魔化すようにグイと寄って来られてドキッとした。ついでにふざけ半分に手を握られて、心底ドキッとした。
「咲也がなあ俺の子を産んでくれないんだよ」
「えっ・・?」
「跡取りとして俺は困っちゃう訳よ、それじゃさ・・」
あーあ情けねえ、と続けて慶太は言った。
変にどきどきしている僕がいた。
子供がまだいないなら、それってまだ僕にもチャンス、あるかもってことで・・だって・・
「番はさあ、子供が7年出来なければ一旦自然解消になるだろう?お互い気に入ってれば再度番になれば良いけど。
でもさ、ウチはヤバいんだよ。絶対咲也は俺と2度目の番になんてならない」
そう、番のそんなルールにアルファとオメガの僕らは縛られている。
「なかなか出来なくて・・なんて咲也は言ってるが本当のところは分からない。俺はどうも、咲也が番の解消を狙ってるんじゃないかと勘繰ってる訳だ」
咲也、もしかして工藤先輩のことをまだもしかして?
でも咲也は望んで慶太と番になったんじゃないのか?どういうこと?それに2人は順調なんじゃないの?
「で、でも慶太と咲也は順調らしいって海里はずっと言ってたけど・・」
チラ、と僕を見た後ふ、と笑った慶太。
「ああ・・海里の奴・・」
含みのある言い方に、モヤモヤしてしまう。
「慶太?」
「まあーあれだ!ウチは言うほど順調じゃないってこと!」
またグラスを煽る。頬も赤い。慶太は結構酔ってるみたいだ。
「でもなあ、マジであれだよ。子供が出来ないことには俺は本当の跡取りにはなれない。これは本当、困ってんだよマジでさ・・どうしたら良いんだよ・・」
慶太はやっぱり野心家だ。変わらない。だから咲也にこうやって執着する。そんな咲也が僕は心底羨ましい。
「・・ま、俺は諦めないけどね。何とかしてみせるさ、必ず」
彼のそんな情熱的な瞳が、僕には哀しかった。
咲也が咲也である限り、慶太は一生追い続ける。どうして僕は咲也じゃないんだろう。
こんな自問も、もう何度目。
「・・ってかさ」
「え?」
ふいに僕の頬にそっと慶太の手を当てられて、死ぬ程ドキッとした。
「海里とはどう?そっちも子供なかなか出来ないって話だけど」
「う、うん・・まあね」
痛いところを突かれて焦る。僕は別に番解消狙いで子供を作らなかった訳じゃないけど・・
急に、悪戯な瞳がすっと真面目な表情になる。
手首をギュッと握られる。
「な、なに?」
慶太から目が離せない。
その薄い唇は言った。
「そしたらさあ、こういうのはどう?一度番を交換してみる。相手が変わったら案外、諸々うまく行くかもよ。子供も出来たりしてな。
俺と海里はよく似ている、子供の遺伝子は似てりゃ良い。そう思わない?」
「え・・」
真剣に問われて、僕はどうしたら良いのか分からない。
僕と慶太、咲也と海里が・・ってこと?
どうしてそんなこと聞くの?
震える声で絞り出した。
「・・僕は・・」
「なーんて、嘘だよ!誰が取り替えっこするかって。咲也は俺のモン、海里には貸さないよ。それに跡取りになるのは俺だ。
からかっただけ。そんな真面目に受け取るなよ飛鳥」
「!!・・サイテー!」
慶太を突き飛ばし、僕は走って店を出た。
夜の雑踏の中を掛けた。人にぶつかる。ごめんなさいもロクに言えず、みっともない顔をして僕はただただ人ごみの合間を縫って走った。
最低、最低、最低だ!!!
慶太のバカ!デリカシーのカケラもないのかよ!!僕がどんな思いで・・!!
でも一番最低なのは、あの時『僕は構わない』って答えようとした、僕自身。
・・・。
最低の上塗りは続く。
あいにくの雨が急に降ってきた。傘はない。
うなだれて、さびれた店の軒下に鞄を抱えてしゃがみ込んだ。
思い立って携帯の電源をつける。
即かかってきた海里からの電話に、迷って出た。
『飛鳥!?』
海里の声にホッとしている自分がいる。今日の僕は感情がぐちゃぐちゃだ。
「ほんとごめん、海里・・」
ごめんしか言わない僕から、何とか居場所を聞き出した海里。今から迎えに来るらしかった。
ああ、もう何もかもが最低だ。
雨の粒にでもなって消えたくて、僕はひとり頭を抱えた。
ー・・今日は沢山の話をしたし、腑に落ちない話も色々あった。考えなくちゃいけないことも。
なのにその中で何故か心に一番残った慶太のあのセリフ。
『当時どうしても咲也と番になりたくて・・』
狂おしいほど惨めな気持ち。
どうやったら好きな人にそんなに想ってもらえたんだろう?慶太・・。
続く

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よろしくお願いします♪
pixivで作品を見つけ、こちらまで参りました!
これからどうなってしまうのだろう、と毎話ハラハラドキドキ楽しませていただいております!
飛鳥くんと咲也くんが再会出来るといいなと思いつつ、続きを楽しみに待っています!
>325さん
ピクシブから来てくださりありがとうございます!とっても嬉しいです(*≧∀≦*)わ〜その様に言って頂けてすっごく励みになりますっ!読者さんのコメントは最高のやる気スイッチです。飛鳥と咲也、確かにまた会わせてあげたいですね・・!
はい、引き続き頑張りますのでまた見に来てください!