追い払っても追い払っても脳裏に浮かぶ元彼の姿。昨日の会話が頭の中をフラッシュバックして、色んな怒りだの悲しみだのが込み上げた。何度も何度も。
最後だっていうから会ったのに、騙された!くそ、くそ!!
ごろごろと寝返りを打ち、ロクに眠れないまま結局朝7時を迎えた。着信が鳴った。暁都さんの名前にぎくりとする。
おそるおそる出た。
「昨日は夜どこ行ってたの。返信ないし。バーにも居ないし」
拗ねた声で電話ごしに指摘されて、悪い意味でドキッとした。罪悪感が胸に広がる。
「昨日は寝ちゃってて・・すいません」
まさか元彼と会っていたとは言えるはずもない。嘘100%の言葉を紡いだ。
「ふーん・・。ま、いいんだけど。それより今日さ、どっか行かない?俺休みになったんだよ」
行く、行きます!と返事した。
未だ脳りに残る元彼の残像を、暁都さんにかき消して欲しかった。それに罪悪感も。
『つかまえて』
待ち合わせ場所に「おまたせ」と現れた彼。いつもよりもお洒落で格好良くて、僕はソワソワしてしまう。
「どこ行きます?」
「あのねえ、今コスモスが綺麗に咲いてるとこあるんだよ。近くにうまい飯屋もあるし」
とりあえずこっち来てと促されるままついて行ったら車が。え、あの高そうな外車もしかして・・?
「どしたの?乗ってよ」
彼はそうニコと笑うと、僕を助手席に放り込んだ。 運転中の彼の横顔は、真剣だけどどこか醒めた瞳。そんな冷たい感じにドキッとしてしまう。
僕はなんとなしに窓の方を向いて、雑談を始めた。
「車、持ってたんですね」
「そうだよ。好きな子以外絶対乗せないけどね」
「!」
つい振り返ってしまい、悪戯な瞳に射抜かれる。ストレートな言動に僕は弱かった。
「好きな子、この間これからってタイミングで家帰っちゃうし。あの後また1人で寝たわよ俺。寂しかったわ〜」
「!・・暁都さんなんて嫌い・・」
なんでだよとアッハハと笑う彼。この人をやり込めるなんて、僕には一生無理だろうな。
着いたのは綺麗なコスモス畑。一面に広がる色とりどりのコスモスに目を奪われた。
「すごい!綺麗ですね・・!」
でしょお?と満足気の彼。それは結構広い公園のようなところで、暁都さんは僕を連れて歩き出した。
「たまには良いでしょ?こういうとこも。君、旅館に引きこもって仕事してるか、元彼のことで悩んでるか、俺に口説かれてドキドキしてるかのどれかだもんね」
「最後のは余計ですよ?」
「良いじゃん。まあ俺のことずっと考えててくれも良いんだけどさぁ。ちゃんとデートもしたいじゃん?」
なあ?と瞳を覗きこまれてどきどきが止まらない。 イケメンてこういうの、無自覚でやってるのかな。
人があまりいないのを良いことに、彼は僕の手をギュッと握った。
そしてこっちに良いもんあるんだよと引っ張って足速に歩きだした。
辿り着いたのは展望台。 高い塔の上から見下ろすコスモス畑は本当に綺麗だった。
すごいすごいと童心に帰ってはしゃいだ。おっさんの僕でもこんなテンションあがるんだから、若い子なら尚更だろうな。
なんて思っていたら。
暁都さんは人目を盗んで僕にそっとキスをした。それに耳元で「好きだよ」なんて言う。
僕は顔真っ赤になってたと思う。 そんな僕を見て彼はくすくすと笑う。
いや、嗤われてるのかもしれない。 おっさんのくせにウブでダサいって・・
あまりに恥ずかしいんで、広い展望台デッキの方に僕は駆けてって逃げた。人目につく場所なら何もされないし!
遠くまで広がるコスモス畑を眺めながら考えた。
・・元彼もこうだったんだよね、最初は。すごい熱烈で、いつも好きって言ってくれて・・ 押されて嬉しくて付き合ったけど、結局浮気されてうまくいかなくて。
浮かれていた心にふいに不安が押し寄せてきた。
暁都さんも大概推しが強いけど、これに流されて良いんだろうか。流されつつあるんだけど。
深い仲になった途端にポイとか、あったりするんだろうか・・。また浮気されたりとか・・。
なくはない可能性に思い至って心底ゾワッとした。足元の高さのある展望台から下を覗きこむ。こっから落ちるのと同じくくらい無理だな、それは・・。
惹かれてはいるのに、暁都さんに飛び込みきれない自分がいた。
その後近くの美味しい和食のお店でご飯を食べた。デート帰りっぽい人たちは多かった。
あいかわらず暁都さんの話はテンポが良くて楽しかった。彼は雰囲気はちょっと軽薄だけど、楽しい人なんだ。
次はどこいく?なんて暁都さんは上機嫌だった。どっか旅行も良いよねーだなんて。
なんとも言えなくて、僕は曖昧に笑うのみだ。
迷いなく人を好きになれる人生でありたかったな、なんて・・。
ご飯屋さんを出て、帰りの車内で。 車を運転しつつ、当たり前の様に暁都さんは言った。
「帰り、俺ん家で飲み直そうよ」
家に寄るっていうのはつまりそういうことだよね・・?
関係を進めるのが、不安な僕。
「今日は帰りたい、かなって。ちょっと疲れちゃって」
濁してなんとかそう答えてた。
チラと僕を一瞬伺う。
「そっかー。じゃあ明日は?」
「えっと仕事がありがたいことにちょっと忙しくて」
「・・じゃあ明後日は?」
「明後日締めのクライアントさんがいまして・・」
「ふ〜〜ん忙しいのねアナタ。・・仕事全部飛べば良いのにね」
なんて事言うんですか!と憤る僕に、ケラケラとわざと意地悪く笑ってゴメン嘘、頑張ってよと彼は答えた。
僕の住む旅館の駐車場に着いた。
入り口まで送るよといって暁都さんも車を降りて僕に着いてきた。
鈴虫が鳴く声が聞こえる。もう秋も随分深まってきた。 肌寒くて僕は腕をなんとなしにさすった。
「次はいつ会える?」
予定を先延ばしにする口実を必死に考えた。
「えっと・・また予定みて僕から連絡します」
そっか待ってるわと彼はポツリと言った。
もう旅館の入り口に着く、という時。
大きな観葉植物の影に入ったとこでさっと背後から僕を抱きしめた。
「!」
「・・嫌われちゃったかな?」
彼の匂いがフワッとして、途端にドキッとしてしまった。
「嫌ってなんかないです」
「嘘だね俺を避けてる」
「避けてません・・」
僕の手に、彼はそっと自分の手を重ねた。
「また元彼の方に気持ち傾いてるのかと思って俺不安になっちゃったよ」
「!いやそんな訳・・!」
「だよねー?ま、頑張るよ、俺」
また連絡すると言って、僕にさっとキスすると踵を返して帰っていった。
「!」
そのシュッとした後ろ姿を見送りつつ、僕も部屋に向かって歩き出す。
ばくばくする心臓を押さえつつ。
彼を信じて良いのか、 本当に進んで良いのか。
運命の神様に答えを教えて欲しかった。
続く
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