浮気攻め

【浮気な彼氏#5】浮気した元彼の襲来

悪戯な手が身体を這う。 壁に押し付けられて唇を貪られる。

息が上がる。このままだと・・ ぷはと束の間唇を離した暁都さんのその瞳が、ベッドへと誘っている。

間近で見つめられてドキドキと心臓が胸を打つ。聞こえてしまわないだろうか。

でも・・

僕は瞳を伏せて、ぐいとその身体を押し返した。この先は、まだ僕には早かった。

「帰ります、今日は・・」

暁都さんは残念そうに眉を顰めてみせると、僕を一度だけギュウッと強く抱きしめた。

「・・またね。次は止めないよ」

耳元で言われて心の柔らかい部分がざわりと震えた。







『揺れる心』







早朝の海辺をひとり歩いて帰る。 なんだか足取りがふわふわして、現実味がなかった。

ここ最近、一気にいろんなことがありすぎた。 もしかして僕、夢でも見てるんじゃないかと思うくらいに。

・・ふと、自分は浮気されたショックで白昼夢を見ていて、ハッと気づいたらあの日あの場所にまだいるんじゃないか、なんて考えて怖くなった。

本当はこんな東北の海沿いの街なんてなくて、僕は惨めなあの日のまま・・

その時唐突に鳥の鳴き声が近くで聞こえた。びくっとして我に帰る。見上げれば、鳥が弧を描いて飛んでいく所だった。

そして鳥の羽ばたく空にはいまだ暁が残り、それがあの人を連想させた。

「・・・!」

さっきの行為が一気に思い出されて、ドッドッと心臓が脈打ち、カァッと頬が熱くなった。

いや、こんなにドキドキしてる。夢なんかじゃない。

暁都さんに出会ったことも、あの情熱的な視線も、一歩踏みこんだ関係になったことも。



僕は暁都さんのことが頭から離れなくなってしまった。何をしても、どこにいても・・





その日の夜。

相変わらず大量にLINEを送ってきていた元彼に僕は意を決してあるメッセージを送った。

『僕ねえ、他の人と付き合うことにしたよ。今までありがとう!さようなら』



厳密に言えば違うのだが、そういうことにしておいた。

気持ちの上ではもう暁都さんに傾いているのだ。ならケジメをつけなきゃと思った。

交際していた時の楽しい記憶が頭の中を駆け巡った。この後に及んで寂しかった。

一瞬で既読がついて、電話が来たけど無視した。

ブロックして本当に終了・・と思っていたら、メッセージが滑り込んできた。

『分かった。そしたら最後に一度だけ会ってくれないか? 今まで付き合ってくれたお礼を言わせて欲しい。それで諦めるから』

こんなメッセージが来て、ふいに迷ってしまった。

長く付き合ってたし、確かに終わりだけはちゃんと会った方が良いのかな・・と思ったんだ。



せっかくの楽しかった思い出は、『今までありがとう』で締めたい。そんな想いもあった。



だから今の僕の最寄駅、から5つ隣の駅を教えてみた。

ま、どうせこんな遠いところまでは結局会いになんて来ないだろう。

思ってたより遠いから、面倒になってどうせ音信不通に・・と思ってはいたのだが。

『今から行く』

って返信がすぐに来た。間も無くして次にスクショが。 23時着の電車で行くからって。

だから慌てて返信した。 『ウチには泊めれないよ』

って。その辺期待されても本当に困る。

『良いよ、お前に会えれば俺は野宿でも』

『下手したら1分とかしか、会えないかもよ?てか、やっぱり僕は待ち合わせ場所に行かないかもしれないし』

そう返信したら。

『良いよ、それでも』

って。

信じられない。今から彼はこっちに本当に来るらしかった。以前はあんなに塩対応だった彼が。





夜23時の10分前。半信半疑で僕は駅にいた。 東北の夜は寒い。やや震えながら駅に突っ立っている。

てか何してんだろう僕は・・? どうせ別れるんだから、やっぱLINEでさよならで良かったかな・・?

頭の中がぐるぐるしだした時、ちょうど元上司からLINEが来た。

『大丈夫?俺がいなくて寂しがってない?またそっち遊びに行こうか?』って。

そんな絡みLINEに、なぜかすこしホッとした。

『大丈夫ですよーあと今から元彼と会うことになりました。負けない様に祈っててください』ってだけ返しておいた。

そしたら・・

「久しぶり」

低くて艶のある良い声。間違いない、これは・・

携帯から視線をあげると、彼がいた。 男前で、かつて僕が大好きだった・・





ひと気のない駅のベンチに座って話し出した。蛍光灯の灯が、ホリの深い彼の顔に濃い影を落としていた。

「来てくれてありがとう、いないと思ってたから」

「・・ううん」

静かな声が耳に響く。久しぶりに聞く懐かしい声。

「今まで本当、ありがとな」

「・・ん」

かすかな間。お互いが、何を話せば良いのか模索していた。

彼が切り出した。

「新しい人ってどんな人?」

「ん?渋くて僕よりも歳上の人だよ。これからはおじさん同士、仲良くやってくよ」

へへと笑ってみせた。

「・・・」

ふと視線を落とした彼。彼の履く明るい色のスニーカーは、やっぱり若い子特有だなあなんて思った。

暁都さんは、こういうのは履かないもんな。渋くて高そうな革靴だけ。

・・暁都さんに会いたいな、なんてチラと思った。だから。

「・・それじゃ、もう僕行くね」

僕は立ち上がった。

だけど彼がグイと引いて引き留めた。

「!・・何?」

「あの子とはちゃんと別れたよ。もう会ってない」

まっすぐ僕を見上げる瞳。

フラッシュバックしたあの日の記憶。

脱ぎ散らかしたピンクの下着に、 僕らのベッドで眠るとびきり可愛い女の子・・。

込み上げる憤怒と自分自身への強烈なコンプレックス。

僕は一瞬であの日にあの時、あの場に引き戻され、べこぼこに再度打ちのめされていた。



反射的にぽろりと溢れ出た一筋の涙。

何も言わない僕に、彼は続けた。

「お前がいなくなって、お前の大事さがよく分かったんだ」

「・・・」

大事って、何が? 失って分かる大切さなんてたかが知れてる。

夜の海辺の冷たい風が、ひゅうひゅうと鳴る。ぽっかりと空いた僕の心を通り抜けていく音と同じ。



「お前はいつも俺のことを想ってくれてたんだ。

デートはいつも俺が行きたい場所で、俺が寝坊してデートをすっぽかしちまっても、『疲れてるんだから仕方ないよね』って俺を責めもせずに美味い飯作ってくれて・・。それも栄養たっぷりの旨い飯。

いつもそんな風に出来ることが、どんなにすごいことなのか俺はちっとも分かってなかった」



そうだよ。僕は昔はどんな君でも応援しようと思ってたんだ、本気でね。

「それに俺が飲み会行くっつって、何時に出かけて何時に帰ろうと、お前は怒らなかった。『若いんだもん、飲み会行きたいよね』って。 馬鹿みたいに飲んで家帰ると、すぐに冷たい飲みもん出してくれて、翌日は二日酔いの俺のためにお茶漬け出してくれてたよな」



そんなこともあったね。

晩御飯作って待ってても、急に飲み会入ったって言われて、日持ちしない料理を何度ゴミ箱に捨てただろう。

でも当時は、誘われればそうやって飲み会に飛んでってしまうやんちゃな君すら愛しいと思っていた、馬鹿な僕・・。

「俺は調子に乗ってたんだ。お前なら何でも許してくれるって・・」

「だから浮気しても許してくれるって思ったの?」

刺す様に冷たい声が出た。

ぐっと一瞬詰まった彼。でもすぐに言った。

「後悔してる」

ヒュウっと風が頬を冷やす。しかしカッとなった心までは鎮めてくれなかった。

一気にまくしたてた。

「でもどうして今更?若い女の子は、献身的じゃなかった?

歳上で、何でもやってくれて、何でも許してくれる僕は、いたらやっぱ便利だったなあって、そういうこと?」

自分で自分を追い詰めてしまう。 苛立ちが募って、無意識に指先をかりかりと掻いた。

「君、あの子以外にも浮気してたんでしょう?他の人ともうまくいかなかったの?」

初めてぎらりと睨んだ。

他にも浮気相手がいるというのは暁都さんの読みで、鎌掛けだったのだが。

彼が一瞬、ギクリとして目を見開いた。その反応で分かった。本当だったんだって・・。心の底からガッカリした。

「ち、違うんだ!その・・ごめん、うまく言えないんだけど。 ああ・・別の人にちょっかいを掛けてたのは、その、本当なんだ。浮ついてたのは、本当。ごめん。ごめんなさい。

だけど、なんて言うか・・どんなにお洒落だったり見た目が良くても、居心地の良さは別で。 俺にはお前が一番なんだって、思い知ったんだ!」

「・・!!」

それは僕が君に夢中になってた、あの日に言ってくれてたら。こんなんなる前に。

全てが遅かった。



「俺ともう一度やり直して欲しい」

「そんな・・」

手をギュッと握られる。でも・・!

「今までのお礼したらもう諦めるって言ったでしょ!こんなのズルいよ!」

揉み合う。離せ、離してくれ!

「ごめん、でもああでも言わなきゃお前は会ってくれなかっただろ?

次はちゃんとする。お前だけを見つめるから」

「無理でしょ君には」

「もう絶対迷わない、誓うよ!お前だけを愛してる!」

「・・・!!」

始めて見る真剣な顔と告白が、僕の心臓をギュッと掴んだ。

これは本当に改心してるかも?とも内心思ってしまった。が、すぐに打ち消した。

ダメだ、僕は最初からずっと僕だけを見てくれる人が良いんだ!



「・・離して!」

力ずくで手を振りほどいた。

「もう、会うの今日で本当に最後だから!バイバイ!」

彼を突き飛ばし、逃げる様に走り出した。ホームに逃げ込んだ。

ちょうど反対側に電車が来る。

「また来るから!また振り向いて貰えるまで、俺頑張るから!」

背中に突き刺さった言葉。 迷うな僕、振り返るな!幸せになりたいんだろ!



ぎりぎり電車に滑り込んだ僕は、ハアハアと荒い息を吐きドアにもたれかかった。

ふと見た踏切前で、こちらを切なげに見上げる彼と目が合って慌てて身体を反転した。



反対側の窓では、お前はそんなんだからいつまでも幸せになれないんだよと、闇夜に浮かぶ三日月が僕を嗤っていた。







続く

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