深夜のファミレスには、訳ありな雰囲気の人が多いような気がする。
あの子もあの人も、どうしてこんな時間に1人でいるんだろう。
家に帰れない、だけど1人にはなりたくない人が、結構いるものなのかもしれない。僕以外にも・・。
随分薄味のアイスティーを前に、僕はここ数時間ぐるぐる考えていたことをようやく決心した。
家を出よう。 彼ともう終わりにしよう。
そして仕事も辞めて、どこか遠い場所で人生をやり直そう。
そう決めた。
後は明日の朝になるまでここで粘って、彼が会社に出た頃を見計らい、荷物を整理してしまおう。
ファミレスのいやに強力な冷房に震えながら過ごす夜、残り7時間・・
『good bye』
会社に今日は休みますとまずは一報を送った。
そして絶対に彼が会社に行っています様にと祈りながらそうっとドアを開けた。彼の革靴がないことを確認して、ものすごくほっとした。
もともとそんなに私物は多くないし、整理はすぐに終わるだろう、そう思ってはいたのだが・・。
久しぶりにある僕の収納ボックスを開けたら中のものはなくなってて、代わりに女の私物が詰め込まれていた。
なんか凄くいかがわしい下着、ヘアアイロン、ワンデーコンタクト・・それから生理用ナプキン。
バン!と音を立てて箱をしまった。怒りに任せてドカンと蹴ってしまった。
一度収まっていた怒りと悲しみが溢れて、涙が止まらなくなってしまった。
ふうふうと荒い息を吐いて、荷物の整理を続けた。
ーいつからだろう?いつからあの女、家に上がり込んでいたんだろう? 昨日が初めてじゃなかった?もしかして、僕がすこし出かけてる間とか、実家にちょこっと帰ってる時とかも、来てたー・・?
彼とやり直したいなんて甘っちょろい事考えてた過去の自分を心の中で強く強くビンタした。
昨日手土産を投げ捨てたゴミ箱は、カラになってた。そこには、くちゃくちゃの紙屑と封をあけたゴムの袋だけポツンと落ちてて・・
吐き気まで込み上げる。頭がガンガンと痛い。
最後に嫌なもん見るんじゃなかった!
本当に必要なものだけ持って、もう何もわき目も振らずに家を出た。
2人で暮らした思い出の家。さようなら。 これからはあの女と暮らせば良いさ。おしあわせに。
そして逃げ込んだ電車で1時間程のところにある安いビジネスホテル。
しばらくここが僕の根城。 荷物多いから汗だくだった。
冷たいアイスティーを一気飲みして一息ついて。
殺風景な部屋で、ポツンと1人。
彼と付き合い始めた日のことが頭に浮かんだ。あんなに好きって言ってくれたのに・・。
急にまた泣けてきて、どうしようもなく僕はわんわん泣いた。
その日の夜。 会社の上司に電話して、すみません会社辞めますと宣言した。
『えっ何で辞めちゃうの!?俺が嫌だから!??』
めちゃくちゃ上司が慌てているのが、申し訳ないんだけどちょっとだけ面白かった。
「あ、違うんです、本当一身上の都合っていうか・・本当、突然ですみません」
それじゃ、と電話を切ろうとしたら、ちょっと待って!!!と上司の声が食い込んできた。
『引っ越して、どうすんの?仕事は?家は?』
「仕事はデザイン関係のことやろうかなって・・ネットで前からちょこちょこ注文貰ってたから、それに本腰いれれば生活費くらいはどうにかなりそうです。
それに家は・・全然。決めてないんですけど、どっか空気の綺麗なとこでのんびりしたいなって。これから探すんですけどね・・」
って何を僕は喋っちゃってるんだろう。誰かに聞いて欲しかったのかな。
上司の声に、ちょっだけホッとしちゃってるもんな。
『じゃ、じゃあさ!俺、実は東北の方で旅館一軒持ってんだけど、そこの一室に住まない?!君なら無料で良いから!!』
「え?良いです・・なんかそれこわいし・・」
『怖くない怖くない!じゃあさ、その部屋の管理人!ってことで、適当にお掃除とかしててくれたら、良いし!住み込みバイトってことで!どう!?ね!??』
住み込みバイト、かあ・・。それなら良いかな・・?どうせ行くアテ、ないし。
それならということで上司のお言葉に甘えさせてもらうことになった。
よろしくお願いしますと答えた時の上司の喜び様たるや、すごいものだったけれど。
通話を終える。 上司にLINEの連絡先教えたからさっそくメッセージがあれこれきた。
『なんか困ったことあったら言ってね』 『お金は?足りなくなったら遠慮なく良いなよ』
とかいろいろ。
この人なんだかんだと他の部下に慕われてはいたもんな。
ウザいなあと思ったりして、ちょっと悪かったかな。
苦笑しつつ返信をした。
ふと目に入った彼とのトークルーム。ブロックはもちろんしたままだけど、トークルームの削除はずっと出来ないまま。
ここはとある東北の旅館。
こぢんまりとした旅館だが、風情があってすごく良かった。内装の指示なんかは上司がやったらしい。あの人、一応センスは良いもんな。
和室のお部屋から外を見ていた。きっとシーズンには燃える様な紅葉だろうな。
「どう?気に入ってくれた?」
ニコニコ顔の上司が言う。
「え、あ、はい。良いところですね・・」
そう、なんか上司も来ちゃったんだ。 案内するよとかなんとか無理くりいって。
もちろん別の部屋に泊まってもらうけどね。それはそれだわよ。
近くに美味しい魚料理のお店があると夕飯に連れて行ってくれた。
確かにめちゃくちゃ美味しくて、ぱくぱく食べてしまった。
そんな僕を上司がニコニコと見守る。
上司は僕よりも5歳年上なんだけど、随分若く見える。普通にしてれば結構男前なんだけどね。
ふいにじっと見つめられてドキッとしてしまった。
「それでさ・・こんな東北に逃避行、なんて結局何があったの?恋人いたよね?・・別れちゃった?」
「・・・」
なんでも聞くよ?と水を向けてくれて、僕はポツポツと話だした。
付き合っていた恋人とは最近うまくいってなかったこと。 ついに浮気されたこと。 でもその浮気は初めてじゃないかもしれないこと、気づかなかった自分が情けないこと。 辛くて家を飛び出したこと・・
上司はそれはひどいねえと辛いねえと僕の味方になってくれた。
ぽろりと泣いてしまった。
この男、弱ってる僕に漬け込む気だぞと、意地の悪いもう1人の僕が囁いた。
でも、良いじゃないか。 今はちょっとだけ誰かに甘えたかった。
翌日。
上司はもう帰るというので、見送りに駅のホームに行った。
新幹線が出る直前、君ならいつまででもあそこに住んでて良いからねと言い残し、去り際にサッと一瞬僕を抱きしめてきた。
「!」
大人の良い匂いがして、ドキッとしてしまった。間近で見た上司の顔。少し垂れ目で色気のある顔ではある。
心臓がドッドッと言っている。今の僕は、顔が赤いかも。
それじゃさよなら!と上司を引き剥がして、電車に押し込んだ。
またね〜とガラス窓から残念そうに手を振ってくる上司は、だんだんと遠ざかっていって・・。
電車が見えなくなったところで、ホームの椅子に座り込んだ。
ふう、やれやれ・・。 あれだ、僕は何とも思ってないからな。
携帯がブンブン言う。うん?と思ってみたら、知らない番号から大量の着信履歴。
わ、まただ、また来た。 震える手で一応出る。
聞こえてきたのは・・
『もしもし・・?俺だけど』
続く
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