とある飲み会で年下の男の子と知り合ったのが5年前。
年上の僕に懐いてくれて、可愛いなあなんて思ってた。
仲良くしてるうちに距離が縮まり、「付き合ってください」とその男らしいハンサムな顔を真っ赤にして告白されたのが3年前。
僕には釣り合わないと、断り続けること約1年。
ずっと好きだったとか、諦められないとか、あなたしかいないとか、散々アタックされて根負けした。イケメンは本当にずるいと思う。
そうして彼とここ2年間付き合ってきたんだけど、最初こそ僕にメロメロだった彼は随分変わった。
僕に慣れて塩対応になったどころじゃない。
彼は多分、別の誰かに恋してる。 僕よりうんと若くて可愛い、女の子と。
『complex』
彼と一緒に暮らす家で、今日も一緒に朝食を食べる。
付き合った頃から同棲してるから、もう長いもんだ。
ただ多少凝った朝食を出そうが今ではありがとうすら言われない。
そして特に何か会話するでもなく、彼は会社へと出勤していった。
ー前は会社行く前に、玄関先でいちゃいちゃしたり、ってのがあったのにな・・
さみしい、なんて贅沢だ。 こんなおっさんをあの若い子が手放さないでくれてるだけ、ありがたいと思わなきゃ。そうだろ?
ため息をはいてテーブルを片付け始めた。急いで準備しなきゃ、僕も会社に遅れそうだ。
バタバタと会社へと向かいながら、考えた。
ー・・僕は彼よりも7歳も年上の、しかも男。
顔も平凡だと思うし、何か特技がある訳でもない。こんな自分が本当にコンプレックスだった。
でもそんな僕を彼はなぜか『可愛いかわいい』と気に入って愛してくれた。
僕と違い、彼は見た目もモデルみたいで、若くて皆の人気者で。そんな彼にひたすら愛されることで、僕はようやくコンプレックスを拭うことが出来ていた。
でもその牙城が今崩れ去ろうとしていた。僕に見向きもしなくなった彼。
そしておそらく会社の若い女の子に気持ちが移りかけているんだろう。
彼から会社での飲み会の写真を見せてもらうと、大抵同じ若い女の子が彼の隣にやたら距離近い感じでくっついていた。
それにその子から、どうでも良い用事でしょっちゅう彼にLINEが届く。土日も関係なく。会社に行く時はなんだかお洒落に気遣っている様だし、きっと彼も乗り気なんだろう・・。
その確信にも似た直感が、今日も僕を容赦なく傷つける。
やば、電車乗ってるのに涙ぐんできた。 こんなとこで朝から泣くわけには行かない。
年上の男は、恋に傷ついたりしちゃダメなんだ。
会社についた。彼とは会社が結構近くて 行こうと思えば実はすぐ行ける距離。
前は一緒に出勤もして、差し入れとか届けたこともあったっけな。今はそういうの辞めてと言われてるから、しないんだけど。
座席についたら、上司におはようとやたら馴れ馴れしく話しかけられた。
この人苦手なんだよな。見た目は一応爽やかでイケメンではあるけれど、やたらベタベタ触ってくるし・・でも上司だから無視は出来ないし。
当たり障りなく、かつ限りなくそっけなくおはようございますとだけ言って、僕は業務を始めようとした。
そしたら今日も頑張ってね!と肩ポンされてめちゃくちゃイライラした。
なんでこう、来て欲しい人には来てもらえなくて、やんわりとお断りしてる人は ガツガツ来るんだろう。うまくいかないもんだよね本当・・。
帰り際。雨がやばいくらいざあざあに降ってきたので、ダメもとで彼に『今日一緒にタクシーで帰らない?』と送ってみた。
そしたらすぐに、今日は無理ごめんと返信が来た。残業ならしょうがないけどさ。本音を言うと寂しい。
天候悪い時くらい、僕と一緒に帰ったってバチは当たらないのにさ。
1人で雨ザブザブの中頑張って帰った。家に着いたよーとメッセージを彼に送ってみるも、特に返信はなく。
大丈夫だった?とか一言あるだけで嬉しいのに。僕のこと、本当にきっとどうでも良いんだろうな。
それから2時間ほどして、彼は帰ってきた。
タクシーで。 例の女の子を家まで送り届けてから。
なんでこれ分かっちゃったのかというと、うっかり彼のLINEメッセージが見えてしまったから。
僕のことは放置なのに、女の子は家まで送るんだ・・正直、めちゃくちゃショックだった。
でも僕に彼を責めることは出来ない。 一度でも問い詰めたら、この関係は即破綻してしまうだろうから。
夜。同じベッドでやることはやって。 ことが済むと彼はさっさと寝てしまった。
あは、もうこれ彼女が本命で僕がセフレじゃない?自虐で考えみたらホントに悲しくなってきて、僕は声をあげずに静かに彼の隣で泣いた。
こうやってバレない様に泣く夜は、もう何度目だろうか。
翌日。上司からの指示で僕は1週間ほど出張に行かなきゃならなくなった。
上司もくっついてくるらしい。嫌すぎる。『夜同じ部屋でも良いよね?男同士だし』って冗談めかして言ってくるのを『僕は無理ですね』と封じ、別々の部屋を予約した。 このセクハラ上司、本当どうにかして欲しい。
家に帰って、一応事の顛末を彼にグチがてら言ってみたけど、ふうんまあ気にしすぎじゃない?の一言。
焼いたり心配してほしかったんだけどな。無理か。
前から上司のことは相談してる。付き合い始めた頃からかな?でも彼は、ずっと無反応のままなんだよね。辛い、それが・・。
色々惨めになってしまって、僕はそれ以上何も言わなかった。
上司と1週間同じホテルの出張は、正直めちゃくちゃきつかった。
毎日飲みに誘われるのを毎日断った。 眠いんで無理です、疲れてるんで無理ですって。もう訴えてやろうかアイツ。
僕も色々しんどくて、1週間彼に特に連絡出来なかった。 彼から今どうしてる?なんて電話が来る事はもちろんなく。
ああ、塩対応でも良いから彼に、会いたいな・・。
ようやくの長い出張を終えて。
僕は1週間ぶりに一緒に住む家に帰った。
本当は午後に帰ってくる予定だったんだけど、ちょっとでも早く彼の顔が見たかった。美味しそうなお土産も買ったし。
だから朝8時着の電車で帰ってきた。驚かせようと思って、それは彼には内緒で。
会いたかったよー!とか、久しぶりに盛り上がるかな、なんてちょっとワクワクしてた。 距離を開ければ色々再燃することあると聞くし、なんて・・。
今は他の子に心移りしてても、また少しずつやり直していけたら良いな、とも思ってた。
だけど…
家のドアをそうっと開ける。
そしたら、彼の革靴の横にはハイヒールがきちんと揃えて置かれていた。
心臓がドクンと跳ねた。 こんな時間からお客さん・・? しかも、家に?
嫌な予感がする。
限りなく音も気配も消して、僕は家に滑り込む。
リビングには誰もいない。 じゃあ・・寝室?
心臓が嫌な予感でばくばく言っているのを抑えて、祈る様な気持ちでドアを開けた。
そこには彼と女がベッドですやすやと寝ていた。例の子だった。本物は写真よりもっと可愛かった。
そして次に真っ先に目に入ったのは、 床には脱ぎ散らかした女のピンクの下着。
「・・何してるの」
感情の籠らない声で彼を起こした。
眠気まなこでむにゃむにゃと起きた彼。 暫くしてハッと起きた。
「ごめん、これは、違うんだ、理由があってっ!話聞いて!」
物凄く青ざめて慌てている。 掴まれた手を振り解いた。
「言い訳なんか、聞きたくない!!」
僕は家を飛び出した。
ゴミ箱に、うざったい手土産を袋ごと投げ捨てて。
雑踏の中を駆けた。
僕らの家に連れ込んで浮気するなんて! 信じられない、あり得ない!
やり直せるかもなんて、甘かった。 やっぱり僕じゃダメなんだ。
可愛くもなくどこまでも平凡な男。
とぼとぼと歩く。ショーウィンドウに映る自分はすごく惨めで。
その瞬間から、僕は世界で一番自分のことが大嫌いになった。
携帯には彼からの大量の着信。それにごめんだの誤解だの、沢山のメッセージ。
こんなに熱烈にかかってくるなんて久しぶりだった。こんな用事でだなんて、嫌だったけどね。
だから僕は、彼をブロックした。
何もかも失った世界の中で、残ったのは大嫌いな僕、ただひとり。
続く
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