死ぬほど重たい身体を引きずって僕は1人で大学へ行った。
彼に会ったら何て言ってやろう。いや何て言えば良いんだろう?なんて頭の中がグルグルしていた。
ソワソワ、イライラしながら彼が教室に現れるのを待ったが、しかし彼は1限が始まっても、2限目になっても現れなかった。
ようやく来たのは午後になってから。
浮かない顔で、昨日と同じだけど少しヨレヨレになった服だった。
「玲司!」
廊下に彼を引っ張り出し、今まで何してたんだよと僕が訴えるよりも早く彼は言った。
「ごめん幼馴染が昨日やばくてさ。
詳しくはここじゃ話せないんだけど、過呼吸起こしちゃって。かわいそうに。
俺またすぐ行ってやらなきゃ行けないんだ。あ、このレポートお前出しといて来んない?あと出欠の代返も。昨日の埋め合わせは必ずするから、な!」
そういって鞄から出したレポートを僕に押し付けると、反論を挟む余地もないままに、また玄関の方へとあっという間に走っていってしまった。
・・呆然と1人取り残された僕。
彼が明らかに幼馴染の方に傾いているのをヒシヒシと感じた。
『本命』
彼のレポートをぐちゃぐちゃに破り捨ててやりたい気持ちをなんとか抑え、一応出しておいてあげた偉すぎる僕。代返もした。
・・この後に及んでまだ彼には嫌われたくないから、こんな惨めなことやっちゃうんだよね。本当、馬鹿な僕・・。
僕に雑用やらせといて、彼氏は今いそいそと幼馴染の家に向かってるって思うと、悲しくてブチギレそうだった。
あーあ、今日も、家には帰ってこないのかな・・。あの様子だと今日もあっちに泊まりかな。
そんなに一緒にいてやらなきゃダメ?その幼馴染。過呼吸とは本当?
本当だとしても、もう大人なんだし1人でも何とかなるんじゃない?
・・記念日に1人ぼっちにされた僕のほうこそ、一緒にいてやらなきゃだよ?僕はどうでも良いの?
ギュッと机の下で手のひらを握った。ギリギリと胃が痛んだ。
・・昨日の夜はどんな風に過ごしたんだろう。過呼吸とやらの幼馴染の背中でもさすってやって?俺がいるから安心してとか言って?それで同じベッドで寝たりした?僕と玲司の記念日に?
美形の2人が並んで同じベッドで眠る姿はさぞ絵になるだろう、僕と違って!
僕よりやっぱ幼馴染が良いなって、やっぱそう思った?嫉妬とどす黒いコンプレックスで頭がどうにかなりそうだった。
その時。どワハハ!って同級生のうるさい笑い声が耳に響いた。
休み時間だからって騒ぎ過ぎだよ。うるさいうるさい、今僕はそんな気分じゃないんだ!
辛くて苦しくて、僕はもう今日は大学は早退してしまうことにした。こんなとこ、いたくない!
沈んだ気持ちで大学の帰り道の下り坂をぶらぶらと降りながら、僕はLINEを打った。
『今どこ?これから会わない?』
宛先は彼氏・・ではなく、親友の亮。
すぐに既読が着き、返信が来た。
『新宿のゲームセンターにいるよ。来れる?』
亮は現役大学生ながらなんとプロゲーマー。ゲームの練習に忙しので、大学には殆ど来ない。
今風のイケメンで背が高くて頭金髪で、ぱっと見は全く僕と同類ではないんだけど。
入学式の時にたまたま席が隣で話してみたら、意外と気が合った。
それで一回飲みに行ってみたらすごい盛り上がって。それ以来仲良くしてて今では何でも話せる間柄。
亮はどんな時も僕を拒絶しない、ありがたい存在だった。
『すぐ行く』
そう返信して僕は新宿へ向かった。
ゲームセンターにつくと、格闘ゲームのマシンの周りに人だかりが出来ていた。
亮が来ると大体ああなる。上手いプレイって見てて面白いもんね。
頃あいを見計らって話しかけた。『よう!』って笑いかけてくれた亮。
久しぶりに会う親友に、僕は心底ホッとしていた。
喫茶店でアイスコーヒーを飲みながら、昨日のことを相談してみた。
亮は初期から僕と彼氏のことを大体知ってる。
(まあ、僕が多分幼馴染の代用品ということはさすがに辛くて話せてないんだけど。)
キレ気味の顔で亮は言った。
「いくら仲良くてもさあ。さすがにお前との記念日に幼馴染の家に連絡なしで泊まるのは無いだろ。舐めてんのか」
「だよね!?」
「てか過呼吸とか本当かよ。そんなタイミング良く起きる?って俺なら思っちゃうけどね」
「や、やっぱそう思うよね!?」
良かった僕だけじゃなかった。さすが亮、話が分かる!
「うん。なんかな、怪しいんだよなぁ2人共・・。昔好きだった、とかか?知らんけどさ」
うぅっそうだよ。
「とにかく玲司にちゃんと釘刺させよ?浮かれるなって。まあでも、お前は強く言えないだろうけどなあ。・・玲司にめっちゃ惚れてるもんね」
亮は眉を顰めてストローを強く噛んだ。
イライラするとこうやってストロー噛むのが癖なんだ。
僕のために一緒に怒ってくれる親友。
「そう、なんだよね・・」
「とりあえず、次玲司が帰ってきたら記念日の埋め合わせをしろ!ってそれだけはせめて言えよな?いつ帰ってくんだか知らんけどさあ。・・まあじゃあアレだ、気晴らしにゲームでもして時間潰そうぜ。モンモンとしてても嫌だろ」
それから亮とゲームセンターで一緒に何時間か遊んだ。
明らかに接待プレイをさせてしまったんだけど。絶妙に上手いこと負けてくれるから正直楽しくて。プロゲーマーって負けるのも上手いんだなあ。
気づけば夢中で4時間も遊んでいた。その瞬間だけは、嫉妬もコンプレックスも忘れられていた。
ゲームセンターからの帰り際。
「まあ、また何かあったら相談しろよ。話きいてやるから」
そうニコと笑った親友に、僕は心底励まされた。ありがとう、おかげでもうちょっと頑張れそうだよ。
その日の遅く遅く、ようやく玲司は帰ってきた。どこかのケーキ屋さんの、ちっちゃい箱を持って。
(これがまさか記念日の埋め合わせってことはないよな・・?)
なんて恐怖にも似た気持ちでとりあえず受け取り、2人でつつきながら話をした。
僕が切り出す前に、玲司が先手を打って話し出した。
「幼馴染な、翼っていうんだけど。
高校の時に付き合ってた先輩がいて、その先輩と同じ大学目指して浪人してたんだけど落ちちゃったんだよな」
「え、ふ〜ん・・」
興味ないのにな。
饒舌に話し始めた彼は、しかしそのまま続けた。
「で、先輩からは他に好きな人出来たって振られちゃったらしくて。かわいそうだよな?翼は遠距離恋愛でずっと待ってたのに」
「でもそれはさ、仕方ないんじゃない?遠恋て続かないっていうし」
あんまり翼つばさ言うから、つい憮然と割り込んでしまった。
そしたら驚いた様に玲司は言った。
「お前、冷てえなあ。もっと共感とか出来ないのかよ」
ぐっと詰まった僕。失言だった?
でも本当はもっと言い返したいのに、僕。くやしい・・!
「・・翼はさ、地元から出てきて知り合いも殆どいないし、学校で新しい友達がなかなか出来なくてさ・・それでこの間、色々なストレスで過呼吸起こしたみたい。アイツ元々身体弱かったしな」
知らねえよ!という言葉が喉元まで出かけた。ねえ僕は?どうでも良いの?
「アイツはこれからは俺が支えてやらないと」
ドス!と言葉の刃が僕を真っ直ぐ突き刺した。今なんて・・?
しかし、それだけでは終わらなかった。
「だから俺さ、今度翼をうちの大学の連中に会わせてやろうと思って!それならこっちでの生活も楽しくなるし。お前も仲良くしてくれるよな?」
さもナイスアイディアかの様に彼は言った。
嫌われたくない僕は、半泣きになるのを必死に堪えて。
「良いよ・・?」
とだけ、そう答えた。
じゃあ早速来週、翼を呼ぶわ!ってはしゃいだ声がぐわんぐわんと頭に響く。
玲司が本当に盗られてしまう。
僕は、どうしたら良いの・・?
続く
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